私の父は、最後まで優しくみんなが笑顔で楽しく話せる場所を作ってくれた。

父は病室で意識がなくなってから7日間水が溜まった身体で生きていてくれた。

何も話せないけど、まぶたの動きや息の音の大きさで意思表示をしてくれた。

会いたい人が来ると目をうっすら開けて見ていた。

話せない、意識がないと医師や看護師さんに教えてもらった後も充分そんなふうに会話ができた。

みんな集まって会話が盛り上がり、病室は家の台所で正月に集まっているみたいに賑やかだった。

父が望んだ時間だった。私は幸せだと感じた。


私は父にまた会おうね、と話した。

その1時間後父の呼吸は止まった。


いっぱい拘束されていた手をマッサージした。

いっぱい今まで育ててくれてありがとうと話した。

病気とも闘い終わり治っていた。

そして老衰だった。

すごい父の姿だった。


告別式の日の朝、虹🌈で私や皆さんにも父はメッセージをくれた。


子どもたちよ、幸せに

子どもたちよ、幸せに


父がいつも話していた言葉


ありがとう お父さん


また会おうね🌈