スクリーンに映し出される映像が見慣れたMVでも
これから彼が繰り広げるステージを思うと鼓動が高まる。
汗ばんだ手のひらをTシャツのすそでぬぐってもぬぐっても
落ち着くことはなくて…そう明らかに緊張してる。

暗転する会場から歓声が湧き上がった。
一段と高まる熱気…。
体中に響き渡る低音域のビート、突き抜けてゆく彼の澄んだ声
大きなうねりが会場を包み、そして揺さぶる。
音に身をゆだねて心のままに叫ぶ…。
声が出なくなるまで。

「ねえねえ、ジヨン絶対こっち見てたよね~」
興奮気味に友達が話してくる。
幸運にもステージ最前列だったし
彼もあたしが今日参加することは知っているので…。

そう、確実に見られてた…。

「指差ししたらさ~返してくれたし、あれあたし達にだよね?」
彼女は満面の笑顔でそして口早に話しかけてくる。
「うん、そうだよ!絶対」
と答えながら、次のことを考えてる。

約束の場所に行くべきかどうかを…。


答えの決まらないまま朝を迎える
昨日、はしゃぎすぎた結果が疲れとなって残っていて
頭も、身体もが重い。

バスルームに入って考える。
仕事も長引きそうだし終わったとしても
東京までは2時間半もかかる距離
約束の時間までには多分帰れない…。
だから…今日は逢わない。
逢えないんじゃなくて逢わない。
決心が鈍らぬようにお湯の温度を一気に下げて
冷たい水を浴びている。
泣いても涙は水が流してくれるからいい…。
バスルームを出れば、この事はもう考えないようにしよう。

何ヶ月も前から本当はわかってた
この苦しみを終わらせて
あたしを救えるのは彼じゃなく自分だって。
だからもう…逢ってはいけない。