競輪の世界へ | ファイン・ラボ 里見恒平の体作りブログ
2009-04-07 18:24:07

競輪の世界へ

テーマ:ブログ

2年前の正月、高校の野球部の後輩である、戸伏康夫という男が

「里見さん。僕野球やめて競輪やりますわ!」と言ったのがはじまりである。

ええやんけ!俺もやりたい!

「あきませんて!里見さんはアメフトやり遂げてください」

そらそうや!アメリカで絶対もう一回やったる!

「まず怪我治しておくんなはれや」

といった話であった。 2006年シーズンに私はシアトルで千代の富士並みに肩脱臼を繰り返し手術

してからの復帰のシーズン前であった為、その気持ちはアメフトで固まっていたのだ。


あれから2年・・・今やるしかない!競輪やりてえ!でも何から始めたらええねん!どないしたろかーー!!

いやーでもまっだまだアメフトできるしアメリカでもまだまだプレイし続けたい!!ていうかこの年齢からいけるんかいや! 煮詰まってきてもてる!

って悩み始めた頃、運命の出会いがありました。

師匠 宮倉勇氏との出会いである!!

ジムでたまたま筋トレに励んでいた競輪選手 宮倉さんに声を掛け


自分競輪選手になりたいです

「なれるよ」

ほんまですか?僕もう32歳で頭禿げてきてるけどいけますか?

「俺は44歳だけどS級だ。50歳でS級1班目指してるよ。年齢は関係ないねえ。」


年齢いっても選手をしかも1線で続けられる競技である事と夢がいっぱい(稼ぎ)である事を教えてもらった。

そして競輪の世界には師弟関係があり師匠が弟子に技術を伝えたり世話をするという風習がある事も教えてくれた。そして、自分を上から下まで見て一言「いけるよー」って笑って言った


44歳やのにひたすら太い脚と、ものすごい低姿勢でニコニコ笑う宮倉さんの笑顔に私は一目惚れしたのだ。


このおっさん、ただもんやない!俺の運もまだ残ってたやんけー!神さまが競輪やれいうてるに違いない!


08年シーズン終了後正式に宮倉さんに師匠になってくれとお願いした。

「アメフトはやりきったか?」

はい

「本当か?もうアメフトやめれるか」

はい

「よし俺を信じてくれ。絶対S級まで連れていくからな!」


やたら熱く受け入れてくれた師匠宮倉氏の言葉は、学校に入れるか不安に思っている自分にとってとてつもなく心強く、不安が希望に変わった瞬間やったんや!


競輪!なにがなんでもやったるで!と誓いこの世界に足を踏み入れた。


戸伏は4月8日に競輪学校の卒業記念レースを控え、もうすぐ卒業するようや。


戸伏と宮倉氏がこの世界に引き込んでくれたんやから、二人には本当に感謝せなあきません!!











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