夜を徹して本を読んだ。



ばあちゃんちに行った。


遅くなったけど、おみやげを渡しに行ったのだ。


じいちゃんばあちゃんと話す内容は、なんだかいつも同じようなものばかりなのだけど、なぜか、心が癒される。


煎餅とお茶が美味しいのも理由ではあるかもしれないが、それだけではない。


なんだか、心和むのだ、あの時間は。不思議なんだけど。



あとはまた本を読んだり、明日からの予定を立てたり、本を大量に買ったり、とても久しぶりに靴を買ってみたりした。



ところで、話は変わる。


個人情報を売ったり、金属の公共物を盗んだり、銀座クラブ通いのために研究費を着服したり・・・なんてくだらない人が多いんだろう。


どれも、金は稼げているはずの人たちばかりだ。


金属の公共物を盗むやつだって、今日食うに困る人でないのは明らかだ。それなら、金属価格が高騰する前から盗むはずだ。


もっと働いて稼ごうとか、合法的に何かで儲けてやろうとか、そうでなくとも、卑怯な手を使って金を手にするということが惨めすぎることさえ認識できない、というのは問題だ。


社会的に存在価値がゼロもしくはマイナスであることは、生きてて痛すぎる。


それなら死にたい。