つまらない大人の方々との会話方法を習得した。
ここしばらく、いけてる大人としか話していなかった。
頻度順にあげると、会社の先輩たちと、親と、バイトの店長的先輩。
書いてみると、そもそも大人とあまり話していないことがわかる。
まぁそれはいいとして、上に挙げた大人たちは尊敬に値する。
器がでかいと思う。
ので、大人たちはやはりみんな相当すげえんじゃないかと僕は思っていた。
先日、大人の方々とたくさん話す機会があった。
考え方が古いのはしょうがないとして、それ以外の考え方があることを認めようとしないのには閉口した。
わりと自分の考えを何でも持とうとする僕だって、自分の考え方以外に無限の考え方があることくらい2年前くらいに完璧に理解した。
だから、議論とか会話が生まれるのだ。(そしてそれが好きだ。テレビタックル好きだ)
だけど、人生を過ごした時間が勝っているからといって、これといった理由を挙げることなしに押し付けられそうになると、僕は言葉通り、まさに「閉口」してとりあえずうなづいたり「んん~、ふんふん」と相槌を打つしかない。
そして、22の僕もさすがに常識として捉えているいくつかの事象と考え方、社会の流れについて、厳かに解説されるのにもとても疲れた。僕は知らないふりをした方がよさそうな空気が漂っていた。
あと、おじいちゃんおばあちゃんが役所勤めを勧めるように、団塊及びそれに続く世代は金融業界をなぜだか勧める。
おじいちゃんおばあちゃんがおそらく安定性を勧めているのに対して、団塊及びそれに続く世代は世間体をひどく気にしている風な話し方に聞こえたのが滑稽であった。
日本では、ベンチャーに入るやつは完全にマイノリティである。
こんな風にしてかなり無駄な時間が流れた。
つまらない大人の方々との会話では、無駄な反論はしないほうがいい。
いつもなら反対意見の人と話すのが好きだから、そうするけれど、彼らは他の意見を聞こうとはしない。
ので、聞き流しつつ「ふむふむ」とうなづいておればよい。
こういう人が上司だったら、それはとてもつまらない飲み会になるだろうと思った。
いわゆる大企業で上司の愚痴を言いたくなるのも分かる気がした。
僕のまわりは、かっちょいい大人ばっかで、よかった。
頭がいいし、頭がいいということは話もおもしろいし、常識と節度を知っている。
僕はいい大人になりたいと思う。