トラフィック・サウンド - チベット自治領 (MaG, 1971) | 人生は野菜スープ~風博士のブログ、または午前0時&午後3時更新の男

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元職・雑誌フリーライター。午前0時か午後3時に毎日定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無知・無内容ご容赦ください。

トラフィック・サウンド - チベット自治領 (MaG, 1971)
トラフィック・サウンド Traffic Sound - チベット紛争地帯 Tibet's Suzettes (a.k.a."Traffic Sound", "III") (MaG, 1971)  :  

Originally Released by Discos MaG Peru, MaG-LPN 2395, 1970 or 1971
Todas las canciones escritas y arregladas por Traffic Sound, Letras de Manuel Sanguinetti (All Composed and Arrenged by Traffic Sound, Lyrics by Manuel Sanguinetti)
(Lado A)
A1. Tibet's Suzettes - 4:45
A2. The Days Have Gone - 3:27
A3. Yesterday's Game - 5:52
(Lado B)
B1. America - 3:02
B2. What You Need And What You Want - 4:15
B3. Chicama Way - 7:02
B4. Empty (Hidden Track) - 1:24
[ Traffic Sound ]
Manuel Sanguinetti - 1゚Voz, Voces, Percusion (lead vocal, vocals, percussion)
Willy Barclay - 1゚Guitarra, Guitarra Acustica, (lead guitar, acoustic guitar, backing vocals)
Freddy Rizo Patron - Guitarra Ritmica, Guitarra Acustica, Bajo (rhythm guitar, acoustic guitar, bass)
Willy Thorne - Bajo, Organo , Piano, Guitarra, Coros (bass, organ, piano, guitar, backing vocals)
Luis Nevares - Bateria, Vibrafono, Percusion, Coros (drums, vibraphone, percussion, backing vocals)
Jean-Pierre Magnet - Saxo, Clarinete, Flauta, Coros (saxophone, clarinet, flute, backing vocals)
(Original MaG "Tibet's Suzettes" LP Liner Cover, Double Gatefold Front Cover, Liner Cover & Lado A Label)


バンド名をタイトルにしたアルバムはデビュー作に多いのですが、ペルーの1960年代末~1970年代初頭のロックを代表するトラフィック・サウンドは第3作でバンド名をそのままアルバム・タイトルにしたため、この第3作はアルバムのテーマを示すA1の曲名から『Tibet's Suzettes』、または『III』と呼ばれるようになりした。トラフィック・サウンドのアルバムは第1作『バイラー・ア・ゴーゴー』と第2作『ヴァージン』を先にご紹介しましたが、改めてディスコグラフィーを掲載すると、
[ Traffic Sound (Peru, 1967-1972) Discography]
(Original Albums)
1. A Bailar Go Go (MaG, 1969)*1968年説あり
2. Virgin (MaG, 1970)*1969年説あり
3. Traffic Sound (a.k.a. III) (a.k.a. Tibet's Suzettes) (MaG, 1971)*1970年説あり
4. Lux (Sono Radio, 1972)*1971年説あり
(Compilations)
・Traffic Sound 68-69 (Background, 1993) *coupling "A Bailar Go Go" & "Virgin"
・Greatest Hits (Discos Hispanos, 1998)
・Yellow Sea Years: Peruvian Psych-Rock-Soul 1968-71 (Vampi Soul, 2005)
(Original Singles)
・Sky Pilot c/w Fire (MaG, 1968)
・You Got Me Floating c/w Sueno (MaG, 1968)
・I'm so Glad c/w Destruction (MaG, 1968)
・La Camita c/w You Got to Be Sure (MaG, 1971-Sono Radio, 1971)
・El Clan Braniff c/w Braniff style - Usa version (Sono Radio, 1971)
・Suavecito c/w Solos (Sono Radio, 1972)
 があり、それぞれ発売年に異説もありますが、1968年のシングル3枚の6曲をまとめたアルバム『バイラー・ア・ゴーゴー』が全収録曲英米ロックのカヴァーなので、そのアルバム化が1969年とすると第2作以降は1970年・1971年・1972年説を採るのが妥当と思われます。全曲メンバーのオリジナル曲によるアルバム『ヴァージン』をセカンド・アルバムながら真のファースト・アルバムとする見方もありますし、以降『Traffic Sound  ("III" or "Tibet's Suzettes")』、ラスト・アルバムの『Lux』も全曲メンバーのオリジナル曲により、1971年以降のシングルはアルバムと重複しないオリジナル・シングルになっています(コンピレーション・アルバムや『Traffic Sound』『Lux』のCDボーナス・トラックに収録)。

 トラフィック・サウンドは英語詞のバンドですが(ペルーの公用語はスペイン語です)オリジナル曲では歌詞やアレンジを重視しており、『ヴァージン』以降はアルバム・ジャケットに歌詞と曲ごとの詳細な担当楽器を掲載しています。『バイラー・ア・ゴーゴー』に収録された英米ロックのカヴァー(アニマルズ、クリーム、ジミ・ヘンドリックス、ラスカルズ、アイアン・バタフライ)からも、トラフィック・サウンドも日本の後期グループ・サウンズと同じ英米ロックからの影響下にあるバンドで、選曲やアレンジのセンスまで日本のGSとそっくりでした。地球の反対側で同じことをやっていたわけです。それが突然オリジナルな音楽性のロックに転じて大化けしたのが、英米には例を見ない独創的なラテン・ロック作品の名盤『ヴァージン』でした。この時期トラフィック・サウンドはドアーズを始めエリック・クラプトン関連の諸作、アレクシス・コーナー、レッド・ツェッペリン、ビートルズ、ヴァニラ・ファッジ、ピンク・フロイド、ブロドウィン・ピッグ(!)、アイアン・バタフライ、ジェスロ・タル、ソフト・マシーンやブラジルのボサ・ノヴァを研究していたとメンバー自身が証言しており、部分的なサウンド手法には英米ロックからの影響を残していますが、オリジナリティの方がはるかに大きいのです。ジャンル的にはサイケデリック・ロックからプログレッシヴ・ロックの橋渡しになるような位置にいましたが、『ヴァージン』では特定の影響源を云々する必要もないくらい音楽がのびやかでした。短い収録時間もあってアルバム全体の印象はやや小粒ですが、南米ロックの生んだ珠玉と言って良い、くり返し愛聴に耐える逸品が『ヴァージン』でした。

 豪華観音開き6面ジャケットの本作はバンド名をタイトルにしたことでもバンドとレコード会社の自信がうかがわれますが、この第3作のトラフィック・サウンドは、冒頭のアルバム・テーマ曲「Tibet's Suzettes」(以降アルバム・タイトルになったこの曲のタイトルは直訳するなら「チベット自治領」で「自治領」は複数形であり、チベット自治領地帯下の複雑に分裂した不毛な民族紛争を批判した歌詞の楽曲です)から前作よりぐっと重厚なサウンドになったことに気づきます。多重録音のサックスはヴァン・ダー・グラーフ・ジェネレーターやキング・クリムゾンらサックス入りブリティッシュ・ロックのようですし、サックス奏者が持ち替えで吹くフルートもフルート入りブリティッシュ・ロックのムーディ・ブルースやジェスロ・タルのようです。ギターのリフも太く重くなり、『ヴァージン』ではギタリスト2人のうち1人とキーボード奏者が必要に応じてベースを担当していましたが、今回はキーボードはほとんど使わずキーボード奏者がベーシストに徹して、その分ギターと管楽器の比重が高くなりました。その結果同時代の英米ロックのサウンドに急激に近づいており、コロシアムやタル、クリムゾン、ヴァン・ダー・グラーフ、ジェネシスの域とまではいかなくても、サイケデリック色の残り香からもグレイシャス!、クレシダ、ロウ・マテリアル、マルスピラミ、ニドロローグら、いっそうアンダーグラウンドなブリティッシュ・ロックと共振する作風です。

 初の全曲オリジナル作『ヴァージン』はサイケデリック・ロック全盛期に英米のサイケデリック・ロックのカヴァーにいそしんでいたトラフィック・サウンドが、いわば自力で作り上げたポスト・サイケデリック・ロックであり、プレ・プログレッシヴ・ロックでした。歌詞は英語のままで、アイディアの源は英米ロックに由来するものの、サウンド・スタイルは手探りでオリジナル曲を作る過程で出来上がっていますから、英米ロックにはないトラフィック・サウンドならではのオリジナリティが新鮮なサウンドを生み出していた記念碑的名作になりました。この第3作では、英米ロックがプログレッシヴ・ロックのスタイルを完成していく過程を参照しながら作られ、楽曲の均質感や完成度、タイトなサウンドは『ヴァージン』よりもはるかにしっかりしたハード・ロック的な骨格になりましたが、音楽性は英米ロックにほとんど準拠していて、このくらいのアルバムならアンダーグラウンドな英米ロックにも似たようなものがありはしないかと思わせる弱点があります。楽曲の出来、アレンジ、演奏も水準以上ですが『ヴァージン』に横溢していたほどのマジカルな創造力ではなく、高いミュージシャンシップによって作られた優れたアルバムに聴こえます。

 本作はもちろん高いハードルをクリアしていますし、初期クリムゾン似のサックスや巧みなアレンジ、何よりヴォーカルの良さと声質がイタリアのナポリのバンド、オザンナ(1971-1974、現在も復活して現役)を思わせます。ヴォーカルの声質はグレイシャス!にも似ていますが、キーボード・バンドのグレイシャス!はスティーリー・ダンのヘヴィ・プログレッシヴ版(ダンより早くデビューし、ダンのデビュー時には解散していましたが)のようなシニカルな持ち味のサウンドのバンドでした。オザンナは暑苦しいヴォーカルと殺気に満ちたサウンドでしたが、声質やアンサンブルは似ているもののトラフィック・サウンドはオザンナほどは殺気立っていません。しかし音楽の底流にある情感では、トラフィック・サウンドとオザンナは兄弟みたいに似ています。オザンナでは激情だったものが、トラフィック・サウンドではもっと快活か哀愁に満ちた気分で表れています。楽曲のメロディアスなセンスでは、トラフィック・サウンドやオザンナは英米ロックの水準と照らしても抜群に素晴らしいものです。本沢もA1から隠しトラック(短いピアノ・インスト)のB4まで捨て曲なしで構成に無駄がなく、32分あっという間に聴いてしまいますが、そのセンスの良さがアルバム、またこのバンドのスケールを小ぶりに見せています。トラフィック・サウンドもデビュー当時からヴァニラ・ファッジの影響を積極的に被ったバンドで、このアルバムのオリジナル曲はオリジナル曲のヴァニラ・ファッジに似ていますがファッジより楽曲が優れ、トラフィック・サウンドは折衷主義的存在だったヴァニラ・ファッジより素晴らしいバンドだと断言できますし、オザンナの兄弟みたいなバンドとは先に述べた通りです。トラフィック・サウンドに欠けているのはヴァニラ・ファッジやオザンナにあった、大風呂敷を広げて破綻してしまうほどの大胆さで、そこでどうしても素晴らしいものの柄の小さなバンドという、損だか得だかわからない印象が残ります。このサード・アルバムも秀逸な名盤で、本作で初めてトラフィック・サウンドを聴くリスナーならペルーのロック恐るべしと思わせるに足る逸品ですが、手探りの傑作だった『ヴァージン』の記念碑的アルバムとまで言える存在感には及ばないのは、制作時期の時代背景からも、地域的にも仕方ないかもしれません。

(旧記事を手直しし、再掲載しました。)