アンドリュー・ヒル - スモーク・スタック (Blue Note, 1966) | 人生は野菜スープ~アエリエルのブログ、または午前0時&午後3時毎日更新の男

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元職・雑誌フリーライター。バツイチ独身。午前0時か午後3時に定期更新。主な内容は軽音楽(ジャズ、ロック)、文学(現代詩)の紹介・感想文です。ブロガーならぬ一介の閑人にて無内容・無知ご容赦ください。

アンドリュー・ヒル - スモーク・スタック (Blue Note, 1966)アンドリュー・ヒル Andrew Hill - スモーク・スタック Smoke Stack (Blue Note, 1966) : YouTube Smoke Stack Full Album
Recorded at The Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, December 13, 1963 
Released by Blue Note ST-84160, Early August, 1966
All compositions by Andrew Hill
(Side 1)
A1. Smoke Stack - 5:00
A2. The Day After - 5:07
A3. Wailing Wail - 5:46
A4. Ode to Von - 4:29
(Side 2)
B1. Not So - 6:24
B2. Verne - 5:48
B3. 30 Pier Avenue - 7:06
[ Personnel ]
Andrew Hill - piano
Richard Davis - bass
Eddie Khan - bass
Roy Haynes - drums
(Original Blue Note "Smoke Stack" LP Liner Cover & Side 1 Label)
 本作はアンドリュー・ヒル(1931~2007)がブルー・ノート・レーベルから再デビューした2作目に録音され、録音順では3作目・4作目のアルバムが優先発売されたので、発売順ではブルー・ノートでの4作目になりました。ヒルのアルバム・リストはポップスのローカル・レーベル、ワーウィックに残された幻のデビュー作『So in Love』1960(録音1956年)をご紹介した時に掲載しましたが、一応ブルー・ノート・レコーズからの再デビューになった最初の5枚を再掲載します。ブルー・ノートは、半年でヒルのアルバムを5枚録音する、という破格の契約をしました。
1963.11 : Black Fire
1963.12 : Smokestack
1964.01 : Judgment!
1964.03 : Point of Departure
1964.06 : Andrew!!!
 これを発売順に並べると、こうなります。
1963.11 : Black Fire (issued 1964.3)
1964.1 : Judgment! (issued 1964.9)
1964.3 : Point of Departure (issued 1965.4)
1963.12 : Smokestack (issued 1966.8)
1964.6 : Andrew!!! (issued 1968.4)
 これがヒルのブルー・ノート5部作と言われるもので、次の『Pax』は65年2月録音ですが未発表になり、単体アルバム化されたのは2006年でした。ヒルの初期5部作もその後廃盤にならなかったのは『Point of Departure』だけで、このアルバムはケニー・ドーハム(トランペット)、エリック・ドルフィー(アルトサックス)、ジョー・ヘンダーソン(テナーサックス)の3管、リチャード・デイヴィス(ベース)とトニー・ウィリアムズ(ドラムス)のヘヴィ級リズムというオールスター・バンドでしたからメンバーの豪華さで人気作となったので、5部作の他の4枚は10年に1度くらい再発売されては廃盤をくり返しています。ですが12枚以上あるヒルの'60年代ブルー・ノート在籍時のアルバムは集め始めると全部聴きたくなる妙な魅力があり、当時ビル・エヴァンスとセシル・テイラーを筆頭に、ポール・ブレイやスティーヴ・キューン、マッコイ・タイナーやハービー・ハンコックら、表舞台(テイラー、ブレイ、キューンを表舞台のジャズマンと言うのは苦しいかもしれませが、活動中から正当に注目されていました)にいたジャズ・ピアニストでも、ヒルの個性は一風変わったものでした。

 エヴァンスやテイラーはビ・バップのオリジネイターであるセロニアス・モンク(弟分のパウエルより遅れて評価されましたが)とバド・パウエルの後継者であり、ビ・バップのピアニストたちもモダン・ジャズ以前の最大の巨匠アート・テイタムから強く影響されていましたが、モンクとパウエルの影に隠れて独自の実験的スタイルを追求していたビ・バップ・ピアニストもいました。少なくともレニー・トリスターノ、エルモ・ホープ、ハービー・ニコルスの3人(リチャード・ツワージックを加えてもいいですが)はモンクとパウエルに匹敵する可能性を持っていたピアニストでしたが、モンクやパウエルほど彼ら独自の手法がジャズ界に浸透する機会や才能に恵まれませんでした。ブルー・ノート・レコーズはモンク、パウエル、ホープ、ニコルスを最初に専属契約したレーベルであり、パウエル以外はレコード発売当初は評価にも恵まれず、セールスもふるいませんでした。ブルー・ノートでのモンクやニコルスのアルバムは現在ではモダン・ジャズの古典となってロングセラーを続けています。ブルー・ノートは、ピアノ・トリオのスリー・サウンズやオルガンのジミー・スミスのように商売になるアーティストを見つけて大々的に売り出す面もありましたが、アンドリュー・ヒルはブルー・ノート・レーベルがハービー・ニコルス以来に目をつけた若手鬼才ピアニストでした。ブルー・ノート専属第1弾『Black Fire』はジャーナリズムから即時に絶賛され、現在でも高い評価を受けています。ブルー・ノートは録音第2作『Smoke Stack』の発表は後に回し、録音第3作『Judgement!』を発売第2作にします。録音第4作『Point of Departure』は即発売第3作になり、録音第5作の終了後ようやく録音第2作『Smoke Stack』がリリースされます。録音第5作『Andrew!!!』のリリースはさらに遅く、未発表に終わった録音第6作『Pax』に続く録音第7作『Compulsion!!!!!』の発表の後になりました。1963年11月~1964年6月にかけて制作したアルバム発売に1968年の4月までかかったわけです。1965年の『Pax』、1966年の『Change』以外にも1967年には3枚の未発表アルバムが制作されたのも考えると、ヒルのアルバムは評価は高いもののセールスは不振で、レーベルも処遇を持て余していたとしか思えません。

 '60年代アンドリュー・ヒルのブルー・ノート作品は、現在の音楽メディア(Allmusic.com)では以下のように高い評価を得ています。Allmusic.com以外では『Penguin Guide to Jazz』が『Point of Departure』とボビー・ハッチャーソン『Dialogue』を★★★★(満点)plus crown(不朽の名盤)に認定しています。
1963.9 : Joe Henderson/Our Thing (issued 1964.5) ★★★★1/2
1963.10 : Hank Mobley/No Room for Squares (issued 1964.6) ★★★★
1963.11 : Black Fire (issued 1964.3) ★★★★★
1963.12 : Smokestack (issued 1966.8) ★★★
1964.1 : Judgment! (issued 1964.9) ★★★★1/2
1964.3 : Point of Departure (issued 1965.4) ★★★★★
1964.6 : Andrew!!! (issued 1968.4) ★★★★
1965.2 : Pax (issued including of "One For One" and 2006.6) ★★★1/2
1965.4 : Bobby Hutcherson/Dialogue (issued 1965.9) ★★★★★
1965.10 : Compulsion!!!!! (issued 1967.2) ★★★★
1966.3 : Change (issued 2007.6) ★★★★
1968.4 : Grass Roots (issued 1969) ★★★★
1968.10 : Dance with Death (issued 1980) ★★★★1/2
1969.5 : Lift Every Voice (issued 1970) ★★★★1/2
1969.11 : Passing Ships (issued 2003.10) ★★★★1/2
1965-70 : One for One (issued 1975, 2LP) ★★★★
1967-70: Mosaic Select 16 : Andrew Hill (issued 2005, 3CD) ★★★★1/2

 こうして見るとほぼ全作品が★★★★以上で、知名度のわりにあまりに高い評価に驚きますが、'60年代のマイルス・デイヴィス・クインテットがフュージョン以降にアコースティック・ジャズの到達点として浮上してきたように、ヒルのスタイルはエヴァンスやテイラーよりある意味、射程距離が長いものだったと見做されているのでしょう。エヴァンスやテイラーらは早いうちから強い影響力を持ち、その手法が浸透するのも早いピアニストでした。しかしヒルのスタイルは今でもまだ十分に解明されず、開拓されていないポスト・バップの可能性を秘めているという見方です。トリスターノやホープ、ニコルスらと同様、主流ジャズからは外れたところで生まれてきて、誰にも気づかれないまま驚くような独自進化を遂げたのがヒルのジャズだったのかもしれない、ということです。実際ヒルのように純粋にモダン・ジャズであり自作を多産しながら、またセッションの機会に恵まれやすいピアノ奏者という担当楽器でありながら、他人のアルバムには数えるほどの参加作しかなく自分の音楽に専念していたのは、それこそモンクとパウエル、トリスターノやテイラーくらいしか見当たりません。モンクやパウエルらがジャズに果たしてきたのと同等の革新性が、ヒルの音楽にはまだ解明されずに残されているのではないかと考えられているのです。

 Allmusic.comの評価では『Smoke Stack』はヒルのブルー・ノート作品中唯一の★★★になっています。ヒル作品では★★★より低い評価はありませんから、全作品を高く評価した上での相対評価になるのでしょうが、本作は初期5部作では一番聴きやすく、ヒルの本質がつかみやすいアルバムなのではないかとも思えます。リチャード・デイヴィス(ベース)とロイ・ヘインズ(ドラムス)はブルー・ノート第1作『Black Fire』でも共演しており(ヘインズはフィリー・ジョー・ジョーンズのピンチヒッターだったそうです)、『Black Fire』はジョー・ヘンダーソンのテナー入りカルテットでしたが(ヘンダーソンの参加もアルバムの声価を高めていますが)、『スモーク・スタック』は2ベース・ピアノ・カルテットというほとんど例がない編成のアルバムです。デイヴィスとセカンド・ベーシストのエディ・カーンは1963年7月のエリック・ドルフィー『カンヴァセーション(Conversation)』『アイアン・マン(Iron Man)』セッションでも2ベースで共演しています。ヘインズもドルフィーのプレスティッジのスタジオ盤3部作のドラマーでした。ドルフィーの生前最後のスタジオ録音がヒルの『離心点(Point of Departure)』で、ドルフィー生前最後のリーダー作(ライヴ録音除く)の『アウト・トゥー・ランチ(Out To Lunch)』(ブルー・ノート作品)にもデイヴィスは参加しています。要するに、本作はドルフィーが参加していてもおかしくないメンバーが揃っています。そう思うとがぜん評価は上昇します。5部作はどれも楽器編成が違いますが、本作の変則ピアノ・カルテットはドルフィーの第2作『Out There』1960の楽器編成(アルトサックス、チェロ、ベース、ドラムス)を連想させられます。『Out There』のドラムスもロイ・ヘインズでした。本作にいかに多彩な工夫が凝らされているか、1曲ずつ聴いてみましょう。

 まずSide1のA1「Smoke Stack」はアルバム・タイトル曲らしくスリリングでインパクトがある曲です。AA'16小節と実際はシンプルながら、2音単位で同じ音型をシンコペーションするテーマなので非常にわかりづらい小節構成です。拍の頭が裏返りつづける手法はアルバム全曲で展開されます。ソロでは4度重ねのブロック・コードと全音階を多用しており、これはエヴァンス~マッコイ・タイナー的手法でもあります。A2「The Day After」もリズム・アレンジに一癖あり、3連符を多用しているので6/8(2拍3連)と錯覚しそうなミディアム・バラードですが、実はAA'B+AA'B24小節のブルース(!)です。ジャズマンにとって実践的な演奏は小節構成によりますが、一般的にリスナーは小節より和声に気をとられてしまうので、和声的なトリックに引っかかってしまうとこの小節構成は即座に聴きわけられる代物ではないでしょう。デイヴィスによるピチカート奏法の見事なベース・ソロが光ります。ピアノのソロは基本的にテーマ変奏ですが気だるく不穏なムードで、テーマ変奏とアドリブ・ソロが混在しながら進行する手法はハービー・ニコルスを思わせます。A3「Wailing Wail」はドラムスのパルス・ビートのシンバル・ワークから始まり、ベースのアルコ奏法でテーマが奏でられるAA'BB'32小節(B部のベースはアドリブで、ピアノによるテーマのブリッジをなしています)の陰鬱なバラード。ドラムスとピチカート奏法によるベースは完全にフリー・ジャズになっています。アルバムのハイライトのひとつといえる強烈な曲です。A4「Ode to Von」はまたもやABC+ABC'の24小節の変則ブルース。2曲目とも違うアプローチで、全然ブルースに聴こえないどころか、何小節単位の曲かも聴きわけられないような変態的テーマです。これもデイヴィスのベースの短いピチカート・ソロが光ります。A2同様セロニアス・モンク~ハービー・ニコルスの発展型とも言えますし、パウエルの奏法を意図的に崩したエルモ・ホープの手法も思わせます。ヒル自身はこの手法を完全に咀嚼しきっており、具体的な影響ではないでしょう。

 Side2に移ると、B1の「Not So」はABAB32小節、トリッキーなシンコペーションによるテーマで、これははっきりとモンクの発展型の印象があります。テーマの後はデイヴィスのベース・ソロから始まりますが、これも短いながら絶品です。ピアノ・ソロもモンクを思わせる奇妙な音型が多用されます。ヒルはオリジナル曲しか演奏しないので、あえてモンクっぽい曲を作ってみたのかもしれません。後半はドラムスとのデュオがピックアップされて終わります。B2「Verne」は「Lazy Afternoon」(ミュージカル『The Golden Apple』挿入歌)を思わせるテーマを持ったAA'BA32小節形式のバラード。同曲はヒル周辺では『セシル・テイラーの世界(The World of Cecil Taylor』1960、グラント・グリーン『Street of Dreams』1965、ピート・ラ・ロカ『Basra』1965でも取り上げられています。この曲はベースはデイヴィスひとりで、ピアノと絡むデイヴィスのベースの自由なピチカートをフィーチャーしています。この曲のヘインズのドラムスは控えめです。B3「30 Pier Avenue」はAA'AA'32小節のミディアム・バラードで、ドラムスは2拍3連を交えていますから曲の何小節目になったのか流して聴いているとわからなくなります。この曲のベース・ソロはエディ・カーンが頑張っていますが、デイヴィスとのセンスと力量の差は歴然なのが愛嬌です。ピアノはアルバム中もっともフリー・ジャズ的です。ピアノが休んでドラムス&ベース・ブレイクになり、再びテーマに戻り、フェイド・アウトして終わります。

 と、アルバム全曲を小節構成を聴きとりながらじっくり聴いてみましたが、ジャズ名盤ガイドやアンドリュー・ヒルの代表作にも上げられないこのアルバムは、変則ピアノ・トリオ(2ベース・カルテット)のアルバムとして2ベースの特性を生かした、実は相当な傑作なのではないかと思えてきます。英語版ウィキペディアのアルバム・ジャンル記載では本作は「Post bop」「Avant-garde jazz」なのですが、ビ・バップ本流の次世代型主流ジャズとフリー・ジャズ(英語圏では『Free Jazz』はオーネット・コールマンのアルバム名で、日本で言うフリー・ジャズ一般はAvant-garde jazzと呼ばれます)の両方に足をかけている点で、このアルバムはヒルの立ち位置がはっきりわかります。それはヒルが共演してきたローランド・カークやウォルト・ディッカーソン、さらに密接にエリック・ドルフィーと共通するものでした。また本作はヒル作品でもあまり聴かれない分、今なお問題作と言えるアルバムです。