毎日新聞からの続きです。


「そもそも外国人は中国で軍事研究に関われない」


 ――拡散された情報を見て、どのように感じましたか。


 ◆まず、千人計画の参加者の圧倒的多数は軍事と関係のない基礎科学の研究者です。そもそも外国人は中国で軍事研究に関わることはできないというのは中国の常識です。


 日本人が千人計画で軍事研究に参加しているという話を聞かされて、何をバカなことを言っているのか、と思いました。直接の軍事研究に限らず、軍事転用を視野に入れた軍関係の基礎研究プロジェクトへ研究費を申請することすらできません。中国の常識が分かっていない。


 少し想像をすれば、分かるのではないでしょうか。中国政府が機密性の高い軍事研究を外国人にさせたとして、その人を帰国させるでしょうか。私たちの生活拠点は日本にあり、いずれ帰国することは前提になっています。中国と仲が悪くなった米国に研究拠点を移す人もいるでしょう。


 千人計画は、外国の研究者を迎えるプログラムですが、外国籍の研究者を主な対象としたものではありません。千人計画の採択者の大多数は中国籍です。海外に留学をして帰国しない中国人研究者の帰国を促すために、研究に補助金を出して呼び戻す「海亀(中国語の音が近いことから、海外から帰国する人材をウミガメに例えた)」政策というのが実態です。海外に流出した中国の頭脳を厚遇で呼び戻そうというのが狙いなのです。


 私が千人計画に参加したのは、知人の紹介ではなく、中国の大学で採用が決まってからのことでした。学術誌がまとめている公開求人情報から、中国の大学のポストに応募しました。大学での採用が決まった後に千人計画に応募し、大学で確保している従来の研究費に、千人計画の補助金が上乗せされています。最初から千人計画ありきで、中国に行ったわけではありません。


実際には「破格の高待遇」とはかけ離れた待遇


 ――甘利さんはブログの中で、千人計画の待遇について触れています。

 ◆ブログで「他国の研究者を高額な年俸(報道によれば生活費とあわせ年収8000万円!)で招聘(しょうへい)」と書いていました。千人計画の参加者全員が8000万円をもらえるというのは、明らかに実態から乖離(かいり)しています。ほとんどの人はそこまでもらっていません。その10分の1かそれ以下が相場ではないでしょうか。


 私の年収は600万円です。中国の物価水準からすると良い待遇ですが、中国人同僚と同様の額ですし、日本で言われているような破格ではありません。私の周囲には8000万円をもらっている研究者はみあたりません。少なくとも千人計画の一般論ではありません。


 また渡航時の一時金についても、中国人も外国人も区別なく同額の50万元(約800万円)支給されることになっていますが、これは住宅を購入した場合のみ一括でもらえる補助金です。


 北京などの大都市ではマンション価格の相場が1億円を優に超えているため、ほとんどの人は住宅購入ができず、その場合は、一時金を複数年に分けて分割で少しずつもらう形が一般的です。


 うちの大学の分割支給の場合、その間に(分割された一時金支給で)年100万円程度収入が増える形になっています。また、こういった着任時の補助がある一方、日本とは異なり退職金はありません。これらの条件は、日本の方が想像されているような「破格の高待遇」とはかなり異なると思います。


「極秘参加」どころか以前は参加者名簿が公表されていた


 ――先述していますが、甘利氏のブログには「千人計画への参加を厳秘にする事を条件付けています」と書かれています。


 ◆以前は採択者リストが公表されていましたし、研究者を招いた中国の大学は、名誉なこととして、どの研究者を招いたかをホームページで宣伝しているところもありました。主要な科学誌にはたくさんの千人計画の参加者の情報が載っています。「極秘の研究」と言われても、わけが分かりません。


 「極秘」と言われているとすれば、米国で18年後半から、トランプ大統領が千人計画をやり玉に挙げ始めました。それ以降、中国政府は千人計画の採択者リストを非公開にしましたが、既に採択者情報は広まっています。それが「極秘」と誤解を生む一方、既知の採択者へのバッシングへとつながっています。私は掲載しても大丈夫じゃないかと最近までは思っていましたが、日本の状況を見ると、公開されていたら危険ですね。