がんになったら
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浸潤性膀胱がんでも膀胱を温存する動注化学・放射線治療 (陽子線)

                                       筑波大学付属病院泌尿器科

膀胱がんに対する陽子線治療

はじめに

膀胱壁内の筋肉まで腫瘍が入り込んだ浸潤性膀胱がんに対しては多くの施設で膀胱全摘術が行われており、標準的な治療とされており ます。しかし、膀胱癌は70歳以上の高齢の方に発生しやすく、膀胱全摘後の排尿トラブルが生活の質をおとす場合もあります。そのため、筑波大学では浸潤性 膀胱癌に対して陽子線治療を利用した膀胱温存療法を行っております。

対象となる患者様および治療法

対象は、T2かT3と診断されている浸潤性膀胱がんです。T1といわれる非浸潤性膀胱癌は膀胱鏡を使った経尿道的腫瘍切除術や抗 がん剤の膀胱注入により膀胱全摘をすることなく治療できますので、陽子線照射の対象とはしていません。膀胱温存療法の中身は、次の4つのステップに別れま す。1)まず経尿道的膀胱切除術を行い、2)骨盤部へ通常放射線治療を一日1回1.8Gyで41.4Gy/23回の放射線治療と平行して動注化学療法を三 週間毎に3回行います。動注化学療法の中身はカテーテルという細い管を両足の付け根から膀胱の動脈に入れ、抗がん剤をカテーテルから注入するというもので す。3)2)の治療の後で生検を含む検査を行い、腫瘍が消失していた場合には、4)もと腫瘍のあった部位の再発予防のために陽子線治療を 36.3GyE/11回追加する、というものです。3)の時点で腫瘍が残存していた場合は、膀胱全摘術を行います。

これまでの結果

陽子線を用いた膀胱温存療法を施行した結果を紹介します。1989年から1999年の間に治療した25例の結果では、中間評価で 23例(92%)に腫瘍消失が確認でき,陽子線の追加を行いました。その後の経過観察(平均5年)の結果では、10例で再発が認められました(膀胱内再発 6例、遠隔転移3例,両方1例)。

膀胱内再発は再治療により制御されて無腫瘍状態となりましたが、遠隔転移を来した症例は全例死亡しております.陽子線治療を行っ た症例の5年全生存率と5年原病生存率(膀胱癌で死なない率)は、それぞれ61%と84%でした。局所制御率(照射した部位に再発しない率)は73%、膀 胱温存率(膀胱をとらないですんだ率)は96%でした。治療を受けた方の半数は72歳以上の高齢者で、最高齢の方は89歳でした。

副作用は、治療期間中は6例(24%)で白血球、赤血球、血小板などが減少する一時的血液障害が認められました。また、動注化学 療法に伴う一時的な足のしびれも4例(17%)で認められました.治療が終わって3ヶ月以上たってからの副作用としては,出血性膀胱炎が2例(9%)で認 められました1)

治療を受けるにあたって

この治療法は高齢の方でも比較的安全に受けられるものですが、腎機能が悪いとシスプラチンという抗がん剤の使用ができないので対 象外になることがあります。また,治療法のところに記載してありますように、膀胱温存療法は当院の泌尿器科との綿密な連携によって行っております。膀胱温 存療法を御希望の患者さんは,まず当院泌尿器科を受診して温存療法ができる腫瘍の状態かどうかと動注化学療法が可能かどうかについての評価を受けることを お願いしております。

 

浸潤性膀胱がんでも膀胱を温存する動注化学・放射線治療
膀胱機能を温存し再発も防ぐ、QOLを維持する新しい治療法 2004年

                                                                                              筑波大学付属病院泌尿器科教授 赤座英之
60~70歳代で、発生頻度がピークをむかえる膀胱がん。

中でも浸潤性の膀胱がんは、膀胱の筋肉や膀胱外にまで根をはるように発育し、転移も生じやすいことから、生命を脅かす危険性が高い。

その上、開腹して膀胱を全摘しなくてはならないことから、QOLの低下は避けられない。

こうした問題を改善するために考案されたのが、浸潤性膀胱がんに対する膀胱温存療法である。

この治療は、動注化学療法と放射線照射を同時に行うことでがんを叩き、それで膀胱を温存する。

 

<患者の切実な声に応えて登場した治療法>

筑波大学付属病院(泌尿器科)の動注化学療法と放射線治療の同時併用による膀胱温存療法が、膀胱がんの患者とその家族から熱い視線を寄せられている。

他の病院で膀胱の全摘を告げられた浸潤性膀胱がんの患者に対し、この動注化学・放射線治療によって膀胱・排尿機能の温存ばかりか、なかには根治まで望めるという優れた治療成績をあげているからだ。

膀胱がんは膀胱の内側の上皮(粘膜)に発生するがんで、表在性膀胱がんと浸潤性膀胱がんの二つに大きく分けられます。進行するに 従って外側へ向かって膀胱壁(粘膜・粘膜下層・筋層)の中に深く浸潤していきます。がんの浸潤が粘膜下層にまでとどまっているのが表在性膀胱がんで、筋層 まで届き、それ以上に広がっているのが浸潤性膀胱がんです。

膀胱がんの予後は、表在性膀胱がんと浸潤性膀胱がんではまったく異なる。前者の5年生存率は90パーセント以上と非常に高いのに、後者は40パーセント以下と半分にも満たない。

加えて、表在性膀胱がんは尿道から膀胱鏡を膀胱へ挿入し、電気メスで腫瘍を切除する手術へ経尿道的膀胱腫瘍切除術(=TUR- Bt)によって治癒し、膀胱を全摘することはないが、浸潤性膀胱がんは開腹手術で膀胱を全摘しなければならない。膀胱をとられたうえに治癒も難しいという のが浸潤性膀胱がんで、患者にとっては二重の苦しみを負うため、この苦しみをなくす新たな治療法が切実に求められてきた。

もちろん、近年の尿路変更術の進歩によって、膀胱を全摘した患者の排尿に関するQOL(生活の質)はかなり改善したものの、体に備わった膀胱を失うという事実は変わらない。

筑波大学付属病院で試みられている動注化学・放射線治療による膀胱温存療法は、本来の膀胱・排尿機能を残しながら治癒も得たいという患者の声に応えた画期的治療法といえるだろう。

<膀胱温存療法の適応対象>

[                    膀胱がんにおける病期(ステージ)]
                 図:膀胱がんにおける病期(ステージ)
腫瘍が膀胱壁の粘膜下層までにとどまっているか筋層まで達しているかで治療方法は全く異なる

浸潤性膀胱がんは進行の程度によって、T2、T3、T4の3種類に大きく分けられる。少し専門的になるが、T2はがんの浸潤が筋 層にとどまるもので、T3は膀胱の周囲の脂肪組織へ浸潤しているもの、さらにT4は前立腺・子宮や骨盤壁など隣接臓器へ浸潤しているものだ。このうち膀胱 温存療法の対象となるのはT2、T3の、リンパ節転移や遠隔臓器転移の認められない浸潤性膀胱がんである。浸潤の程度やリンパ節転移の有無などは、生検や CT、MRI等の画像検査で確かめる。

注意すべきはT2、T3の浸潤性膀胱がんのすべてが膀胱温存療法の対象となるわけではないことだ。腫瘍の数や大きさなどをはじめ、TUR-Btで切除した患部の組織からがんの悪性度などを見るなど総合的に判断し、最終的に膀胱温存療法の対象となるか否かを決定する。

「浸潤性膀胱がんは腫瘍の数が1個、すなわち単発のケースが多いようで、腫瘍の数が増えるほど、また腫瘍のサイズが大きいほど再 発の危険性は高くなります。いままでの経験と研究から、膀胱内の再発の危険性は腫瘍の数が2個以上のときは単発のときより約43倍、腫瘍の大きさが3セン チ以上のときは3センチ未満のときより約6倍高まることが明らかにされています」(赤座さん)

そうしたリスクファクターなどを勘案し、膀胱温存療法を行っても再発の恐れが少ない浸潤性膀胱がんを対象に膀胱温存療法を行っているのである。

<動注化学・放射線治療でがんを叩く>

                       [動注化学療法の際の血管造影写真]
                       写真:動注化学療法の際の血管造影写真
左右の大腿動脈から挿入されたカテーテルの先端を内腸骨動脈内に留置して抗がん剤を注入する

動注化学・放射線治療による膀胱温存療法は、(1)経尿道的腫瘍切除術(TUR-Bt)と、(2)抗がん剤の動注化学療法+放射線治療、(3)陽子線治療の3段階の治療ステップを踏む。

最初のステップは膀胱鏡を尿道から膀胱へ挿し入れ、がん病巣を電気メスで切除する。肉眼で確認できた腫瘍はすべて切除できることもあるが、腫瘍を切除できず残してしまうこともある。

2番目のステップは動注化学療法と放射線治療を同時併用する治療で、まず細い管(カテーテル)を太股の大腿動脈から挿入し内腸骨動脈まで進入させ、抗がん剤(メソトレキセート+シスプラチン)を投与する。これが動注化学療法である。

「直接、腫瘍に高濃度の抗がん剤を投与するため、がんに対する殺傷力が増強します。しかも、全身に潜んでいるかもしれないがんの微小転移巣も十分に叩ける濃度と量(体表面積1平方メートルあたりメソトレキセート30ミリグラム、シスプラチン50ミリグラム)の抗がん剤を投与しますが、静脈から点滴投与する通常の方法と比べ副作用は軽くすみます」(赤座さん)

動注化学療法は3週間ごとに3回行う。

放射線治療は、第1回目の動注化学療法の翌日から1回=1.8グレイを、膀胱の存在する骨盤の奥(小骨盤腔)に照射する。通常の体外照射で週5回、計23回=41.4グレイを当てる。

「動注化学・放射線治療が終わった段階で、がんが存在したところの組織を膀胱鏡で取り、顕微鏡でがん細胞の有無を確かめます。が ん細胞のないことが確認されたら次のステップの陽子線治療に進みますが、がん細胞が確認されたときは手術による膀胱全摘に切り替えます」(赤座さん)

アメリカ等の研究では、浸潤性膀胱がん(T2、T3)の30パーセント前後は、静脈投与の抗がん剤治療のみで消失することが判明している。

[                         筑波大における膀胱温存療法]
                  図:筑波大における膀胱温存療法

しかし、動注化学療法に放射線を加えると、腫瘍の消失率が90パーセント程度へ飛躍的に高まる。実際、筑波大学の動注化学・放射線治療では、93パーセントの浸潤性膀胱がんが消失し、ほとんどの患者が次のステップの陽子線治療に進んでいる。

第3段階の陽子線治療は、腫瘍が存在したところに追加照射(ブースト)する。膀胱がんの再発防止をより確実なものにするためで、あらかじめ患部の周辺にマーカーとなる金属粒子を膀胱鏡で埋めこみ、照射範囲を厳密に絞りこんで陽子線を照射する。

もともと陽子線は人体の中でその破壊エネルギーがもっとも大きくなるピーク(ブラッグピーク)の位置を調節できるため、患部のみ に放射線を集中的に照射し、その周りの正常組織への放射線障害を極力減らせるところに大きな特長がある。1回3グレイ相当を週5回、計11回=33グレイ 相当を当てる。

膀胱温存療法はすべて完了するのに約3カ月間を要する。膀胱を全摘する手術の入院期間は2~3週間なので、その約4倍の入院期間を必要とするが、それに十分見合う生活の質(QOL)が保障される。

<膀胱を摘出せずにQOLが保たれる>

[                 浸潤性膀胱がんに対する動注放射線治療の治療前後のCT]
                      写真:浸潤性膀胱がんに対する動注放射線治療の治療前後のCT
                  膀胱内腔を占めていた大きな腫瘍がほとんど消失している

永井順一さん(仮名)が筑波大学付属病院で動注化学・放射線治療による膀胱温存療法を受けたのは1998年9月、74歳のときだった。その2カ月前に突然、血尿が出た。慌てて同病院を受診したところ、膀胱壁の筋層までがんが浸潤したT2の浸潤性膀胱がんと診断された。

「永井さんの腫瘍は一つで、大きさは約30ミリでした。通常は手術で膀胱を全摘するのが標準的な治療ですが、膀胱が温存できる動 注化学・放射線治療で治療できるというアドバイスと、そのメリット・デメリットについて十分なインフォームド・コンセントを行ったところ、後者の膀胱温存 療法を選択し受けることになりました」(赤座さん)

永井さんにはまず経尿道的腫瘍切除術で、腫瘍が可能な限り切除された。その後、動注化学・放射線治療を行ったところ、腫瘍が完全に消失し、陽子線による追加照射を患部に行った。

現在、動注化学・放射線治療を行ってから6年近く経過しているが、再発の兆候はまったく見られず、健やかな生活を送っている。以前と同じように膀胱が機能し、自然な排尿も可能であることはもちろんだ。

「膀胱温存療法の対象となったこれまでの症例としては、腫瘍の数が2個以上で、サイズは50ミリ×40ミリの大きさのものもあります。もっとも若い患者さんは37歳で、最高齢の患者さんは89歳です」(赤座さん)

89歳の患者は女性で、膀胱周囲の脂肪組織への浸潤が画像診断で確認されたT3bの浸潤性膀胱がんだった。治療を受けてから3年2カ月後に他の病気が原因で亡くなったが、生存中は腫瘍が完全に消失したままで、膀胱・排尿機能はしっかりと保たれていた。

<奏効率は手術に勝るとも劣らない>

                                             [筑波大で膀胱温存療法を受けた患者の5年生存率]
                     図:筑波大で膀胱温存療法を受けた患者の5年生存率
膀胱温存療法を受けた患者の生存率は手術で膀胱全摘を行った場合の生存率より優れている

動注化学・放射線治療は膀胱が温存できるうえに、術後の障害がほとんどないことも大きな特長だ。通常の放射線に陽子線を追加照射し、患部に70グレイ以上の放射線量があたるのに、副作用や障害を招くことはほとんどない。

「治療中に放射線の副作用として下痢や排便痛を起こすこともありますが、治療後2~3カ月で治癒し解消します。まして膀胱や直腸から持続的に出血する放射線性膀胱炎や放射線性直腸炎が生じた患者さんは一人もいません」(赤座さん)

筑波大学付属病院で動注化学・放射線治療による膀胱温存療法を受けた患者は、これまで52人にのぼる。膀胱を温存した患者の5年 生存率は76パーセントで、5年無再発生存率は65パーセントだ。再発の恐れが少ない患者を選んで膀胱温存療法を行ってきたということもあるが、いずれも 手術による膀胱全摘の5年生存率や5年無再発生存率より優れ、表在性膀胱がんの5年生存率に迫る優れた治療成績である。

一方、膀胱温存療法を受けた患者の中で再発を招いた患者は9人で、そのうち膀胱外に再発した人は肺転移の1人のみだった。

「8人の膀胱内再発の患者さんのうち3人は表在性膀胱がんでしたから、経尿道的腫瘍切除術で再発巣を切除するだけで治癒し、再び 膀胱が温存できました。ほかの5人は手術で膀胱を全摘したのですが、重要なのはその切除した患部を顕微鏡等で調べてみると、膀胱を全摘しなくても、再発巣 を経尿道的腫瘍切除術で切除するだけで十分であるという事実がわかってきたことです」(赤座さん)

筑波大学付属病院における先駆的な膀胱温存療法の試みによって、膀胱が温存できる浸潤性膀胱がんの条件というものが次第に明らか になりつつある。少なくとも腫瘍の数が1個で、大きさが3センチ未満のT2、T3の浸潤性膀胱がんは、近い将来、手術による膀胱全摘より、動注化学・放射 線治療による膀胱温存療法が第一選択の治療法となる可能性は非常に大きい。

自分の膀胱で自然な排尿ができるか否かは、人間の尊厳にかかわる重要な問題だ。膀胱の温存が可能な浸潤性膀胱がんの条件の明確化と、動注化学・放射線治療の早急な普及が強く望まれている。

現在、浸潤性膀胱がんに対する膀胱温存療法は、動注化学・放射線治療で行う筑波大学付属病院のほかに、四国がんセンターや北海道 大学付属病院をはじめ、いくつかの病院で行われている。いずれも抗がん剤と放射線を用いるのは共通しているが、使用する抗がん剤やその組み合わせ、放射線 の照射方法や照射する放射線量などが微妙に異なる。

その意味ではまだ確立された治療法とはいえないため、膀胱温存療法を望む患者とその家族は、そのやり方、方法、メリット・デメリット、治療成績などについて十分納得できるまで尋ねることが必要だろう。