絶滅が危惧されたサイガ、個体数回復か




 長く丸みを帯びた鼻が特徴的なウシ科の動物、サイガ(学名:Saiga tatarica)。そのユーモラスな表情を眺めていると癒されるが、侮ってはいけない。サイガは絶滅の危機を乗り越えた、したたかな動物なのだ。





音史のブログ-サイガ

 カザフスタン北部のトゥルガイで撮影したオスのサイガ。一時は絶滅の危機に瀕したが、

個体数は順調に回復している。



Photograph by Klaus Nigge




 別名オオハナレイヨウとも呼ぶサイガは小さなヤギほどの大きさで、平均体重はオスが約41キロ、メスが約27キロ。東ヨーロッパの一部や、中央アジア一帯に広がる乾燥した草原、ステップに生息する。



 氷河期に分化したと考えられており、中央アジア一帯で爆発的に繁殖。その規模は、かつて北アメリカの草原を埋め尽くしたバイソンにも匹敵する。20世紀以降も、計200万頭以上がユーラシア大陸各地の草原で暮らしていたという。



 ところがソビエト連邦崩壊前後から、密猟の横行や自然環境の破壊などによって激減。わずか15年で実に95%近くが姿を消し、世界で最も絶滅が危惧される動物の仲間入りをしてしまった。



 2002年、国際自然保護連合(IUCN)は、絶滅危惧種を指定するレッドリストで、サイガを絶滅危惧IA類(絶滅寸前)として分類。



 これをきっかけにして、さまざまな自然保護団体やNGO、研究者らが保護に乗り出した。



 非公式団体「サイガ保護同盟(Saiaga Conservation Alliance, SCA)」は、保護を目的とした行動計画を策定。生存が確認されているウズベキスタン、カザフスタン、ロシア、モンゴルの4カ国すべてが計画に調印した。



 またSCAは、カザフスタンの首都アスタナを拠点に保護活動を行う「カザフスタン生物多様性保全協会(Association of the Conservation of Biodiversity of Kazakhstan, ACBK)」とも連携。ACBKは、約90%が生息するカザフスタン国内で、フランスの国土面積に匹敵する保護地域を設定した。



 また同時に、サイガの重要性とその保護の必要性を地元住民に訴えている。



 こうした取り組みは既に大きな成果を挙げているようだ。わずか数年前に2~3万頭にまで落ち込んでいた国内の生息数が、昨年ついに10万頭を突破。国外を含めて計15万頭を超えるまでに回復している。



 カザフスタン政府や、プロジェクトを支援する諸団体とともに保護活動を行ってきたドイツ人研究者のシュテファン・ツター(Steffen Zuther)氏は、「10年前には絶滅寸前だったが、最近の回復の兆しは本物だ」と話す。



 ツター氏は、全滅一歩手前の生息域もあると油断を戒めている。いずれカザフスタンでの生息数を、1990年代前半の水準である100万頭前後にまで回復させたい考えだ。



 もっとも、個体数回復にはサイガの旺盛な繁殖力も一役買っている。メスは生後わずか1年あまりで生殖可能な状態となり、一度に2~3頭の子どもを生む。約10年の平均寿命の間には、合計20頭前後にもなるという。



◆ソ連崩壊後に横行した密猟



 1980年代後半から90年代にかけて旧ソ連領内では、経済の混乱と低迷から食料不足が深刻化。人々が目を付けたのが、捕獲が容易なサイガだった。



 さらに、安易な金儲けをもくろむ密猟者も横行。オスの長い半透明の角の粉末が、中国では頭痛や発熱に効く漢方薬として珍重される。角を切り取って業者に売り渡せば、1キロあたり43万円が密猟者の懐に入るという。



 カザフスタンでは現在、警備隊が監視に当たるなど取り締まりを強化。密猟件数は減少しているという。



◆新たな懸念



 だがその一方で、新たな懸念も浮上している。



 カザフスタン南西部のウスチュルト台地には、十分な回復に満たないサイガの群れが生息している。ところが、台地の中央を貫くウズベキスタンとの国境線に沿ってフェンスの設置が進み、群れの移動経路が塞がれてしまったのだ。



 また同国政府は現在、国内最大のサイガ生息地として重要なベトパク・ダラの草原地帯で、鉄道敷設の計画を進めている。



 さらに最近は、サイガが謎の病気に襲われているとの報告が各地から寄せられており、その数は4年間で数千頭に上る。多くは分娩季節の終わりを迎えたメスだという。



 専門家は当初、パスツレラ症という感染症に注目していたが、出産後、特に激しい空腹感やのどの渇きをおぼえた際に、湿気を多く含んだ草を過食したために体調を崩したという見方も一部で取り沙汰されている。














<ナショナルジオグラフィック 記事より>