全国で火花を散らすイチゴ戦争


今や「1県に1品」時代、勝者となるブランドは?




 冬になると店頭に並ぶ色とりどりのイチゴ。年末年始にスーパーや百貨店の売り場で見かけた人もいることだろう。12月から3月にかけて収穫の最盛期を迎える。


 最近、イチゴ戦線が全国的に熱く盛り上がっていることをご存じだろうか。各県がブランドの「目玉」として力を入れているためだ。福岡の「あまおう」が台頭する中、イチゴの生産量第1位を誇る栃木は新ブランド「スカイベリー」を2012年12月に初出荷した。他県も負けじとキャンペーンを繰り広げている。


 品種改良が進み、今や「1県に1品」と言われるほどのイチゴ。地域の期待を背負う各県のブランド戦略を見てみたい。




栃木、福岡、佐賀の代表的ブランドは?


 まず、各県のイチゴの生産量を見てみよう。栃木が16%(2万9300トン)と他県を大きく引き離し生産量は第1位。続いて福岡、熊本、長崎、静岡、愛知、佐賀と続く。この上位7県で全国のイチゴ生産量の約6割を占めている。






音史のブログ-イチゴ1



各県のイチゴにはそれぞれ代表的なブランドがある。


 栃木では「女峰」が1985年に開発されて以降、栃木を代表するイチゴとして君臨していた。96年にはより甘みが強く大粒の「とちおとめ」が誕生。「とちおとめ」は現在、国内でブランド別のシェア第1位を誇っている。


(右図:全国のイチゴの生産量のシェア。全国合計は17万7300トン。 (出典:農林水産省2012年11月19日公表「農林水産統計」を参考に筆者作成))





 さらに、2012年12月に新ブランド「スカイベリー」が登場。都内の高級百貨店で試験的に販売された。とちおとめよりもさらに大粒で奇麗な円錐形をしている。見た目が良いので贈答品などの用途も広がる。とちおとめの後継として期待を寄せられている。


 続いて、生産量第2位の福岡。1984年に福岡で生まれた「とよのか」は、かつて栃木産の「女峰」と国内の市場を二分していた。その後、県内の農林水産野菜・茶業試験場で開発された「さちのか」が2000年に登録された。さちのかは、とよのかより小粒で色艶が良いためデザートに向くという強みがある。


 さらに、2001年に「赤い、丸い、大きい、うまい」の頭文字から名付けられた「あまおう」が登場。大きいもので1粒40グラムにもなるというボリュームが消費者の目をひく。現在、福岡では実質、あまおうが県を代表するブランドになっている。




 また、佐賀では2001年に「さがほのか」が開発された。甘みが強く酸味の少ないイチゴで、近年、西日本を中心に生産量が伸び、主力ブランドの1つとなっている。




新品種の開発は日進月歩


 たくさんのブランドがあるイチゴだが、実際に国内市場に出回り、消費者が目にするのは一部にすぎない。生産量がごく僅かだったり、県外に出回らない地域限定のイチゴなどもあるからだ。


 出荷量は年によって多少のバラつきはあるものの、2011年度のJA全農の統計によると出荷量の1位は栃木の「とちおとめ」で3万6624トン。 2位は佐賀の「さがほのか」で1万7736トン。以下、3位に福岡の「あまおう」の1万3030トン、4位に福岡などの「さちのか」の1万472トンと続く。その他は、新たに開発されたブランドなどで占められている。2002年に開発された静岡の「紅ほっぺ」も1万トン台に迫りつつある。






音史のブログ-イチゴ2



 12月中旬、東京都内の高級百貨店の青果売り場を見てみた。イチゴ売り場に並んでいたのは、さちのか、とちおとめ、あまおうの3種類。いずれも1 パック890~980円程度が中心だ。あまおうは、化粧箱やバスケットに入った贈答用に3500円を超える値を付けている商品もあった。さがほのかは冷え込みによる生育遅れの影響で、出荷量が増えるのはこれからと見られる。


 (右写真:福岡の「あまおう」。大粒の赤いイチゴが目をひく。食感も柔らかく甘みが強い。 )




 その他、主なブランドを列挙すると、静岡の「章姫(あきひめ)」、熊本の「ひのしずく」、群馬の「やよいひめ」、徳島の「ももいちご」、宮城の「もういっこ」などがある。また最近では、果肉が真っ白な山梨・福島の「初恋の香り」、熊本の「あその小雪」という変わり種のブランドもある。


 以上のほどんどが2000年以降に開発されたものだ。その一方で、市場から姿を消しつつある「久能早生(静岡)」「宝交早生(兵庫)」などのブランドもある。


 また、国内ではイチゴは北海道を除いてほぼ冬にしか収穫されず、夏は輸入イチゴがほどんどだが、夏にも国内で収穫できる「サマープリンセス」という新ブランドも2003年に長野で誕生している。まさに、イチゴの新品種の開発は日進月歩なのだ。






県の威信をかけてブランド化を推進


 農林水産省によると、1980年代には35品種だったイチゴが、90年代には87品種までに増加。2012年3月末時点では218品種のイチゴが品種登録されている。


 かつてイチゴの開発には「10年以上かかる」とも言われていた。ところが近年、開発のスピードが速まりイチゴの産地間競争が進んでいる。その理由は何だろう。


 まず考えられるのが、栽培技術や流通の進歩で、大消費地である東京や大阪に販路が拡大したことだ。




 もともと、日持ちがしないイチゴは、生産地の近隣で消費されていた。しかし、産地では日持ちのするイチゴの品種改良や栽培方法を創意工夫し、輸送技術が発達したことから、品質を保ったまま遠くに運べるようになった。


 例えば、こんな具合だ。店に並ぶときに一番赤く熟すように、8割程度、熟したイチゴを摘み取り、すぐに冷蔵庫で冷やして保管する。そして、低温輸送のトラックで運び、鮮度を保つのだ。九州で摘み取ったイチゴを翌朝には東京の市場に届けることもできる。単価の高いイチゴの中には空輸されるものもあるという。品質が高いものを作って大消費地に売り込もうというわけだ。


 現に、1980年代後半頃から、大消費地である東京の市場に全国各地からイチゴが入荷するようになったという。中でも出荷量の伸びが大きいのが、栃木、福岡、長崎、熊本、佐賀の5県だ。


 品種改良が進む背景には、主に県単位でイチゴの品種改良が行われていることも見逃せない。品種改良は、民間よりも県の農業試験場で行われている場合が多い。まさに品種改良に「県の威信をかけて」いるのだ。


 イチゴは単価が高い上に消費者からの根強い需要がある。開発したイチゴが消費者の支持を得てブランド化されれば、生産量も増えて地域の活性化にもつながる。


 もう1つの理由として、新品種の育成者は、農林水産省に品種登録されれば一定の期間独占して栽培できるという事情もある。


 品種登録されたイチゴを生産したければ、育成者に許諾料を支払う必要がある。つまり、A県で育成し品種登録されたイチゴを、B県のイチゴ生産者が栽培したい場合は、許諾料をA県に支払う必要がある。他県にとっては、許諾料が必要になる上、産地の知名度が上がらない。そのため、県独自に品種を改良しようとするのだ。また、育成者が独占して栽培できる期間が過ぎれば、他県でも自由に栽培ができるようになってしまうため、新たな品種の開発が迫られるというわけだ。


 ちなみに、栃木のとちおとめ、それに佐賀のさがほのかは他県の生産者にも栽培を許可しているが、福岡のあまおうや熊本のひのしずくは許可していない。栽培を県内に囲い込むことで、ブランドの品質を保つ狙いがあると考えられる。県外に栽培を許諾している県も栽培指針を作り、品質の安定に努めているもようだ。




栃木県のさらなる挑戦とは


 新品種の開発、ブランディング、PR活動・・・。イチゴを巡る各県の競争は激しさを増している。


 生産量・販売金額ともに全国一を誇る栃木県は、2010年にイチゴ専門に品種改良を行う「いちご研究所」を創設した。次世代を担う新品種の育成やイチゴの消費動向の調査などを行っている。




 上述したスカイベリーの開発は、その成果の表れだ。2012年から試験販売に入るため、出荷量こそ多くないが、積極的にプロモーション活動を行っている。県は2012年12月6日、県庁内で「スカイベリー発表会」を開催した。報道陣や市民450人が集まる中で、スカイベリーを使ったケーキの限定販売などを行った。12月上旬から都内百貨店や高級青果店でも試験的な販売が始まっており、4~5センチという大粒のイチゴが注目を集めている。


 スカイベリーの開発に留まらず、栃木県の挑戦は続く。2011年に開発された新ブランド「なつおとめ」はまだ一部の地域でしか生産されておらず、県内の洋菓子などで利用されているにとどまる。しかし、全国的にイチゴの流通量が少ない夏秋での収穫を目指しているという。


 もし、夏秋イチゴの収穫が軌道に乗れば、他県を一歩リードできる。輸入イチゴが4000~5000トンであるのに対し、国産の夏秋イチゴは 1000トン程度。前出の長野県などを含め、複数の県で夏秋イチゴの栽培の取り組みが始まっているが、国内の夏秋イチゴの需要に応えられる量には届いていないというのが現状なのだ。


 他県も負けてはいない。あまおうに懸ける福岡は、知事みずから東京都中央卸でトップセールスを行うなど、精力的にピーアール活動を行っている。


 あまおうは2003年から本格販売が始まっているが、消費者からの人気が高く2006年からは販売単価がイチゴの主要産地の中では8年間連続のトップ。高級品のイメージが根付いた。福岡県のホームページによると、2011年の販売単価は1キロあたり1124円。単価の高さでは1番だ。販売金額は全国2位となる147億6490万円にのぼる。


 追いあげているのが、さがほのかの佐賀県だ。注目を集めるのが、タカラトミーの着せ替え人形「リカちゃん」とのタイアップ。2012年12月7 日、リカちゃんをモチーフにラッピングした車「さがほのCar(カー)」がタカラトミー本社を訪れた。「さがほのか」はクリスマスシーズンから主に市場に出回るため、時期を狙ったピーアール活動だ。「わたし、ほのかに恋してる」のキャッチコピーで販促活動を展開。さがほのCarで都内や大阪の各地を回るキャンペーンキャラバンを開始している。




逆風が吹く農家の経営


 イチゴの品種開発が加速している中、消費者の低価格志向は続いている。実際、店頭で販売されているイチゴの価格は低下傾向にある。消費量も伸び悩んでいるのだ。これは、生産コストが上昇しているにもかかわらず農家の経営を圧迫している状況を意味する。県が他産地との差別化を図るのは、こういった背景がある。


 福岡のあまおうは「真っ赤で大粒」という見た目でブランディングに成功した。静岡県では「章姫」を独占栽培できる期限を過ぎたが、同県の新ブランド「紅ほっぺ」が贈答用を中心に人気を集め、“ポスト章姫”として成功を収めている。栃木県ではとちおとめの独占栽培の期限が過ぎ、スカイベリーの価格設定を含めたブランド戦略を急いでいる。佐賀県も「いちご次世代品種緊急開発プロジェクト」を掲げ、新品種の開発に力を入れている。


 激化する産地間競争に打ち勝つのはどの県か。これからも各県のブランド戦略から目が離せそうにない。















<JBPress 食の研究所 記事より>