仕事なんて楽しいワケがない!
プロは客に尽くして喜ぶものでしょ

日産自動車 GT-R【開発者編】その2


 みなさまごきげんよう。フェルディナント・ヤマグチでございます。
 いやはや大変な寒さでございますね。山からはチラホラと雪便りが……どころじゃなくて、連日連夜大雪のニュースが届いています。豪雪でお悩みの方には大変申し訳がないのですが、この盛大な降雪はスキーヤーの私にとって実にめでたいことです。今シーズンは春まで心おきなく楽しめそう。私はこの週末から白馬で遅めのシーズンインとなります。今年もバンバン滑りますよ。
 クルマとジョギングに加えてスキーの記事を書くのはどうかなぁ……。え?そんなの書いても読者は喜ばない?日経ビジネスオンラインの読者諸兄は、ガチでスキーを楽しんでこられた世代だと思うのですがいかがでしょう。みなさま最近スキーには行っておられますか?

 さて、今回も先週に引き続き盛大に参りましょう。“スキーにも行けるスーパーカー”日産自動車「GT-R」の開発責任者、水野和敏氏の新春大放談第2弾です。

 今回もクルマの開発を軸に“仕事”にフィーチャーしたお話が続きます。

*   *   *

フェルディナント(以下F):水野さんはGT-Rを何のために作っているのですか?ニッサンという会社のイメージリーディングのため?宿敵ポルシェに勝つため?それとも自分ご自身の満足感のためでしょうか。

音史のブログ-水野3

日産自動車 Infiniti製品開発本部 第二プロジェクト統括グループ 
車両開発主管 水野和敏氏

水野(以下水):どれも違う。ぜんぜん違う。俺はGT-Rをお客のために作っているんだ。会社のために作っているんじゃない。無論、俺のために作っているのでもない。そこを勘違いしてもらっちゃ困る。

F:お客のため……ですか。

水:そう。お客のため。これはクルマに限らないけれど。往々にしてエンジニアは“自分のため”にモノを作ろうとする。

F:職人気質というのでしょうか、自分が納得するモノが一番良いんだ、という感覚をお持ちのイメージはありますよね。

水:本当の職人ってお客を見ている人なんだよ。だって、一流寿司店の板さんって、自分で食うことなんか楽しんでないでしょう。お客をどれだけ喜ばせるかばかりを考えてるでしょう。それが一流ってもんです。
 二流以下の板前は、自分で握った寿司をお客と一緒に食ってビールなんか飲んで喜んでいる。フェルディナントさんの言う通り、多くのエンジニアは二流の板前の方向に走っていて、自分の作ったものに酔いしれている。

F:自分で握った寿司を一緒に食って喜んでいる。なるほど。

水:これじゃ、どうしようもないよ、本当に。

F:確かにいますね。そういう寿司屋さんが。しかも世間では“一流”と言われているお店が結構そうだったりする。

水:自分はお茶漬けを食っていればいいんです。何も自分が自分の握った寿司を食おうなんて思わなくていいんだ。そんな自分のメシに使う時間があるのだったら、お客のためにより良い寿司を握るために研究しようと言うのが一流の板前です。
 最近の若い人に高級車の開発をしろ、高級車のお客様の気持ちが分かるように勉強しろ、と指示すると、「だって俺、金ないですから、高級車に乗ったことがないですから分かりません」と平気な顔で言ったりするんだ。こんなヤツが本当にいる。もう最低。こんなヤツはクソ食らえだ。

F:そうした若い方の言い分も少し分かる気がするのですが……。昔の質屋さんは、良質のホンモノだけを丁稚さんの身の回りに置かせて、真贋を見抜く目を育てた……。なんて話を聞いたことがあります。高級品を作るには、高級品と触れ合う機会が多い方がよいのではないですか。その考えはおかしいですか?

水:おかしい。質屋さんが真贋を見抜くことと、エンジニアに求められることは本質的に違う。自分も高級な生活を体験したら、同じような物を作れますというのは間違いです。モナリザの絵を毎日見たら、モナリザの絵が描けますと言うのと同じだ。描けたとしたってしょせんその絵はコピーであり偽物です。
 本当のモノ作りって、世界を知らなくてもできるんです。俺だってね、もともと金持ちじゃないもの。俺は貧乏人なのに、金持ちが大喜びするクルマを作っているもの。フェルディナントさんさ、俺がGT-Rを乗り回して楽しんでいるところなんて見たことないでしょ?マスコミの前で「私はサーキットで自分で作ったGT-Rに乗ってます。休みの日はGT-Rで楽しいひとときを過ごします」、なんてスタンスを1度でも示したことがある?


音史のブログ-GTR3


F:ないですね。一度もありません。

水:ないよね。ハッキリ言うけど、俺は普段は4ドアセダンに乗っている。

F:でも水野さん。GT-Rのナンバー付き1号車は水野さんに納車されたと伺いました。

水:それは仕事専用のクルマ。プライベートでは決して乗らない。

F:そうですか。

お客さんの土俵に上がるのがプロじゃない

水:そうですよ。お客様の土俵に上がるのがプロではない。どこのデザイナーが、休みの日にお客様に売ったとの同じ高い服を着て街をチャラチャラ歩いて、“私はファッションデザイナーでござい”なんて言っていますか。そんなデザイナーを誰が一流と認めます?
 お客様に売ったクルマを休みの日に自分も乗って楽しんでいます、なんていうのは、パリコレで売った服を2着作って、私も1着休みの日に着ていますって言うのと同じことだ。

F:う~ん、そういうものですかね。

水:いいですか、人のために尽くせるのがプロ。自分のために楽しむのは趣味。これははっきりしておきたい。自分のために楽しむんだったら自分でカネを払えって。人を楽しませることができるから、プロとして給料をもらえるんだ。ものすごい単純。それが今、趣味とプロとの境目がどこにもない。自分も金持ち気分で乗ってみなくちゃ金持ちの気持ちが分からない、と言うのなら、テメエで金を払えってんですよ。分からない物、未知の物ですら人を楽しませることができるからこそプロなんだ。

 一同、自分の仕事への姿勢を振り返り、思わず無言になりました。「プロは自分が楽しむよりも、客を楽しませろ」という水野さん。ここまででも、仕事に対する厳しい考え方が十分伝わってきました。しかし、これでもまだ入り口に過ぎなかったのです。何とか、無言を打ち破って、次の質問を繰り出したのですが…。


F:最近は、“仕事を楽しみましょう”とか、“仕事と趣味の境を取り払おう”という風潮が蔓延していますが。

水:仕事を楽しむなんてあり得ない。

F:ありえませんか、“仕事を楽しむ“は。

仕事は苦しいもの。その先に楽しみがある

水:絶対にあり得ない。それはダメなヤツの言い訳、できないヤツの言い逃がれ。“お客様が楽しむ姿を見て楽しめ”なら分かるよ。仕事を楽しめだって?冗談じゃない。ふざけるな。仕事は苦しいもの、辛いものですよ。楽しみたいんだったら。「ジョイポリス」へでも行ってカネ払ってこいって。ジョイポリスで遊んで給料をもらえますか?もらえるわけないよね。仕事に“楽しむ”ということがあるのとしたら、それはお客が喜ぶ顔を見ることだけだ。

F:そこに楽しみを見出す、価値を見出す。

水:そうですよ。仕事は苦しいもの。でも、その苦しさの先に、苦しみの結果に、人が喜んでくれる顔があるから楽しいんだよ。

F:水野さん、苦しいですか?仕事。

水:あたりきよ。俺、正直言って今でも胃潰瘍で、胃から血を流しているんだぜ。この鞄の中にも、どっちゃり医者からもらった薬が入っているよ。胃カメラの写真もあるけど、見てみるかい?

F:け、け、け、結構です......。

水:もう潰瘍だらけだよ。円形脱毛症なんか、何回なっていると思う?仕事で楽しいことなんて、これっぽっちもありゃしないよ。仕事は辛くて苦しくて当たり前。本当に苦しい。でもそれでいいんだ。この苦しさが、いつかお客さんの笑顔になって絶対に返ってくると信じているから。だから今は、苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、悩みに悩んで良いクルマを作るぞ、と自分に言い聞かせて仕事に当たれるんだ。

F:うぅ……凄まじいですね……。

水:この前のサーキット試乗会で、フェルディナントさんが子供みたいにピョンピョン飛び跳ねながら試乗車から降りてきたでしょう。「水野さん凄いですよコレ。メチャメチャ良くなりましたよ。血が騒ぎましたよ!」って大騒ぎしながらさ。

F:……え?そんなにはしゃいでましたか?……私(汗)。

編集I:はしゃいでましたね。取材であることを完全に忘れていました。

カーセンサー藤野:もう他誌の取材陣は呆れてましたよ。

F:(消え入るような小声で)どうもスミマセン……。

水:いやいや、良いんだよ。それが嬉しいんだ。自分の作ったクルマに乗ってあれだけ大喜びしてもらえればさ、そりゃ嬉しいよ。俺が楽しいのは、そうした瞬間だけなんだ。仕事そのものは絶対に苦しいよ。プロ野球の選手で、自主トレ、合同トレを含めて、練習が楽しいですなんて言っているヤツは1人もいないでしょ。

F:それはそうですね。確かに。

水:彼らだってぜったいに苦しいはずよ。

F:最近はオリンピックの選手が、大会前に“楽しんできます”とインタビューで答えるのが当たり前になりました。それは彼らがアマチュアだからですね。アマチュアだから言える、いや言ってよいことなんですね。

水:その通りです。そんなことプロじゃ許されません。でもアマチュアでも、本来彼らが楽しまなきゃいけないのは勝って得る満足感と、後に観客が声援を送ってくれる姿。日の丸を振ってくれる姿を見ることのはずだよね。

F:負けちゃったけど楽しめました、と言うのは……。

水:それじゃ税金返せ。そう思いません?

F:そうですね。あまりに不甲斐ない場合やふて腐れている選手に不快感を覚えることはあります。

水:フェルディナントさんは、仕事をしていて楽しいと思ったことある?

F:う~ん。私の場合、充実してやっていますけれども、“楽しい”というのとはちょっと違いますね……。世間のイメージするフェルディナント像とは、多少のズレがあるかもしれません。それなりに厳しくやっています。

水:厳しいだけじゃなくて、辛いし、苦しいはずだよ。その辛くて苦しい分に対して給料をもらうんじゃない。喜んでくれるお客さんの顔と、払ってくれる対価こそが仕事の成果なんだよ。そんな単純なことすらみんな見誤って、仕事はエンジョイしましょうなんてさ。その行きつくところはニートとフリーターじゃない。

F:最近はその手の、“仕事を楽しみましょう”系の啓発本、啓蒙本が、増えてきています。自分が楽しいからこそ、相手も楽しくなるんだ、それで仕事も上手く回るんだ、と。

水:違うよ。ごまかしだよね。これをやったらきっとお客は楽しんでくれるだろうという、トキメキとワクワク感こそが大事なんだ。これを実現したらお客さんが感動してくれる。値引きしないでも買ってくれる。単純に“凄い”と言ってくれる……。だから今何のために苦しんでいるのか、いま苦しんでいることの意義は何であるのか、という事を絶対に理解しておく必要がある。先が見えていないと、必要性が理解できていないとエンドレスになって鬱になっちゃうんだ。
 繰り返すけど“楽しみ”なんて言ってるのはド素人のアマチュアで、仕事で自分が楽しもうなんて冗談じゃない。ふざけるな。カネ払えと。

仕事は苦しいもの。楽しみたいならカネを払え

F:仕事は苦しいもの。楽しみたいならカネを払えと。

水:そうだよ。仕事なんて苦しみだよ。苦しめば苦しむほど今までにないことができるようになるんだよ。みんなが従来の路線で物を見て判断するような環境の中で、これまでにないモノを作るんだから、それは苦しいよ。だからある時は説得し、ある時は威圧し、ある時は騙し、ありとあらゆる手段を使って新しいものを実現する。新しいことにチャレンジすればするほど、仕事って苦しいものなんだ。

F:GT-Rはイヤーモデルをどんどん出す訳ですから、年々進化する。新しいものが出る。するとこれからもずっと苦しまなくちゃならないんですね。

水:もちろんそうだよ。でもそれでいいじゃん。その苦しみの先には、世の中を更にびっくりさせて、フェルディナントさんがまた大騒ぎして喜んでくれるはずだというトキメキがある。苦しみとトキメキが同居している。この状態が大事だと思う。トキメキがなくて苦しみだけだと、間違いなく病気になっちゃう。

F:潰れちゃいますよね。精神的に。


              ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・続く


<日経ビジネス記事より>



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