チャイナマネーの来襲

日本を狙うM&Aと不動産投資

 世界最大の外貨保有国となった中国。企業は好業績や有利な資金調達をてこにキャッシュフローを蓄積している。個人も、所得と不動産価格の上昇を背景に富裕化が進んでいる。こうした国家、企業、個人の持つ巨額のチャイナマネーは世界を席巻し、21世紀の黒船として日本に押し寄せている。


2010年は日本企業へのM&Aが相次ぐ


 中国企業は過去5年間で総額1820億ドル(約15兆円)に上る海外M&Aを行ってきた。そのほとんどが、資源エネルギー権益の大型買収だが、昨年は、小規模ながら日本企業も対象となった。ブルームバーグの統計によると、2010年に中国と香港の企業が日本企業に仕掛けたM&Aは44件、総額4億3770万ドル(約362億円)に達した。2009年の33件、総額1億2180万ドル(約101億円)から増加し、過去10年間で最高となった。

中国企業による日本企業のM&A(過去5年間の主要案件)

時期 買収元 買収先 業種 金額
06年10月 天津富士達電動車 丸石サイクル 自転車製造 8億円
08年4月 中国動向集団 フェニックス スポーツウェア 5億円
09年1月 China Satcom Network ターボリナックス ITサービス 10億円
09年4月 北京泰徳製薬 LLTバイオファーマ 製薬 2億円
09年8月 A-Power Energy エバテック 太陽電池製造装置 45億円
09年8月 蘇寧電器 ラオックス 家電量販 19億円
09年10月 上海電気印刷包装機械 アキヤマインターナショナル 印刷機械 31億円
09年12月 寧波韻昇 日興電機工業 自動車部品 12億円
09年12月 IAG ラックスマン 音響機器 未公表
10年2月 Marlion HD 本間ゴルフ ゴルフ用品 未公表
10年4月 比亜迪汽車
(BYDオート)
オギハラ 金型製造・販売 未公表
10年6月 CITICグループ 東山フィルム 加工フィルム 15億円
10年7月 山東如意科技集団 レナウン アパレル 40億円
10年8月 CITICグループ トライウォール 段ボール 53億円

(出所)各社資料より筆者作成

 今、中国企業は、日本企業の持つ技術、販路、ブランドに注目している。

 2010年4月、中国の新興自動車メーカー、比亜迪汽車(BYDオート)は、日本の金型大手オギハラの館林工場を買収した。オギハラは自動車不況の直撃を受けて、経営危機に陥り、2009年3月に、タイ最大の華僑系の自動車部品メーカー、サミット・グループの出資を受けていた。今回の買収はサミット・グループの意向に沿ったもので、土地、建物、設備や従業員約80人をBYDオートに引き渡した。BYDは車体成型に関するオギハラの高い金型技術を取り込んで中国での生産に生かす。

 7月には、中国の大手繊維メーカー、山東如意科技集団が、創業108年の老舗アパレルメーカー、レナウンに対し40億円を出資して、41.18%の持分を取得した。レナウンは、4期連続で最終赤字を計上し、株価は出資報道の直前までの2年間に約60%下落していた。山東如意は繊維メーカーから総合アパレルメーカーへの飛躍を目指すうえで、レナウンの商品企画力を必要としていた。レナウンは財務基盤を安定化させ経営再建を託す。

 また8月には、家電量販最大手の蘇寧電器が、ラオックスによる20億円の第三者割当増資を引き受けた。同社は、前年にラオックスの筆頭株主となっていた。今回の追加の増資引き受けにより、出資比率を3分の1超の33.8%に引き上げた。ラオックスは、国内および中国での店舗事業、蘇寧電器との貿易仲介事業で、経営の立て直しを図る。


音史のブログ-LAOX
中国人観光客を取り込むラオックス秋葉原本店


世界最大の外貨準備高を活用


 中国企業のM&Aがこのように活発化している背景には、経営に行き詰まった日本企業の実態がある。また落ち込んでいる株価水準、持ち合い解消による株式保有の構造変化も後押しする。そして何といっても、膨張する政府、企業、個人のチャイナマネーの存在である。

 中国の外貨準備高は、2010年末に2兆8473億ドル(約235兆円)。2位の日本の1兆1000億ドル(約91兆円)の2倍以上に達している。巨額の貿易黒字を背景とした人民元高の圧力に対して、積極的な為替介入(ドル買い)をした結果として積み上がったものだ。

 中国の金融当局は現在、その8割は米国債で運用していると推定されるが、昨年来、ギリシャやスペインなどの信用不安がある欧州国債にも振り向けている。中国最大の輸出先である欧州においてユーロ安の流れを反転させることや、アフリカなどの旧植民地で採れる資源の見返りを求める狙いもある。また外貨準備高の増加がもたらす過剰流動性がインフレの悪化につながる可能性があるため、政府はこれを有効に活用する方策も模索している。

 「走出去」。英語で「Go Global」と訳す。21世紀を迎えた前後から、中国政府が積極的に支援している海外投資戦略のことである。昨年末、中国政府は相次いで「走出去」戦略を強化する方針を打ち出した。商務省は、資源や先端技術、ブランドなどを獲得する手段として中国企業の海外進出を一段と支援する。税制上の優遇措置の拡充や外貨準備高を活用した新たな支援スキームも導入する見込みだ。

 さらに遅々として再編が進まない国有企業の統合・強化策にも弾みをつける。中国政府は、政府系ファンド、中国国新控股有限責任公司を昨年末新たに設立した。既に活動している中国投資有限責任公司(CIC)に続く、2つ目のファンドだ。政府が保有する国有企業の株式をこれらのファンドに移して、現在122社ある国有企業の統合を進める。時価総額で世界トップを争う中国石油天然気(ペトロチャイナ)のような国際競争力のある企業を育成し、IPO(株式公開)させる狙いだ。政府系ファンドは、国有企業の海外進出やM&Aに対する資金も支援するものと思われる。

 年明け1月13日に、中央銀行である中国人民銀行から重大な発表があった。中国企業による海外への直接投資について、人民元建ての決済を一部解禁するという内容だ。これにより中国企業は手持ちの人民元を使って海外企業を買収できるようになり、M&Aはますます加速しよう。


増加する中国人富裕層の不動産投資


 ニュースでたびたび耳にするように、中国人個人による日本への投資は、骨董や書画に始まり不動産に及んでいる。2010年7月に、日本政府が中国人に対してビザを発給する条件を緩和した。これを契機に、訪日中国人の数は増加している。2010年9月の尖閣沖事件を機に足元の数は減少しているが、日本の不動産を購入する意欲は依然として旺盛だ。

 上海市の中心部に建つアパートは東京の10~20%高い値段となっている。投資利回りは、税引き後2~3%程度にしかならない。これに対して、日本には10%以上の利回りを確保できる物件が多数存在する。

 中国では、居住用の土地使用権は70年と有限である。これに対して、日本では所有権が永久に認められる。中国の不動産バブルが弾けるリスクを認識し始めた富裕層が、子孫に残す資産として注目し始めたことも背景にある。

 中国の富裕層は一体どのくらい存在するのか。各種の調査があり、保有資産や所得によって定義は異なるが、その数は急増している。米メリルリンチとキャップ・ジェミニが2010年6月に発表した「アジア太平洋地域ウェルス・レポート」は、富裕層を、「主な居住用不動産などを除いて100 万ドル以上の投資可能資産を保有する個人」と定義している。中国における2009年の富裕層は前年比31%増の47万7000人、資産総額は同40.4%増の2兆3500億ドル(約195兆円)とリーマンショック後にもかかわらず増加した。中国の不動産価格が上昇したことが大きい。中国人富裕層の全投資資産に占める不動産投資の比率は、前年の18%から27%と9%増加し、その増加幅はアジア太平洋地域でトップとなっている。


 また2008年に上海复旦大学管理学院が発表した「新富裕層」研究報告は、年間所得が 30~100万元(375~1250万円)ある富裕層は、5000万人と推定している。彼らは、賃金の引き上げにより個人収入が増加したことで出現した階層である。総人口の4%を占め、半数以上が大卒以上の学歴を持つ。彼らの大部分は株式と金融資産を持つが、投資対象のトップはやはり不動産である。また年間所得が100万元以上の階層もおおよそ 500万人居ると推定している。

 こうした中国人富裕層による日本不動産への投資は、都心のワンルームマンションから富士山の見える別荘地と幅広い。一番人気の北海道の森林も対象となっている。

 最近、中国富裕層による不動産投資の問題点が明らかになり始めた。ホットマネーによる局地的不動産バブルの発生、経営者の資金隠し目的などのグレー資金の流入、投機目的として購入された物件の放置、さらには国民財産の侵食リスクである。

 北海道の高橋はるみ知事は2010年11月、外国資本が森林や沼地の土地取引をする場合、道庁に対して事前の届け出を求める独自の新条例を制定する考えを道議会で表明した。現在、外国資本による道内の林地所有は少なくとも33カ所、合計820ヘクタールに上ることが判明している。この大半は水土保全林。陸上自衛隊駐屯地に近接する場所も含んでいる。高橋知事は2011年度の新条例制定に向け、必要な制度改正を国に求めるとともに、有識者や市町村の意見を聞く場を設ける意向である。


中国資本は経営再建のてこか? それとも脅威か?


 日本に来襲するチャイナマネーは、今後、人民元の相場上昇によりその勢いはますます強まっていく。M&Aは大型化すると同時に中小企業にも幅広く及んでこよう。

 帝国データバンクが2010年7月に発表した「中国企業による日本企業への出資実態調査」は、中国企業が出資する日本企業は611 社と伝えている。5年前の233 社と比べて約2.5 倍に増えたことが判明した。業種別に見ると「卸売業」が323 社(52.9%)でトップ。5 年前に比べて「製造業」「サービス業」も3 倍に増えた。年商規模別では「1 億円以上10 億円未満」が202社(48.1%)でトップとなっている。

 同じく帝国データバンクが2010年4月に1万社を対象に実施した「業界再編に対する企業の意識調査」は日本の経営者の正直な意識を反映している。「中国やインドなど新興国の企業による日本企業買収が日本経済にとって今後の脅威になるか」との問いに対し、78.1%が「脅威になる」と回答している。

 中国をはじめとする外国からの資本を、経営再建の手段として積極的に導入するか? 意に沿わぬM&Aからの回避を図るか? 日本の経営者は、明日にも決断を迫られる。



<日経ビジネス記事より>




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