滋賀県 竹生島 後編 - 都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ) | 風水住宅プラン

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風水で住宅の新築・リフォーム・インテリアコーディネートを取り入れようと考えているあなたへ!
「風水住宅プラン」では、風水を取り入れた建築設計ができるようになる方法をご説明します。
建築知識のない方でも、風水を取り入れられるようになります。

宝厳寺から都久夫須麻神社に向かう途中に、国宝の「唐門」があります。
この「唐門」は、豊臣秀吉を祀った京都東山の豊国廟に建っていた「極楽門」を豊臣秀頼の命により片桐且元を普請奉行として移築されたものです。
残念ながら、現在保存修理中の為、外観がシートに覆われていて見ることは出来ませんでした。

唐門を通って、重要文化財に指定されている観音堂に入ります。
ここには千手千眼観世音菩薩(せんじゅせんげんかんぜおんぼさつ)が祀られています。

千手千眼観世音菩薩を納めた観音堂から都久夫須麻神社に続く渡廊下が重要文化財に指定されている「舟廊下」です。
舟廊下は朝鮮出兵のおりに豊臣秀吉のご座船として作られた日本丸の船櫓(ふなやぐら)を利用して作られたところから、その名がついているそうです。

舟廊下を渡ると都久夫須麻神社があらわれます。

★都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)解説
社伝では、雄略天皇3年に浅井姫命を祀る小祠が建てられたのが創建といわれています。
天智天皇による志賀宮(近江宮)創建の際、宮中の守護神として祀られたといわれています。
神亀元年(724年)、聖武天皇の夢に天照大神が現れ、「琵琶湖に小島があり、そこは弁才天(弁財天)の聖地であるから寺院を建立せよ」との神託があったので、行基を勅使として竹生島に遣わし寺院(宝厳寺)を開基させたといわれています。
明治に入り、明治新政府が出した神仏分離令に基づき、、大津県庁は宝厳寺を廃寺にして神社とし、『延喜式神名帳』に見える「都久夫須麻神社」と称するよう命じました。
ただし、日本全国の崇敬者の強い要望により宝厳寺の廃寺は免れて寺院と神社の両方が並存することとなりました。
明治7年(1874年)に都久夫須麻神社と宝厳寺の境界が決められ、明治16年(1883年)に両者の財産が区別されました。
以降、都久夫須麻神社と宝厳寺は別の法人となっていますが、今日でも都久夫須麻神社の本殿と宝厳寺の観音堂は舟廊下で直接連絡しており、両者は不可分のものとなっています。

都久夫須麻神社本殿で参拝した後、「竜神拝所」で「かわらけ投げ」をさせていただきました。
拝殿は琵琶湖に面しており、突き出した所に竜神拝所があります。
この場所が竹生島の中で一番の絶景となっています。
ここでは土器(かわらけ)に願い事を書き、湖面に突き出た宮崎鳥居へと投げるかわらけ投げを楽しむことができます。
投げたかわらけが鳥居をくぐれば、願い事が成就するとも言われています。
残念ながら、私が投げたかわらけは鳥居をくぐることはありませんでした(涙)

都久夫須麻神社参拝後は、竹生島港に隣接するお茶屋さんで、アイス抹茶ラテを頂き、今回のツアーは終了です。

ありきたりの感想になりますが、やっぱり竹生島に来てみて良かったと思います。
神々しい雰囲気もありますし、何と言っても非常に気の流れ良い場所であると感じました。
真夏の暑さが無ければ、何時間でも滞在できますね。
ちょっと、お金に困るようなシチュエーションになったら、財気を求めて半日ぐらいここに滞在してみようかなぁ~なんて思いました。

 




 

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