埼玉県秩父市にある「秩父三山」の一つ、宝登山神社に参拝。

 

 

本殿に参拝した後、その周囲を一周して、社殿に施された彫刻を観ていきました。

 

まず、正面。

 

 

五匹の龍が絡み合うように舞っています。

 

 
画像には映っていませんが、龍たちの奥には、白虎・玄武・青龍・朱雀の四神が並んでいます。

 

 

正面から左側に歩き、拝殿の周りを時計回りに観ていきます。

 

 
側面に施されているのは「中国二十四考」という故事を基にした浮き彫り。

 

 

(案内板によると)

山仕事をする父親と楊香の前に虎が現れ、今にも親を食らおうとする虎の前に躍り出て身代わりになろうとする捨て身の孝心に虎も感じ入って、親子は助かります。

 

死の病床にあった孟宗の母は、厳寒の冬ではあったが筍を食したいと願い、これを適えるために竹林に筍を探すその孝心に、天も感じ入り雪中に筍を生じさせました。

 

 

子は目を患う両親のため、効能がある鹿の乳を得ようと鹿皮をかぶり群れに近づき、鹿狩りの猟師に誤射されかかりながらも、これを得て孝をつくしました。

 

貧しく暮らす子路は自身は粗食しながらも、日々の稼ぎで米を買い求め、遠路をいとわず親に届け孝をつくしました。孔子は彼の死を悼みました。

 

 

脇障子に描かれているのは、三国志で有名な趙雲。

 

劉備が曹操軍と干戈を交える 「赤壁の戦」に先立つ「長坂坡の戦」で、劉備の子「阿斗」を預かった趙雲はこれを守り奮戦し、諸葛孔明をして「蜀の柱石であった」と死後も多いに讃えられました。

 

本殿の左後ろの角には「日本武尊みそぎの泉」なる泉がありました。

 

 

日本武尊が宝登山に登る前、ここで身を清めたとされています。

 

柵の内側にあるので、隙間から撮影。

 

 

ここに投げ銭をすると水が濁ってしまうので、投げ銭は禁止。

 

それでも投げちゃう人は居るんでしょうけど…。

 

本殿の後ろには日本武尊を祀った「日本武尊社」があります。

 

 

こちらには、お賽銭を投じてOK。

むしろ、投じるべき(笑)。

 

本殿の右側の壁にも「中国二十四考」の彫刻があります。

 

 

両親と弟に虐げられる日々の瞬ですが孝・悌をつくし、耕作に精を出すその姿に、天も感じ入り、象が耕作を鳥が除草を手伝います。 堯王の後を継いだ瞬は徳政に励みました。

 

唐夫人の姑の長孫夫人は歯がなく食事に不自由していましたが、唐夫人の授乳のお蔭で長生きし、死の床では義理を重んじた唐夫人の孝心を讃え、また感謝もしました。

 

 

貧しい郭巨夫妻には母と赤ん坊があり、子を埋めてまでも母に孝養をつくしたい郭巨が、穴を掘っていると黄金の釜が出土し、子を埋めることなく孝をつくしました。

 

孝心の厚い王祥は、厳寒に鮮魚を食べたいと願う継母のために氷上で裸体となり臥して氷を解かしながら大漁を祈ると、氷が割れ、魚が躍り出て掌中に納まりました。

 

 

こちらの脇障子に刻まれているのは、三国志で有名な関羽。

 

関羽は劉備の臣でありながら訳あって曹操に使え、一日に千里を駆る名馬赤兎馬を授かり、劉備に対する忠義の心を持ちながら活躍しました。後に孫権によって処刑されますが、その才覚が霊験あらたかとして、中国や台湾では「廟」に祀られて信仰を集めまています。

 

再び本殿の正面に戻ってきたところ、

 

 
6月30日の「夏越の大祓」に向けて、祈願を受け付けていました。

 

 

紙で作られた人型(形代)に氏名・年齢を書き、息を吹きかけてから納めると、夏越の大祓の時に祓い清めてくれるそうです。
 
勿論、私も納めさせていただきました。
 
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神社の背後にある宝登山の頂上には「本宮」があり、ロープウエーに乗って参拝する事が出来ます。
 

 

これまで山の頂上に行くなんて事は避けてきた私ですが、何の気の迷いか、今回は行ってみました。
 
その話は、また次回にて。