「幽霊って、見たことありますか?」

葬儀の仕事に就いて、時々、お客さんに聞かれるのが、霊に関することです。

僕自身は霊感なるものは持ち合わせておりませんが、いくつかの奇妙な体験のことならお話できるかもしれません。

これは、僕が最初に勤めていたk社で聞いたお話で、残念ながら当事者ではありませんが、先輩のTさんが体験した翌日にお話をうかがって、強く印象に残ったものです。


当時、夜間にお亡くなりになった方をお迎えにいく寝台車の当番は、その日の社長の気分次第で決まることが多く、今日は無理です、とハッキリ伝えていない限り、いつ呼び出しがあるかもわからない極めて理不尽なシステムの上に成り立っていました。

真夏の深夜、神戸市内のとある大病院の看護師さんから、つい先程お亡くなりになった方がおられるのですが、ご両親が遠方にお住まいになられていて、病院到着が明日になるとのことで、寝台車の搬送はそれからで結構なのですが、ドライアイスの処置だけ先にお願いできませんでしょうか? との依頼がありました。社長は承諾し、Tさんに連絡をとり、ドライアイスを持って病院の霊安室に向かうように指示しました。

その病院の霊安室は地下にあり、深夜ということもあり、人気はまったくありませんでした。

霊安室の扉は重い鉄製で、中にはいるとロビーがあり、その先にドアが3つあって、それぞれが個別の霊安室になっていました。

当然、ロビーには誰もいません。

薄暗い明かりの下、古びたソファーと、ローテーブルがひっそりとした感じで、その場の空気に溶け込んでいました。

「すみません」

誰もいないと思いつつも、一応声を掛けたそうです。

もちろん返事はありません。

霊安室に着いたら、6階のナースステーションに内線電話を掛けるようにと聞かされていたので、Tさんは、ソファー前のローテーブルに置かれた内線電話の受話器を取り、社長から渡されたメモに記されていた番号を押しました。

すぐに応答があり、故人は1号室に安置されているので、ドライアイスの処置をしてもらったら、お引き取り頂いて結構です、との答えでした。

Tさんは、ドライアイスの入ったクーラーボックスを持って、1号室のドアを開けました。

霊安室の中は10畳ほどの広さで、部屋の真ん中にベッドが置かれていて、布団が人の形に膨らんでいることから、依頼のあったホトケさんに違いないとTさんは得心し、サッサとドライアイスの処置をして帰ろうと思ったそうです。

故人の顔を覆っている白い顔掛けの布をめくって外すと、下から現れたのは意外に若い女性の顔でした。20歳前後にしか見えないまだ幼さが残る顔立ちで、固く閉じられた目と表情の無くなった今の姿からは想像するしかありませんが、かなり魅力的な女性だったのではないか、ということでした。

掛布団をめくり、持ってきたクーラーボックスから、1個の大きさがレンガ大のドライアイスを取り出し、まず顔の両脇、次に体の上に2個で、計4個のドライアイスを故人の体に当てていきます。

体の上にドライアイスを載せ、掛布団をかけ直して、後は顔掛けをして帰ろうと、何気なくご遺体の顔に視線を向けた時、その両目が、天井をにらみ付けるように、カッと見開かれていたそうです。

Tさんはのけ反るほど驚くと同時に、ひょっとして蘇生したのかと思い、故人の耳元で、

「おーい、聞こえてるか!」

と、大きな声で問いかけましたが、やはり反応はなく、恐る恐る首と手首の脈も探って確認しても、なんの拍動も兆候も感じられず、死亡していることに間違いはないと確信したそうです。

そうすると、居ても立っても居られないほどの凄まじい恐怖が背筋を駆け上がってきて、慌てて逃げ出したくなりましたが、それでも仕事だと思い、故人の両目だけは閉じさせました。

その後、空のクーラーボックスを抱え、転げるように霊安室を飛び出しました。


翌日、僕が出勤すると、Tさんは真っ青な顔をして昨夜の出来事を細かく教えてくれました。

死後硬直の影響で瞼が徐々に開くことはよくありますが、少し目をはなした隙の一瞬で、両目がカッと見開かれるなんてことはまずありえません。


結局、いまだに謎のままです。