知り合いに触発されて、若き日の想い出を綴ってみたいと思う。

何せ人生初づくしだったので、全てが新鮮で美しく、鮮やかに蘇って来る。

早速書いてみよう。


高校3年の夏まで女っ気がなかった自分だった。

振り返って中学の頃から好きな女の子はいたが、声をかける事すらできずにいた。

学校も三流男子校で、およそ「出会い」とは縁がない日々を送っていた。

そんな自分が高校3年の夏休みに、バイクで九州ツーリングに出かけた。

就職路線を決めていたので最後の纏まった休みに、貯めたバイト代を投入しての10泊11日の旅だった。


フェリーで2泊から阿蘇のユースホステルに泊まり、翌日長崎県営ユースホステルに泊まった。

当時の高校生の宿泊先としてはポピュラーなものだ。

その夜のミーティングで

「明日長崎市内を観光する人は、良かったら一緒に廻りましょう」

と声がかかり、連泊を決めていた自分は「待ってました」と手を挙げて参加の意思を示した。

その時、隅の方に女性2人組がいたのは見逃さなかった。

ユースに泊まるにしては派手目な茶髪(天然)と地味で化粧っ気のないコの2人、どう見ても自分より歳上だった。


翌朝手を挙げたメンバー10人ほどで集まり、市内を歩き始めた。

皆んなすぐに打ち解けて旅の話等をしていた。

写真を撮り合ったりしているうちに先の2人組とも仲良くなり、特に茶髪の方と意気投合し、「お姉さん」と呼ぶようになるのに時間はかからなかった。


楽しかった市内散策も終わりユースホステルに戻り、連泊の自分たちは風呂と夕食を済ませた。

二人組はその夜の夜行列車で移動すると言っていたが、ペアレントさんのご好意で夕食となぜか風呂まで済ませていた。

その後ロビーで話していたら、彼女は埼玉住みで東京の看護学生と判明、当時横浜住みの自分とはかなり近く、「叔母が看護婦に復職した」と話すと更に親近感も増した。


彼女たちの出発時間が近づいた時、思い切って

「駅まで荷物運ぼうか」と持ちかけてみると満面の笑顔、ペアレントさんの特認も貰って駅まで荷物を載せて走り、「またね」で別れて戻ったら門限時間を過ぎていた。


楽しかった長崎を出発、天草から霧島高原と巡り途中雨に降られながら指宿に到着。

温泉に浸かった後食事して早く寝ようと思って食堂に降りて行くと、「あ〜!」

なんと長崎で出会った二人と再開したのだった。

3人でビックリだった。

一緒に夕食を摂り、ロビーでずっと話していた。

翌朝フェリーの時間の都合で早めに出発する旨を話すと、寂しそうな顔をしたのを今でも忘れない。

そして朝になったが、天気は雨。

一番で朝飯食べて雨装備に身を固め、いざ出発!

「いや待てよ、挨拶くらいしなくちゃ」と、放送してもらうとすぐに降りて来てくれた。

お互いに「また会いたいね」の後、彼女の「気をつけてね」の一言が凄く心に刺さった。


その先雨の中本土最南端を巡って日南へ。

そして高千穂峡を見て日向からフェリーで帰って、夢の九州ツーリングは無事終わった。

後段は心ここにあらず、ただ帰ってからまた「お姉さん」に会いたい一念だった。

お約束で写真同封で手紙を送ると早々に返信が来て、すごく嬉しかった。

その後無事に再開を果たし、かくしてこんな自分には不釣り合いな彼女ができた。

夏も終わり時は9月、学校も再開したがルンルンの日々で、文字通りの我が世の春だった。


出逢いは偶然とは言うが、やればできるものだと思った。


この話にはまだまだ続きがあります。

折に触れてまた綴っていきたいと思います。

まずは最後まで読んで頂き、有り難うございました。