7月24日に開催された元最高裁判事の滝井繁男先生の追悼論集出版記念会で、同じく元最高裁判事で、滝井先生の学生時代からのご友人である泉徳治先生が乾杯のご挨拶でお話しくださったことについて、ブログに寄稿してみることにしました。

 

私が長年、かかわってきた東住吉放火殺人事件という冤罪事件があります。

大阪の東住吉区の密集住宅地で1995年7月に発生した火災で、11歳の長女を放火して逃げ遅らせて死亡させ、保険金を取得ようとしたとして、逮捕・起訴されました。

私は、逮捕翌日に当番弁護で接見して以降、弁護人として活動し、弁護団を結成して無罪を訴え続けたものの、第一審、控訴審が有罪の無期懲役判決を言い渡し、最後の砦と信じていた最高裁に上告しました。

上告すると滝井先生のおられる小法廷にかかり、1年以上が経過しました。

普通は、すぐに棄却決定が出ることが多いので、滝井先生がおられるので、という期待が膨らんでいきましたところ、2006年10月に滝井先生が最高裁判事を退官された直後の11月に上告が棄却され、有罪判決が確定しました。

上告棄却後、私は、棄却されたけれども真摯な検討がされたという手ごたえを一つの支えにあきらめることなく、燃焼再現実験を実施し、再審請求し、2016年8月に再審無罪判決を勝ち取ることができました。

 

ブログのはじめに書いた泉先生の乾杯のご挨拶で、滝井先生が、最高裁判事を退官される前、東住吉放火殺人事件についてご自身の意見を書いた書面を泉先生に託され、それは裁判長であった滝井先生が、有罪とするにはいくつもの問題があるという内容だったそうです。

 

泉先生は、ご自身が最高裁判事を退官する際に、滝井先生から託された書類は、シュレッダーにかけてしまった、それが今でも悔やまれるとおっしゃっていました。

私も、最高裁で東住吉放火殺人事件を担当することになった滝井先生は、証拠から被告人の無罪を読み取り、他の裁判官らを説得しようと、在任中のぎりぎりまで努力してくださっていたことを知り、泉先生の口から聞けたことは、感無量です。

また、もし、それが実を結んでいたら、もう少し早く無罪判決が出たのではとも思います。

 

滝井先生の記念会は、故人を偲ぶだけでなく、後輩として温かい笑顔しか拝見した記憶しかない私のような者の背中を、「しっかりしいや!」とどやし、門外漢の追悼論集「行政訴訟の活発化と国民の権利重視の行政へ」を開く気持ちにしました。

斎藤ともよ

 

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