1月20日、アメリカはボストン、TDガーデンアリーナで開催された「UFC220」。

メインイベントを飾ったのは、現ヘビー級王者スティぺ・ミオシッチと、ランキング1位の挑戦者、フランシス・ガヌーによる、UFC世界ヘビー級タイトルマッチだ。

 

 

昨年12月に開催されたUFC218のセミイベントで、元K−1、DREAM、ストライクフォースという3つのメジャー団体のベルトを総なめにしたヘビー級の実力者、アリスター・オーフレイムを、1R、左アッパーの一撃でKOした事により、世界の格闘技ファンの熱い視線が一斉に挑戦者であるガヌーに注がれた。

 

試合前のオッズでも、王者であるミオシッチよりも、挑戦者であるガヌーが有利という賭け率が発表される。

ガヌーが、アリスターと同様に王者ミオシッチをも豪快なKOパンチで葬り、彼が新王者に君臨する事で、アフリカ人初のUFC王者誕生というヘビー級の新時代の到来を期待するファンの思いの現れでもあった。

 

 

戦いの火蓋が切って落とされる。

1Rは、ファンの期待を裏切らない激しい肉弾戦が繰り広げられた。

共にKOパンチャーである両者の重い拳が何度かお互いの顔面を捉え、いつ試合が終わってもおかしくない程の立ち回りを披露した。

近年は安定した試合運びを見せていたミオシッチの顔面に痣ができ、ピンチの状況に陥られるのも珍しい光景であった。

 

ガヌーは、本当に奇跡を起こせるのか。

しかしその期待は2R以降、失望へと変化する。

 

突然、ガヌーの足が止まり、ミオシッチのローキックもカットせずに受けてしまっている。

そして容易にテイクダウンに成功したミオシッチが、ガヌーをケージ際に押し付けた上で、細かくパウンドを当ててじわじわとガヌーの体力を削ってゆく。

ラウンドが進むにつれ、ケージレスリングで押さえ付けられたガヌーは疲労困憊の表情を浮かべながら、オクタゴンの中でギブアップせずにミオシッチの攻撃を堪えるのが精一杯の状況に追い込まれてしまっていた。

 

 

終わってみれば、判定は3者共に50-44の大差で、王者ミオシッチが3度目のヘビー級王座防衛に成功・・・反対に、挑戦者ガヌーは、UFC王者という頂の高さをまざまざと痛感した上での完敗を喫してしまった。

 

2R以降、安定した試合運び見せていたミオシッチと、反対に失速してしまったガヌー。

筆者は、そのターニングポイントは、激しい肉弾戦が繰り広げられた1Rにあったと分析している。

では、スティぺ・ミオシッチVSフランシス・ガヌー、運命の1Rを細かく振り返っていこう。

 

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

 

両者共に、普段はオーソドックスに構えるが、ガヌーは初回サウスポーに構える。

サウスポー構えから踏み込んでいったガヌーは左ハイを放つと、そのままオーソドックスの構えに移行し、続けざまに大きく左フックを振る。

ゲームに慣れていない序盤に、スイッチからの攻撃という変則的な組み立てでミオシッチの虚を突き、あわよくば秒殺KOを狙う意図があったのだろうが、ミオシッチはそのガヌーの左フックにシングルレッグでタックルを合わせ、テイクダウンを決める。

 

しかしガヌーは直ぐに立ち上がり、ケージを背に脇を差されながらも、片手でミオシッチの首を持ってクリンチを振りほどき、スタンドへと戻る。

 

左右のフックを振り回し、ミオシッチにプレッシャーを掛けるガヌー。

ミオシッチはケージを背にしながらもヘッドスリップでガヌーの拳を回避する。

ゴールデングローブの州王者になった程のボクシングの実力者であるミオシッチからしてみれば、安直なパンチの組み立てに見えてくるか。

 

だが、ガヌーは左を伸ばしてミオシッチの左ジャブを誘うと、外側からクロスカウンター気味に右を被せてヒットさせる。

更にはヘッドムーブを多用して、真っ直ぐや横の打撃に対処しようとするミオシッチに対し、下からの軌道の右アッパーを当ててぐらつかせる。

ガヌーのボクシングテクニックは粗さが見られながらも、時折センスに溢れる攻撃を繰り出し、その拳でもって多くの対戦相手を沈めてきている。

その片鱗が見れた攻防だ。

 

ガヌーのパンチのフェイントに合わせ、ミオシッチがシングルレッグを仕掛ける。

打撃とレスリングの両方に精通したミオシッチが、レベルチェンジの戦術により流れを変えようとする。

だがガヌーもケージ際でテイクダウンを防ぐと、ムエタイの首相撲の要領でクリンチを振りほどき、ミオシッチの展開に持ち込ませない。

1Rの序盤という事もあり、ガヌーもテイクダウンディフェンスの余力がある。

 

 

しかし、1R中盤になると、ミオシッチの右がガヌーの顎を捉える。

この辺りから、ミオシッチがガヌーのパンチの軌道や射程距離をインプットし始め、ガヌーのパンチがミオシッチのバックステップで空を切る場面が出てくる。

パンチを避けられ、ムキになって打ち気に走ろうとするガヌー。

だが、そこへミオシッチが待ってましたとばかりにタックルを仕掛け、テイクダウンを決める事に成功する。

サイドポジションからアームロックを狙い、頭を抱えてフロントチョークを仕掛けようとしたミオシッチだが、入りが浅くガヌーはその隙に脱出してスタンドに戻る。

 

しかし、倒しに行こうと躍起になっているガヌーのパンチは大振りになってしまっている。

反対に、怪物ガヌー相手にも心理的に動じず、冷静に自分の試合を遂行できる王者ミオシッチは、ガヌーのパンチにリターンで右ストレートを当て、更にワンツースリーと当てて最後にテイクダウンを決め、ファーストラウンドを終えた。

 

 

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

 

こうして振り返ってみると、両選手のMMAファイターとしての実力差というものが1Rの攻防の中で既に垣間見えており、2R以降でそれが如実に現れていったと言えるだろう。

では、フランシス・ガヌーが2R以降失速し、結果的に敗北を喫してしまった原因は何処にあったのか。

 

 

一つ目は、両選手のMMAファイターとしての総合的なスキルと経験値の差だ。

王者ミオシッチは2010年にプロMMAデビューしているが、実は2006年に既にアマチュアMMAデビューしており、通算6勝の勝ち星を上げている。

それに加えて、アマチュアボクシングではゴールデングローブの州王者に輝き、カレッジレスリングではデビジョン1に選出される程の実力を持っている。

近代MMAにおいて「ボクシング」と「レスリング」というスキルは、MMAにおける打撃・寝技というそれぞれの分野において必須とされているものである。

プロMMAデビュー前から、その下地を既に兼ね備えているからこそ、ミオシッチは全ての展開に対応できるオールマイティな試合運びを行使する事ができるのだ。

 

反対に、ガヌーは2013年にプロMMAデビューを果たしているものの、実質的なMMA歴は僅か5年。

規格外のフィジカルとパワー、そして天性の当て感の才能でもって、その僅か5年にしてUFCのタイトルマッチに上り詰めたが、これまでのキャリアの中での試合時間は2Rを戦ったのが最長であり、その殆どが打撃によるKO決着だ。寝技による一本勝利は4試合あるが、ローカル時代はパウンド禁止のMMAルールで戦っていたという事もあり、グラウンドの展開は苦手な部類に入る。

 

ガヌーにとっては初の5Rマッチであり、長期戦に持ち込まれるとスタミナに不安がある。

おまけに、前回のアリスター戦から僅か1ヶ月半というショートノーティスでのタイトルマッチのオファーだった為、ミオシッチ対策に充分な時間を取れなかったのもガヌーにとっては痛手だった。

純粋なグラウンドスキルではミオシッチのほうが上回っており、ガヌーとしては必然的に、スタンドでの短期決着勝負でカタを付ける以外に方法は残されていなかったのだ。

 

 

二つ目は、パンチが全体的に大振りになってしまっていた事だ。

前述の通り、ガヌーはスタンドでの短期決着勝負に挑むしかミオシッチを倒す方法が無かったため、早く倒そうという意識から、必然的にパンチを繰り出す際に力みが生じてしまい、大振りが目立っていた。

振りの大きなパンチは、相手にモーションを察知されやすい。

パンチを放つ時は前足に体重が掛かり、後足の踵が浮いた体勢になるので、MMAという競技においては、相手に打撃を読まれるとカウンタータックルの餌食になりやすい。

ラウンド全体を通して、レスリングのバックボーンを持っているミオシッチが、ガヌーのパンチのタイミングに合わせてタックルを仕掛ける場面が何度も見られていた。

そして、大振りの打撃を多く放つことは、何よりもスタミナロスに繋がる。

5Rという長丁場を戦うのに、1Rからいきなり短距離走の走りをしてしまっては、中盤以降のスタミナが持たなくなってしまう。

1Rこそ、ミオシッチにテイクダウンされても直ぐに立ち上がってスタンドに戻っていたガヌーだったが、スタミナが切れた2R以降は、ミオシッチのケージレスリングに押さえ込まれる一方だった。

 

 

三つ目は、攻撃の組み立てがパンチ偏重だった事だ。

1Rの序盤はガヌーのパンチがミオシッチの顔面を捉える場面があったが、中盤以降、ミオシッチがパンチの軌道や射程距離をインプットし始め、ガヌーのパンチが空を切る場面が出てくる。

いくら豪腕パンチを武器とするガヌーといえども、アマチュアボクシング出身であり、相手のパンチやその防御に対しての洞察力に優れたミオシッチを相手に、ほぼパンチのみの打撃の組み立てをしていたのでは、試合が長引くにつれて攻撃を読まれてしまう。

練習においてガヌーは強烈なローキックを繰り出す事もできるという情報もあったのだが、この試合でローキックを蹴った場面は一度も見られなかった。

MMAなのだから、パンチだけでなく、キックを織り交ぜた打撃の散らしで、相手に攻撃を読まれない工夫をする事が必要だったのではなかろうか。

 

 

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

 

ミオシッチの老獪な試合運びの前に、持ち味を消されてしまったガヌーだったが、一方で光る部分もあった。

その一つが、クリンチ際で首相撲を有効に活用していた場面だ。

 

1R、ガヌーがミオシッチに脇を差されながら金網に背中を押し付けられている展開で、ガヌーがミオシッチの首をロックしてクリンチから脱出する場面が、2回見られていた。

ガヌーは、K−1のリングで活躍していたジェロム・レ・バンナ、デュエイー・クーパーをコーチに迎えて練習を行っている事から、恐らく首相撲の技術は彼らから伝授されたものであると推測される。

 

首相撲は元々はムエタイの技術だが、MMAでも様々な場面で有効活用されている技術の一つだ。

熟練した首相撲巧者を相手にすると、首の裏側を両手でロックされただけで身動きが取れなくなってしまうという。

 

MMAの試合において、首相撲、クリンチからの打撃によって雌雄を決した場合は数多い。

 

相手の首を手や腕で制して膝を打ち込む首相撲からの膝蹴りは、元UFCミドル級王者、アンデウソン・シウバが、2006年にリッチ・フランクリンと対戦した際、アンデウソンの首相撲でロックされたフランクリンが、ボディに膝を貰い続け、最後は顔面への強烈な膝蹴りでKOされた試合が印象深い。

 

首相撲やクリンチの攻防になると相手と密着した距離になるので、肘やショートパンチといった接近戦の攻撃も当たりやすい。

MMAでは肘をKO武器としている選手は少ないが、UFCライト級のポール・フェルダーや、UFCウェルター級のアラン・ジョウバンが、それぞれ肘で相手をKOした試合を演じている。

クリンチからのパンチ、いわゆるダーティーボクシングは、カレッジレスリング出身の選手が得意としている。

レスリングの試合は組み手から始まるので、組み手の攻防で培った技術をMMAではクリンチ打撃に応用して活用している選手は多い。

現UFCライトヘビー級王者、ダニエル・コーミエや、UFCライト級の激闘王、ジャスティン・ゲイジーらレスリング出身の選手が、ダーティーボクシングに定評がある。

 

また、首相撲の展開で相手の首をロックして頭を下げさせた後、そのまま連動して相手の首を抱え込んでクラッチし、そこからフロントチョークやギロチンチョークといったサブミッションで一本を取るという、MMAならではの技術も存在している。

元K−1王者であり、首相撲からの膝蹴りに定評のあるアリスター・オーフレイムは、フロントチョークやギロチンチョークを得意としており、2005年に開催されたアブダビコンバットでは、ギロチンチョークによるオール一本勝ちで欧州予選を勝ち抜いている。

近年のUFCの試合では、フェザー級トップランカー、ブライアン・オルテガが、カブ・スワンソンを相手に、スタンドの状態から首を抱え込み、両足を相手の背中にフックさせてのギロチンチョークで一本勝ちを決めた試合が記憶に新しい。

 

このように、記事では紹介できなかった技術も含めて、MMAという競技における首相撲の展開というものは、ムエタイのそれとはまた違った奥深さがある。

https://youtu.be/KgK02ZQwec0⇦首相撲からの打撃は、この動画を見るとより分かりやすい。

 

ミオシッチ戦において、ガヌーはクリンチからの脱出手段として、首相撲を活用していた。

ストライカーのガヌーに対し、相手選手としては組み付いてからテイクダウンで展開を作ることが求められるので、ガヌーとしては相手選手にテイクダウンされないためにも、今後は攻撃手段としての首相撲からの技のバリエーションを増やし、マスターしていければ、あれだけのフィジカルとパワーを秘めたガヌーであるだけに、相手選手にとっては更なる脅威となるはずだ。

 

 

⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️

 

最強挑戦者フランシス・ガヌーを退き、UFCヘビー級としては最多となる3度目の王座防衛に成功したスティぺ・ミオシッチ。

次回の防衛戦は、7月7日に開催されるUFC226で、現ライトヘビー級王者ダニエル・コーミエと、階級を越えた夢の王者対決が予定されている。

レスリングとグラップリングを得意としているコーミエが相手だけに、ガヌー戦とは全く違った戦い方が見られる事であろう。

オールマイティな王者ミオシッチは、ヘビー級でも無敗の強さを誇る現ライトヘビー級王者コーミエを、いかなる戦術で切り崩し、攻略するのだろうか。

 

一方で、王者ミオシッチの前に完敗を喫し、タイトル獲得とはならなかったフランシス・ガヌー。

一部海外メディアからは、ガヌーはこれ以上の伸び代はない、もう天井を打ったとのネガティブな説が流れているようだ。

しかし、試合中にスタミナが底を尽きながらも、一発逆転を狙おうと、最後まで試合を投げ出さずにミオシッチのレスリング地獄に耐え続けたガヌーの精神力の強さは、評価に値すべき部分だろう。

試合後のインタビューで「この敗戦で多くの事を学んだ」と謙虚に語っていたガヌー。

今回の敗戦は、これまでトントン拍子で世界最高峰のタイトルマッチまで上り詰めてきた感があった彼にとって、必要な経験だったのかもしれない。

この試合で浮き彫りになった課題を修正し、更なる強さを磨いていけば、一部で流れているネガティブな意見を払拭し、今度こそはUFCのベルトを腰に巻く日もそう遠くはないはずだ。

 

人類最強のファイヤーマンと、サバンナの大地に立つ巨人。

更なる栄光と強さを手に入れた両雄が、再びUFCのタイトルマッチの舞台で拳を交えた時、その闘いは文字通りの「人類史上最強決定戦」に相応しい試合となるに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

🎉格闘技メディアサイト「クイール格闘技」様に本記事を寄稿しました。🎉

https://queel.me/articles/1523