2022年に亡くなったゲオルク・クリストフ・ビラー。フィリップスに大部のバッハ作品を録音しています。遡るとバッハ本人にも至る聖トーマス教会のカントル。モーツァルトが触れて感激したのも、同教会、バッハのモテット(BWV225)でした。楽譜を所望して研究。1889年の手紙は借金の督促も増えている時期です。1887年のジュピター交響曲を初め、バッハを検証する過程で対位法の技術は深化。深い内容へとなっていった晩年のことです。92年、第十六代カントルに就任したビラーによる96年のモテット集です。カントールは教会の近隣に住み、少年たちを鍛錬し、音楽を導く伝統ある教会の役職です。これは89年にベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツが再統一されるという過程の中、初のカントルであったことには留意するべきでしょう。当盤はバッハの真筆が認められる五曲BWV225〜230を収めています。ビラーはテレマンの作品との指摘のあるBWV231を初め、バッハの作と伝えられたモテットも収録。ルネサンスではミサ曲とモテットとの二つは大きな分野でした。プロテスタントのドイツ。バッハの時代にはモテットの需要は大きいものではありませんでした。カンタータへと需要は移って行ったのです。編成も大きく楽曲の規模も大きいのが「イエスよ、わが喜び」BWV227です。ヨハン・クリューガーの聖歌を厳選に多様に展開する。信仰の強さが主題です。問いがなげかけられ合唱が応えるという形です。無伴奏で演奏されるのが通例ですが、残存するパート譜に器楽の跡もあることから、ビラー盤には器楽伴奏にカペッラ・トマーナの名も見えます。コラールを源泉としたモテットは盛んに作られました。いずれも実用的な目的で生まれています。カントルの職分には教育もありました。確実な演奏のための技術を得るための指導。語られているバッハの人柄として怒りっぽい人物であったということがあります。音楽的な指導は厳しいものだったでしょう。一方、インヴェンションとシンフォニア、平均律クラヴィーア曲集といった背後に教育的な意図がある作品でも、芸術的なものとしています。信仰についても教え導くもの。バッハの宗教楽は信仰と音楽が分かち難くあります。

 

ビラー盤での演奏はカントルが培ってきた人間的な響きが息づいています。かつてラミンが演奏し、カール・リヒターもオルガンを弾きながら強い影響を受けた。カントールはそういった精神的な支柱でもあります。バッハにも辿れるという重み。演奏は今に息づくものです。

 

人気ブログランキング
人気ブログランキング