2019年録音。ベアトリーチェ・ラナのラヴェル、ストラヴィンスキー作品集です。ラヴェルは「鏡」「ラ・ヴァルス」。ストラヴィンスキーは「火の鳥」抜粋(グイド・アゴスティ編)、「ペトルーシュカ」からの三つの楽章を収録しています。卓越した技術での20世紀音楽の先鋭を捉える一枚となっています。20世紀初頭のパリにあった二人の音楽家。ストラヴィンスキーはラヴェルの精緻な書法を「スイスの時計職人」と呼んでいました。スイスの時計、時間を正確に刻むような作品の仕上げに対する精密についての指摘です。職人とされることを好んでいましたし、作品への仕上げには並々ならぬこだわりがありました。ラヴェルの作品の総数は少ないものです。いずれも余剰なものを含まない「書き上げられた」作品です。二十世紀、ラヴェルは「水の戯れ」で新しい手法を見出しました。この時、1900年からの五回にわたりローマ大賞を逃していました。「鏡」が生み出された1905年は審査委員が本選から締め出した上での予選落ち。この時、年齢制限による最後の機会だったため、大きなスキャンダルとなったのでした。1875年生まれのラヴェルの若き日々。パリ音楽院在学中に出会ったスペイン人のリカルド・ビニェスからは大きな刺激を受けています。「鏡」はそんな盟友ビニェスによって初演されました。「鏡」は当時の音楽としても革新的な内容を含んでいます。作品は第二曲をビニェスなど、アパッシュのメンバーに個々の曲を献呈しました。芸術サークル出会ったアパッシュは「ごろつき」に由来します。ここには一時期的ですが、ストラヴィンスキーも所属していたのです。ごろつきに準えることは保守的な音楽への反動でもありました。

 

ストラヴィンスキーの「火の鳥」が初演されたのが1910年。ペトルーシュカはその翌年になります。1914年から始まる世界大戦前の世界。ラヴェルも、ストラヴィンスキーも先鋭的な手法を模索していました。「火の鳥」はまだロマン的な音楽をとどめています。数種の組曲が編まれました。当盤のラナの演奏は組曲からの抜粋で、カスチェイの踊りから始まります。これこそ原始主義(Primityvism)を代表する響きです。古く1867年のパリ万博には日本も参加しました。日西欧的なものに触れ多くの芸術家を触発しました。ドビュッシーは非西欧な語法をバリのガムラン音楽などから着想を得ることになります。ラヴェルの「鏡」もポリリズムを含み、従前の和声を踏み越えた非和声音も導入されます。職人を自認していたラヴェルは機能を熟知した上で意識的に取り込んだのでした。こうした新しさに着目した一枚は鮮やかに解かれる演奏に驚かされます。

 


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