77~78年録音。フィリップスに残されたアラウのショパン、夜想曲全集。ショパンの音楽は独創的です。それは、形式に拠ったものではありません。夜想曲のほとんどが三部形式で書かれていて、ピアノが明瞭な旋律線を歌います。民族的素材であるマズルカ、ポロネーズといったものであっても普遍的、純粋な器楽へと変換されました。ワルツも、もはや踊るための音楽ではありません。夜想曲としての、先駆、ジョン・フィールドの夜想曲と共通するのは、旋律線と、アルペジョの伴奏、抒情的な雰囲気です。情感の豊潤は大きく、フィールドの名を取り去ってもショパンの独創性は際立ったものでした。ショパンのピアノ音楽のあらゆる方位に及びます。夜想曲は、その一部にすぎませんが、抒情的な表現はショパンの資質にもあっていて、一般的なショパンのイメージ形成に大きくかかわることとなりました。夜想曲を代表するものとしての第2番変ホ長調は、ショパンのサロン向けの洗練、繊細な情感の典型ともいえるものでしょう。ベッリーニなどベルカント・オペラに端を発する唱法は、旋律線を器楽で歌わせることに影響を与えることとなりました。ピアノが歌うように聞こえるのは、まさにその影響です。装飾音の豊かさは、歌唱の名技と同様、節回しでもあります。ワルツなど舞曲を高次元の普遍的なのとするショパン。夜想曲もリズム要素は後退しますが、リズムが悪いと抒情過多の悪酔いしたようなものとなってしまう。全編なだらかで刺激のないものとなるか、骨太の抒情とするか。ショパンの強い個性の前に、やはりピアニストに多くのものが委ねられた作品です。

サロン音楽の典型でもあった、ある種の通俗。アラウの演奏は、高度に抽象化された楽音で、語り口はむしろ渋いものとしています。弱音に特徴があったショパン。強奏にピアノの弦を破損することもあったリスト。アラウはその双方をレパートリーとし、ショパンを完全に演じ分けています。夜想曲、作品は後年にまで及び、作曲技法の変遷をもたどることができます。その深化の過程は、もはやサロンという小さな場を出たものでした。分野としては後世のフォーレにまで連なるものです。サロン音楽の外観とは別の、普遍的な作品の本質に及ばなくてはなりません。ショパンの通俗という甘未と、作品を普遍的、完全なものとして高めていく過程。この曲の演奏としては、聞き手にも集中を強いるものですが、次第に引き込まれていくのはいつものアラウに同じ。

 


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