91年録音。ミンツのヴァイオリン、ポストニコワのピアノ。ショスタコーヴィチのヴァイオリン・ソナタとヴィオラ・ソナタの録音です。作品134、147 。ともに晩年の力作は、ヴァイオリン・ソナタが68年、ヴィオラ・ソナタが75年。20世紀音楽の中にあって、保守的な語法を残す作品です。ヴァイオリン・ソナタでは多くの作品にみられる作曲者の音名からなる音型DSCH主題も登場。ヴァイオリン協奏曲第2番に続き、オイストラフのヴァイオリンを念頭に生まれ、オイストラフ、リヒテルのモスクワでの熱演が記録に残ります。ヴィオラ・ソナタは作曲者生涯最後の大作。作品の完成は死の二カ月前で、死の四日前に校訂が終了しました。初演に立ち会ったムラヴィンスキーが慟哭していたという逸話が残ります。作品にみなぎる陰鬱は、ヴァイオリン・ソナタにも共通しますが、ともに虚無的なものではありません。悲劇的な曲調は、むしろ生の肯定です。ショスタコーヴィチが若い時から資質を発揮していたものでした。政治体制下、西欧の表現主義的な前衛は、国内で制限されることになりました。ショスタコーヴィチはベルクの理解者でしたし、国外に出たロストロポーヴィチを通じ、ブリテンなどとも交流を経ることになります。ヴィオラ・ソナタでのベルクのヴァイオリン協奏曲との主題の類似や、ヴァイオリン・ソナタでの経過の音型に、やはりベルクのヴァイオリン協奏曲との類似が指摘されるのも偶然ではないかもしれません。「雪解け」後には、徐々に前衛が解禁され、その中でも、独自の語法で作風そのものの変換という形では応じなかったショスタコーヴィチ。無調、十二音技法といったものは、線的な書法のうちに緩やかに一部、導入されたに過ぎません。作品に散りばめられた音名をはじめ、謎めいた仕掛けは、作曲者と直接、接点を持つ奏者たちには深い印象を残すものだったでしょう。

イスラエルのミンツはすでに楽譜に書かれたものの音化から、探っていきます。線的な書法に美音が光り、そして悲劇的な曲調での感興は深い。結局のところ、ショスタコーヴィチは先鋭という技術のために書いたのではありません。悲劇的な曲調に真価を発揮する自身の資質を捉え、人間的なものとして表出できるところが今の時代にも通じるところ。作曲者との接点ではなく、その音楽のうちに、全てが反映しているものかもしれません。ヴァイオリン、ヴィオラともにミンツ。オイストラフ以降の世代ですでに新しいものが紡がれていることを実感できます。


 


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