79年録音。ベルクのヴォツェック。ドイツの重鎮ドホナーニが、20世紀音楽に対しても強かな視点を持っていることを示す一枚です。無調時代の歌劇の金字塔。ウィーン・フィルを経て、歌というより語りに近い作品が、時に美しささえ感じさせる瞬間があります。無調作品特有の音を配列していくことでは点描的なところもある作品。同時に、ワーグナーのニーベルングの指輪からの影響を受けた管弦楽は四管の大編成は本来なら芳醇な響きを醸成するはずのものです。実際の陰惨な殺人事件を基としていることではイタリア、ヴェリズモオペラといった古いものを踏襲しているのです。とくに音楽形式は綿密に組み立てられ、中にはパッサカリア、インヴェンションといったバロックにも遡る古典的な形式をも採っています。酒場の場をはじめ、調性的な音楽をも時に浮かび上がらせます。シェーンベルクに学び、ヴェーベルンとともに20世紀音楽に無調、十二音音楽という新しい広野を拓いた一人。3人のうち、もっとも劇場的な天分にめぐまれました。シェーンベルクの「モーゼとアロン」で描かれた寡黙で宗教的なモーゼと、饒舌な先導者アロン。それは、月に憑かれたピエロの「語るように歌う」シュプレヒゲザングの中の語りと歌という音楽的な要素に置き換えてもよいものです。ベルクの無調時代のヴォツェック、十二音音楽でのルルの成果は、劇場、興行といった点でも師を超えることとなりました。ただし、音楽の先進といった点では、古いもの、調性的なものをも借りたことで退嬰を指摘されることもあります。無調に至る道では先駆のワーグナーのトリスタンとイゾルデといった作品の豊潤がありました。そのワーグナーの使用した登場人物にライトモティーフをあてるやり方は、ヴォツェックでは踏襲されませんでした。それぞれの登場人物を場面とキャラクター設定という形で細密に描いていきます。そのため、演奏は多様。同じウィーン・フィルを起用したアバドの87年盤とも触感は大きくことなります。
 
妻の不貞を疑い、殺人に至る狂気への過程。両親の死の報を聞いての木馬遊びに興じる子供。陰惨な物語は、1821年に起きました。ヴェルディの椿姫の基となったデュマ・フュスの1848年。プッチーニ、マノン・レスコーの基となったアヴェ・プレヴォーの小説は1731年。音楽の感覚はまったく違うものですが、ヴォツェックの物語は椿姫の19世紀に近い。ドホナーニは師のモノドラマ「期待」を併せました。モノドラマという形式。劇音楽としては一人舞台。歌唱とともに、多大な演技力が必要とされます。ドホナーニはマーラーの音楽をはじめ、現代に連なるものをも併せていきます。R.シュトラウスの「サロメ」。マルフィターノを起用したシノーポリのものと異なるのは、硬質で表現主義的なものへの感性の違い。ヴォツェックではヴェヒターのヴォツェック、マリーをシリアが歌う。音質も優れ、この音楽の表現主義的な面もわかやすい。本来、難解なはずの音楽が明瞭の解かれていくものです。
 


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