78年、アナログ末期、ベーム指揮のウィーン・フィル。ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」です。ドヴォルザーク、アメリカ時代の作曲。馴染み深い旋律が登場し、その由来が黒人霊歌、インディアンの民族音楽であったとするのはノスタルジー漂う伝説です。旋律をコラージュ的に引いたのではなく、ドヴォルザークの心の内から生まれたもの。引いたのは、そういった旋律が生まれた精神にあります。いわゆるヨナ抜き、長音階では4度と7度を抜いたものは、多くの民謡の源泉であり、こうした旋法を用いていれば土俗的なものとして展開するわけです。すでに世界的な交響曲。幾通りもの演奏があるわけですが、この民族的なものをどう扱うかは演奏の焦点となるでしょう。チェコ音楽の精華としてターリヒ、アンチェル、ノイマンといったチェコフィルの歴々、そこから離れたクーベリック。とくにターリヒにはじまるご当地ものとしての意義は今日であっても大きく、ボヘミア的なものを聞くことができます。作品を楽音の精確から見るならトスカニーニの演奏がそういった演奏の起点にあり、そうした即物性、アメリカから見た近代性で捉えたのがバーンスタイン盤など個性豊かな下地となっています。ドヴォルザークはブラームスに見いだされ、その紹介でジムロック社と通じ、作曲時アメリカにあったドヴォルザークでしたが、ヨーロッパにあって校正を担ったのもブラームスでした。50年代のスプラフォン版など、自筆譜を原資料とし見直しが進むことになりました。当時としては特殊楽器としてのイングリッシュホルンの交響曲の導入もあるものの、オーボエ奏者の持ち替えが前提であり、全体は伝統的な二管編成の枠内。ブラームスから連なる交響曲作家として捉えることも可能です。
ベームの演奏は、この曲の外面的特徴を大きく喧伝する演奏ではありません。法学を学んだ経緯からウィーンフィルの代弁者とまでいわれたベーム。その得意としたベートーヴェンの第6交響曲演奏などと同様の柔らかい響きを引き出していることが特徴です。ワルターなどと同様のモーツァルト演奏家であったベーム。ベートーヴェンの交響曲では偶数番号に真価を発揮しました。とくに緩徐楽章の叙情には見るものがあり、それは「新世界交響曲」にも同様のものがあり、ここに伸びやかに広がるものは滅多に聞くことができない類のものです。弦の微細なニュアンス。同じウィーンフィルなら85年のカラヤンなど、全体ははるかに輝かしい響きで支持を集めるかもしれません。そこには70年代、80年代と辿っていったオーケストラの変遷も示しています。実際にはもっと古くに黄金時代があり、今から考えると、ベーム時代にはまだ保たれていたもの。デジタル期になりはるかに鮮烈な音響を提供するようになりました。ドイツ的な交響曲として主要な第1、4楽章も決してうるさく響くことのないもの。民族的というよりヨーロッパ的な品位。贅美な時間を満喫できる一枚でした。




