終戦の日 思い出は? | 猫カフェ にゃーにゃーにゃーのブログ

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終戦の日

 

戦争の思い出は?

 

ん~、ある訳ないですけどー。。。

 

 

私の伯父さんが戦争経験者で私が大学生の頃か

 

戦争について話を聞いたことがあります。

 

当時、67歳、平成4年頃

 

この頃って、まだたくさん戦争経験者が存命だったので

 

一兵卒の叔父の話に興味があまりなく、

 

「もっと偉い将校の話とか侵攻した時の話とか聞きてえ。。。」

 

とか、思って聞いてました。

 

当然、ぺーぺーの叔父さんの話は戦争の裏方話中心で、穴堀りの話や

 

上官に殴られた話、入隊してるので入寮というか規律正しい軍隊生活の話

 

ばかりでした。

 

もっとかっこいい話を期待する戦争史でしか知らない私にとっては

 

生々しい、リアルな体験談に興味はありませんでした。

 

 

今だったら、もっと前のめりになって聞けるのに。

 

もう伯父が亡くなって10年は経つかな。

 

 

朝起きて寝るまで穴掘りさせられたそうで、前線の壕の穴ではなく、

 

後方の基地作りの穴掘りだったと記憶してます。

 

殴られたとか鞭で叩かれたとか生々しい話をしてたのですが、

 

殴る方も将官とかじゃなくて伍長とか。

 

伍長なんてペーペーな感覚の映画や歴史の勉強でしか知らない私。

 

中尉とか大佐とか出てこねーのかよ。。。

 

叔父さんは二等兵。

 

上司は伍長クラスなんですね。

 

伍長が班長クラスなので、隊で教育係みたいなものなので、

 

二等兵にとっては怖かったんでしょうね。

 

小隊で40~80人ほどであり、小隊長が少尉クラス。

 

中隊となると2~300人ほどで、長が中尉・大尉となります。

 

なので二等兵の叔父さんでは中尉なんて名前も憶えてもらえないレベル

 

だったんでしょうから、まつわる話なんて聞くこともできません。

 

小隊の中の班長である伍長に殴られた話くらいしかw

 

 

ちなみにお墓参りに行くと、墓地にひとつふたつ立派なお墓が建ってるのを見かけます。

 

★マークの戦没者のもので伍長や曹長が。

 

地元の名士=伍長・曹長といった感じです。

 

少尉や中尉は勉強ができたかお金持ちなので、

 

伍長や曹長のお墓がその地域では立派な気がします。

 

 

話はそれましたが、

 

今なら貴重なお話かもしれませんね。

 

満州に渡って、穴堀ばかりさせられた軍隊生活。

 

食うものがなくて困ってた話もしてました。

 

終戦後の数か月、帰国できず厳しい生活だった様子とか。

 

戦争とは、伯父さんにとっては強制労働を強いられるものでしか

 

無かったのかもしれません。

 

うちの親父は防空壕に入った話くらいしかしません。

 

祖父は、長久手に演習で鉄砲を撃ちに遠足した話くらいでした。

 

 

まだ、生々しい話が聞けただけ伯父さんに感謝しないと

 

いけませんね。

 

 

こお店ですが、お盆の営業も一応明日まで。

 

17,18とお休みです。

 

17日は川遊びに行かず静かに静養します。

 

 

 

ももちゃん、最近は調子が少し良くなってきました。

 

このまま完全復調してほしいですけど。