La goutte porte-chanceのおはなし。
言葉の力。
自分の感受性くらい
茨木のり子
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
花神社出版 茨木のり子 自分の感受性くらい
。←アマゾンのリンクに飛びます。初心を忘れたり
怠惰な自分になってきたり
自分の限界点を超えれそうもなく感じたり
現実の厳しさに打ちのめされたり
自分のふがいなさにうんざりしたり
ぐじぐじと悩み出した頃、
必ず頭をかすめ
何百回も暗唱したこの詩。
ばちん、と、おもいっきりよこっつらをひっぱたかれたような身の引き締まりを感じます。
そんな自分に嫌気がさした日。
ぷらぷら散歩をしていましたら
通りがかった骨董品屋の窓辺に真っ赤な雫が薄明かりの中で光っていました。
なんだろう、と近寄ってみると
ほこりにかぶったそれはキーホルダーでした。
なんだか妙に気になり、でもその日はそのまま通り過ぎました。
それからしばらくしてまた同じ心境で
そのお店の前を通りかかった時
私の目のなかに赤いそれが入ってきました。
こんなに何回も気になるのはどういうことか、
と勇気を振り絞り、今度はお店に入ってみます。
店内は薄暗く、
常連の買い付け客や
なじみの客以外は寄せ付けない。
そんな店構え。
でも、勇気を振り絞って
「ぼんじゅーる....」
と入って行きます。
店の中は骨董屋特有のあの匂いにかこまれ、
古い時代から掘り起こされたものたち特有の空気が満ちあふれていました。
置物みたいなマダムは
私が入って来たことなんて気がつきもしないかのように
帳簿をつけています。
おそるおそる
窓の外から引き寄せられたその赤いものへと近寄ります。
途中、
棚に無造作にならぶ古びた人形たちにおののきながら
無造作に積み上げられたなんだか分からないブリキの固まりにつまずき
つまずいたそれはすごい音をたて、
私は小声で
「ぱ、ぱrルドン...」
とつぶやき、そっと元に戻します。
なんとか近づくと何年前からそこにあるのか、と聞きたくなるほど
赤いものには
ほこりが積もっていました。
もちろん値段なんかついていません。
店の奥でつまらなそうに座っているマダムに
「これは売り物か?」と、訪ねると
もそもそとやってきて、
「さあ。でも置いてあるから売り物だろう。」
と言うので
「じゃあ、いくらなの?」
と、聞くと
「あんたならいくらだす?」
と言われます。
「骨董なんてしらないし、くわしくないからわからない」
と言うと、
「じゃあ、わからないんだね。」
といって手渡されました。
私はよくわからないまま、
「え?いくらなの?」
ともう一回聞くと
「分からない人には値段は付けれない。
だから私は貴方にこれをあげることにした。
もっていきなよ。
Bonne chance(よき幸運を)」
と言われました。
きつねにつままれたように、ぼーっとしてると
マダムはそのまま奥に下がりおなじ形にもどります。
なんだか、なにもかわないでいいのかな、と思っていると
「また なにかほしかったらのぞきにおいでよ。またね。」
と、いわれます。
うながされるまま、私はその場をさり、
背後でマダムは急いでお店を閉めています。
ただ、店を閉めたかったから追い出すかわりにくれたのか、
ほこりをかぶるくらいのやっかいばらいができたのか、
マダムの何かの思惑なのか、ただの気まぐれなのか。
謎はのこったままですが。
店を出た私は
手渡されたそれを手でほこりを拭ってみます。
すると
思っていたよりずっと真っ赤な雫の形のそのプラスチックは
真ん中に空気をひとかけらつつんでいて
ふちをなぞるようになにやら銀色で文字が書いてあります。
さっきまで
ほこりにかぶって文字があることなんて気がつかなかったのですが、
そこに刻まれた言葉は
Goutte porte-chance チャンスを招く雫。
身震いするほどなにかがこみ上げてきました。
巡って来るチャンスは必ずこの手につかみたい。
そのためにはそれをつかめる自分でいなくては。
とある夕暮れのおはなし。