お散歩写真2019_元町山手桜巡り、後編。 | かながわ検定横浜ライセンス1級に合格したのでブログ続けてみました。

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横浜のご当地検定である「かながわ検定横浜ライセンス」は2017年3月の試験を最後に終了してしまいましたが、その名前を忘れない様にブログのタイトルに付けました。
そして、いつの日にか「かながわ検定横浜ライセンス」が復活してくれたらと思っています。


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前回は谷戸橋から谷戸坂を経て港の見える丘公園までたどり着き、その後、外国人墓地の前に来ると、

一般公開をやっているというので中に入ったことろまでで、つづく・・・となりました。今回はその続きです。

横浜外国人墓地では1月と8月を除く各月、土・日・祝日に外国人墓地募金公開を行っています。

 

外国人墓地の維持管理のための募金(200~300円程度)に協力すると、そのお礼として入苑できます。

10分程度で一巡できる順路が設けてあり、お礼として配られるパンフレットに沿って進むと、

歴史の残る人たちの墓所をめぐる事が出来ます。墓地内には桜の木も多数植えられていました。

 

横浜外国人墓地とは・・・

1854年に2度目の来航により横浜港に寄港していたアメリカ海軍のフリゲート艦「ミシシッピ」。

乗船していた水兵のロバート・ウィリアムズがマスト上から誤って転落死し、艦隊を指揮していた

マシュー・ペリーはその埋葬地の用意を幕府に要求。海の見えるところに墓地を設置してほしいという

ペリーの意向を受け、横浜村の増徳院の境内の一部にウィリアムズの墓が設置された事に由来します。

その後も外国人の死者がその付近に葬られ、1861年に外国人専用の墓地が定められました。

 

 順路を巡って行くと、ひときわ輝くマリア像がありました・・・ ↓ この白さからか、像が光っている様。

 

    さらに進んで行くと・・・ ↓ 鉄道記念物 エドモンド・モレルの墓です。

    エドモンド・モレルは横浜‐新橋間に日本で初めての鉄道が敷かれる際に招聘された、

    イギリス人の鉄道技師です。日本へ赴任して鉄道建設の指導をしましたが、開業を目前にして、

    結核により横浜において没しました。その功績から日本の鉄道の恩人と賛えられています。

    また、桜木町駅(初代横浜駅)の構内にはエドモンド・モレルのレリーフが設置されています。

    

       順路からちょっと外れたところには・・・ ↓ エリザ・R・シドモアのお墓がありました。

       谷戸橋の袂にあったシドモア桜のシドモアさんで、お墓の脇には桜の木も植えられています。

       

          キリスト教が多いからか十字架が目立ちますね・・・ ↓ 桜の木も立派なものです。

          

外国人墓地の向こうに山手十番館が見えています・・・ ↓ やはり、この組み合わせは馴染みますね。

 外国人墓地を出て元町公園にやって来ました・・・ ↓ 山手洋館群と桜の組み合わせも楽しめます。

 

    元町公園内に入っていくと80番館遺構があります・・・ ↓ こちらは遺構と桜の組み合わせです。

    山手80番館遺構は関東大震災前に建てられた、横浜に唯一現存する外国人住宅の遺構です。

    震災当時はマクガワン夫妻の住居であったといい、残っているのは住宅の地下部分です。

    

       階段を下って代官坂に向かいます・・・ ↓ かつては「まれ」もこの階段を上っていたね。

       

          代官坂を経てやって来たのは元町百段公園です・・・ ↓ ここの桜もけっこう好きです。

          

元町百段公園とは・・・公園のある辺りは、横浜開港時から大正期にかけて浅間山の見晴台と呼ばれ、

港や関内地区を一望し、遠くは神奈川宿の旅籠や茶屋までが見渡せたという。元町の鎮守である

厳島神社の末社である浅間神社が祀られ、小さな茶屋もあって外国人観光客も訪れていたらしい。

その当時、元町二丁目と山手の丘上とを繋いで急な石段があった。石段は百一段あったそうだが、

人々は「百段」と呼んで親しんでいたという。その「百段」は残念ながら関東大震災で崩れてしまい、

現在は残っていない。その「百段」の歴史をとどめるために造られたのが、この「元町百段公園」である。

 

お散歩写真2019〓fab44〓元町山手桜巡り・・・おわり。

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