シリーズ横浜の橋_その11・・・新山下運河編、霞橋・新開橋・見晴橋・鷗橋。 | かながわ検定横浜ライセンス1級に合格したのでブログ続けてみました。

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横浜のご当地検定である「かながわ検定横浜ライセンス」は2017年3月の試験を最後に終了してしまいましたが、その名前を忘れない様にブログのタイトルに付けました。
そして、いつの日にか「かながわ検定横浜ライセンス」が復活してくれたらと思っています。


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中村川を下りながら横浜の橋を見てきたシリーズも、中村川から堀川へと進み山下橋まで到達。

ついでに、その先にある新山下橋まで見てきましたが、それでは次はどこへ行こうか???

と考えていたところ、新山下橋からちょっと行けば新山下運河があるんですね。

 

この新山下運河には、明治時代の最新技術の結晶を継承する200ftプラットトラス「霞橋」があります。

この「霞橋」は、明治時代にイギリスで製作され隅田川の鉄道橋となり、昭和初期には鶴見操車場へと

引越しし江ヶ崎跨線橋となった後、2013年に少し姿を変えてこの地にやって来ました。

 

場所から場所へ、人から人へ。百年以上のときを経て使われ続けてきたトラスです。

橋の技術とデザインの歴史物語がつまった貴重な土木遺産です。

という訳で、今回は「霞橋」からスタートし、新山下運河を進んでいきたいと思います。

 

 霞橋へと繋がる道の歩道上には・・・ ↑ 霞橋のエンブレムが埋め込まれていました。

 そして、こちらが霞橋です・・・ ↓

 

    平成二十五年三月竣功・・・ ↓ 銘板もまだ新しい感じですね。

    

       こちらは霞橋の脇に展示されている「沓(しゅう/別名:支承)」というものです・・・ ↓

       沓とは、橋を渡る車の重さや橋自身の重さを支え、基礎へと伝える部材で、固定沓と、

       橋梁の温度変化による伸縮で移動する可動沓があります。ここに展示している沓は、

       隅田川橋梁から江ヶ崎跨線橋で使われ続けた4個の可動沓のひとつで、当時の姿のまま

       残しています。現在の橋梁では使われていない欠円型ローラー部が転がり稼働する珍しい

       形式です。塗装色は、明治時代の橋梁塗装に使われていた「鳶色」を再現しています。

       

          貴重な土木遺産を保存する為、この場所に移設したという事でしょうね・・・ ↓

          

周りの風景からすると、ちょっと場違いな感じもしますが・・・ ↓ この地で歴史は生き続けています。

 新山下運河を進み、新開橋へとやって来ました・・・ ↓

 

    親柱や欄干には、小鳥が飛びまわっています・・・ ↓ 霞橋も見えています。

    

       つづいて、見晴橋からの見晴は・・・ ↓ 向こうの方にはトンネルが見えています。

       

          最後にやって来たのは鷗橋です・・・ ↓ 鴎ではなく、難しい方の鷗の字を使ってます。

          

左に見えているのは、みなと赤十字病院の建物・・・ ↓ そして、その向こうは本牧ふ頭です・・・つづく。

 

横浜の橋〓fab44〓霞橋・新開橋・見晴橋・鷗橋

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