大変遅くなりましたが被災地支援のレポをお伝えします。
4月28日と29日で陸前高田市に行ってきました。
今回の目的は現地の人との交流、お友達になった人達を励まそうという感じで行ってきました。
また、心友のゆうちゃんから電子ピアノを被災地のどなたかへと頂いたのでそれを届ける目的もありました。
27日の23時に松原団地に優者が集まってくる。
僕は一足先に、今回電子ピアノをマイクロバスに積んだ。
待ち合わせ場所には見送りの優者が集まってくれる。
いつも思うのだが、わざわざ見送りの為にみんなが集まってくれるなんて本当に幸せだ。
行けない人の想いも載せて出発だ。
今回の運転は初参加の女性ドライバーともちゃん、常連の元ちゃんの二人だ。
そしてバスは、今回も大松閣さんにお借りした。
いつもながらかっしーには頭が下がります。
http://www.taishoukaku.com/
今回は関東から13名、岩手から2名の15名の優者が参加してくれた。
片道8時間の道のりが始まる。
初参加の人などもいるので自己紹介や現地での注意点などを話しながら東北道を進む。
予定より早く陸前高田市に到着し、コンビニで時間をつぶしているところに現地の福士さんとヨッシーが合流する。
最初の目的地の陸前高田市で出逢ってから仲良くさせてもらっている千秋さんの姪っ子さんにお宅に向かう。
到着すると温かく迎えてくれた。
ピアノを和室に運びセッティングする。
将来のピアニストのあきちゃんに電子ピアノを届けた。
いつか一緒にオペラが出来たら最高だ!
リビングに行くとなんとたくさんのごちそうが用意してありました。
温かい好意に甘えてみんなでおいしいご飯を頂いた。
採れたてのタケノコなどとてもおいしくいただきました。
優者一同、別れ惜しいが次の目的地へ。
何度も訪れている慈恩寺さんに到着。
住職の古山さんとご家族が温かく迎えてくれた。
バーベキューの準備をして今日の参加者を待つ。
古山さんが回覧板まで出してくれたおかげでたくさんの方が来てくれました。
ホタテや、肉、汁物をたくさん作り、みんなで交流を図りました。
何度も顔を合わせている方もいて楽しく過ごしました。
優者と現地の方もすぐに打ち解けて楽しく話していました。
夕暮れになりかたずけ、今晩泊めて頂く慈恩寺さんに入り、古山さんと奥さんを交えて色々な話をさせて頂いた。
僕は古山さんが大好きで、昨年の12月23日にここでセルフストーリーオペラ「這い上がり」も上演させてもらっている。
今回ゆっくり話が出来たのはとても大きかった。
その中で、印象に残った言葉は
「不謹慎かもしれないけど、震災があったおかげであなたたちと出逢えた」
「とてもうれしい」
と言ってくださった。
震災は確かに大変な災害でたくさん命が奪われた。
しかし、生きている僕達や生き残ってくださった被災地の方たちと命の交流を持たせてもらっている事にとても複雑な心境になる。
大好きな人たちだからこそこれからも心の交流を図っていきたいと感じた。
おいしいカレーを御馳走になり、みんなで語り合った。
朝を迎え、次の目的地へと向かった。
また会う事を約束し慈恩寺を後にした。
今回一緒に参加したるいるいサンタの新企画の
「みんなかれんだー」の依頼あり、民宿の志田さんへ向かう。
娘さんが港に居るという事で案内してくれた。
すると第二志田丸に乗ったご夫婦が笑顔で迎えてくれた。
たくさんの毛ガニとタコが水揚げされていた。
見て、この巨大たこ。25キロはあるそうだ。
40キロくらいのタコまで取れるそうだ。
また、たくさんの毛ガニを頂いてしまいました。
いつもありがとうございます。
皆カレンダーについては後日お知らせしよう。
陸前高田市高田第一中学校仮設に到着する。
治療家の田尻さんたちがマッサージボランティアに来ているので、合流した。
今日は、バーベキューバーティがすでに予定されているところへ僕たちはボランティアとして合流する。
僕達は志田さんからもらった毛ガニを差し入れた。
神奈川からもボランティア、東大生のボランティアも来ていた。
僕は生ビールサーバー係を引き受けた。
いやー盛り上がる。
こちらもつられて、カラオケやら、踊りやらでみんなと交流した。
今回もいろいろな人と繋がり、こちらから行った優者と現地の人が連絡先を交わし、友達を作りに行くという目的をみんなが理解し次のステップにつなげてくれた。
別れ惜しいが陸前高田を後にした。
帰りのバスでは毎回好例だが、みんながそれぞれ感じたことをシェアした。
被災地という呼び方以外にないのか、がれきという言い方の他にいいものが無いかなども話した。
これからも僕たちは心の支援を続けて行くだろう。
もう故郷と言っても良いくらい行っている岩手の地へ、また来ることを約束しよう!