relation
今回は構造の話です
構造といっても社会システムの構造
つまり安定した関係などの話です
ゲーム理論の話も出てきますが
PS vitaなどのゲームの話とは違います
(メモリカードが馬鹿高くて嫌になる・・・)
SONYはユーザーをATMとしか見てないのでしょうか
どっか狡いですね(「こすい」と読みます)
日本企業らしいといえばらしいです
APPLEのスマホゲームの方が確かに楽しいです
ただ専用ゲーム機でしかできないゲームもあるので
消費者の惨めなところでもあるのですが(選べない・・・)
さて本題に入ります
人間関係はだいたいに分けて以下になると思います
・お互いが得する関係
・足を引っ張り合う関係
・どちらかが得してもう一方が損をする関係
・協力する関係
・相乗効果がある関係
・お互いが損をする関係
・破滅へ向かう関係
これらは必ず決まった安定したものでもなく
時に変わったりします
働きかけられる作用が良くなったり悪くなったり
こちらからの作用が良くなったり悪くなったり
もちろん社会ですから
二つの要素だけでなく絡み合っているのもアリです
一方からは損な関係ができても
他から得しているなど
これらはある要素とある要素のように考えがちですが
(誰かと自分)
ある集団とある要素の関係でも成り立ち
ある集団とある集団との関係でも成り立ちます
人間社会システムと自然システムとを見てみましょう
一方的に人間社会システムが得をし(破壊)
自然システムは人間社会システムから恩恵を受けてないとします
損し続けるのではなく
破壊され元も子もなくなるのです
そういう関係もあります
(これから次第で変わります、現在というのは非線形ですから)
経済では同じ市場で消費者を奪い合っている二つの会社でみると
だいたいどちらかが得をしどちらかが損をします
場合によっては過度の価格競争で共倒れもあります
両方の会社が結託し適正な価格競争をやめたら
その市場は得をしますが
対消費者では消費者が損をします
この辺はベン図の概念が必要ですが(あの集合の概念です)
色々と持続可能ないい経済になるといいですね
経済だけでなく政治的にも
女や精神性の得なども含めた
(思い通りになっていい気分なのはだいたい
誰かが折れてそれに従うことになり不快を得ます)
関係性というのが付いて回ります
誰かを阻害した精神性を得るとか
例えば伴侶をないがしろにし
自分だけ快楽を得て楽しむというのが浮気ですね
これが政治になると
誰々を仲間にして誰かを孤立化し
その孤立化した相手から
色々なものを得る
金、女、精神性、土地、財産などなど・・・・
政治はそんな世界でもあります
国際政治でそんな報道を良く伺います
中国が日本の孤立化を図り
国際政治で立ち回っているのがいい例です
もっと身近な例で言えば
小学生くらいの子が
親に欲しいものをねだる時
「みんな持ってるよ」などいいますよね
これも政治的な駆け引きです
僕が可愛かったら学校で一人ぼっちになるのを止めてよ
何々を買ってくれれば僕は一人にならないで済むんだってね
可愛いもんです(家計によりますが・・・・)
大人になると役割があって
孤独でもやらないとみんなが困るということがあることを
どっかの政治家も小学生もそのうちわかるでしょう
天命かどうかは別として
社会とは役割を担うもので
損だ得だの言ってられない世界があることを
成長していくと気づくでしょう
なかには自分の命を犠牲にしないと
多くの命が助からない場面に立つ人も
そのときみなさんはどうしますか
あなたの幸せが叶わないと知ると
その他大勢のように何もしませんか
自分の命が犠牲にすればその他大勢が助かるのに・・・
この時、自分は損してある集団は得をするというのでしょうか
損とか得で済む話なのでしょうか
そもそも何のために生きているのかという問題ではないでしょうか
自分さえ良ければ良いという生き方
そういう人生でそもそも社会が良くなるのでしょうか
「犠牲」普段はそんな尊いことをしなくて済むかもしれません
そんな大げさな場面は現代ではほとんどないでしょう
しかし社会で自分の得ばかりを追求したら
みんながそれをしだしたら
みんな争うことばかりで誰も協力せず
家族を育むことも
子供を育てることもままならないはずです
だって与えることを誰もしないのですから
奪うことしかしなければそうなります
誰かが自分が得る最大の喜びを我慢し
他の人に与えなければ
他の人にも喜びを分けなければ
人々が協力することは難しいでしょう
それぞれが自分の得る喜びを他の人に分けることで
喜びが大きくなることは難しくないでしょう
なにも食べ物に困っている時だけの話ではなく
生活全般にわたる喜びをちょっと分けるだけでいいのです
自分の命を投げ出して犠牲になれと言っているのではないのです
余裕があればちょっと分けるだけの気持ちでずいぶん世界は変わるはずです
関係がお互い得する関係、協力する関係になり
相乗効果を生む関係になるかもしれません
社会システムがそうなるかもしれません
政治による徳が成せる技かもしれませんが
そんな高度な技術も知識も必要なく
昔からやってきたと思うのですが
関係をデザインしたり
良くしたりする技術は難しいかもしれませんが
理解するだけでも十分だと思います
人間関係に悩んでいる人に
話を聞くだけでも、とことん聞いてあげるだけでも
良くなっていくのかも知れません
(自分で何かに気づくかもしれませんし)
引きこもりも無理やり働かせるのではなく
興味を持つものを提供していくと
そこから広がる世界もあるのかもしれません
インターネットやる人だっているでしょうし
そこから広がる世界はいろいろあると思うのですが
親はなんとかしようとするでしょうか
関係が家族ではどうこうなるものとも思えないんですが
電話で話を聞くカウンセラーはいても
スカイプで話を聞くカウンセラーはどうなんでしょう
親には聞かれたくないことでも
チャットがあるし
信頼関係があればそんなに不都合なこともないはずです
極端な孤立しないで済むと思うのですが
生活保護費がどうのこうのというはなしではなく
犯罪者でもない人の生活水準が
刑務所みたいなのは如何なものかと思うのですが
少なくとも犯罪者でもない人物を罰するような
不幸のままにする社会は大問題です(社会システムとして)
ま、別に人と関われば幸せとは限らないんで
デタラメにこの問題をいじる気はないですが
関係性は受け手側の捉え方次第ではなく
送り手側の問題でもあります
懲らしめようと思えば(損をさせようと)
受け手側はそれを変えようとしたりします
気にしなければいいということでは済まない場合があるのです
精神的、身体的、政治的損害を無視できない場合は
作用に対して作用するでしょう
そうなると損をさせ合う足の引っ張り合いになります
損をさせようとする作用側の
基底となるもの(この場合前提)が常識などが
考えを起こし働きかけるのです
(基底、構造(ロジックによる過程)、機能(嫌がらせ))
これが作用し過去となって
経緯ができ問題の本質がわかるのです
原因ではなく条件が何かわかることで
問題を二度と起こしたくない考えに役に立つのです
(再発防止)
解決にも役立つかもしれませんが
現象を解決するには
基底となるもの(この場合常識や前提、条件など)
構造となるものを変えなければ(考え方や人間関係、経路など)
現象(機能)は発現したままです
皆さんの仕事はどう社会に作用し
どういう成果を出して
どう残ってますか
いいことですか?悪いことですか?
社会とはいかなくても
誰かにとってなら
思い当たることもあるでしょう
人は一人で生きているわけではないのですから
構造といっても社会システムの構造
つまり安定した関係などの話です
ゲーム理論の話も出てきますが
PS vitaなどのゲームの話とは違います
(メモリカードが馬鹿高くて嫌になる・・・)
SONYはユーザーをATMとしか見てないのでしょうか
どっか狡いですね(「こすい」と読みます)
日本企業らしいといえばらしいです
APPLEのスマホゲームの方が確かに楽しいです
ただ専用ゲーム機でしかできないゲームもあるので
消費者の惨めなところでもあるのですが(選べない・・・)
さて本題に入ります
人間関係はだいたいに分けて以下になると思います
・お互いが得する関係
・足を引っ張り合う関係
・どちらかが得してもう一方が損をする関係
・協力する関係
・相乗効果がある関係
・お互いが損をする関係
・破滅へ向かう関係
これらは必ず決まった安定したものでもなく
時に変わったりします
働きかけられる作用が良くなったり悪くなったり
こちらからの作用が良くなったり悪くなったり
もちろん社会ですから
二つの要素だけでなく絡み合っているのもアリです
一方からは損な関係ができても
他から得しているなど
これらはある要素とある要素のように考えがちですが
(誰かと自分)
ある集団とある要素の関係でも成り立ち
ある集団とある集団との関係でも成り立ちます
人間社会システムと自然システムとを見てみましょう
一方的に人間社会システムが得をし(破壊)
自然システムは人間社会システムから恩恵を受けてないとします
損し続けるのではなく
破壊され元も子もなくなるのです
そういう関係もあります
(これから次第で変わります、現在というのは非線形ですから)
経済では同じ市場で消費者を奪い合っている二つの会社でみると
だいたいどちらかが得をしどちらかが損をします
場合によっては過度の価格競争で共倒れもあります
両方の会社が結託し適正な価格競争をやめたら
その市場は得をしますが
対消費者では消費者が損をします
この辺はベン図の概念が必要ですが(あの集合の概念です)
色々と持続可能ないい経済になるといいですね
経済だけでなく政治的にも
女や精神性の得なども含めた
(思い通りになっていい気分なのはだいたい
誰かが折れてそれに従うことになり不快を得ます)
関係性というのが付いて回ります
誰かを阻害した精神性を得るとか
例えば伴侶をないがしろにし
自分だけ快楽を得て楽しむというのが浮気ですね
これが政治になると
誰々を仲間にして誰かを孤立化し
その孤立化した相手から
色々なものを得る
金、女、精神性、土地、財産などなど・・・・
政治はそんな世界でもあります
国際政治でそんな報道を良く伺います
中国が日本の孤立化を図り
国際政治で立ち回っているのがいい例です
もっと身近な例で言えば
小学生くらいの子が
親に欲しいものをねだる時
「みんな持ってるよ」などいいますよね
これも政治的な駆け引きです
僕が可愛かったら学校で一人ぼっちになるのを止めてよ
何々を買ってくれれば僕は一人にならないで済むんだってね
可愛いもんです(家計によりますが・・・・)
大人になると役割があって
孤独でもやらないとみんなが困るということがあることを
どっかの政治家も小学生もそのうちわかるでしょう
天命かどうかは別として
社会とは役割を担うもので
損だ得だの言ってられない世界があることを
成長していくと気づくでしょう
なかには自分の命を犠牲にしないと
多くの命が助からない場面に立つ人も
そのときみなさんはどうしますか
あなたの幸せが叶わないと知ると
その他大勢のように何もしませんか
自分の命が犠牲にすればその他大勢が助かるのに・・・
この時、自分は損してある集団は得をするというのでしょうか
損とか得で済む話なのでしょうか
そもそも何のために生きているのかという問題ではないでしょうか
自分さえ良ければ良いという生き方
そういう人生でそもそも社会が良くなるのでしょうか
「犠牲」普段はそんな尊いことをしなくて済むかもしれません
そんな大げさな場面は現代ではほとんどないでしょう
しかし社会で自分の得ばかりを追求したら
みんながそれをしだしたら
みんな争うことばかりで誰も協力せず
家族を育むことも
子供を育てることもままならないはずです
だって与えることを誰もしないのですから
奪うことしかしなければそうなります
誰かが自分が得る最大の喜びを我慢し
他の人に与えなければ
他の人にも喜びを分けなければ
人々が協力することは難しいでしょう
それぞれが自分の得る喜びを他の人に分けることで
喜びが大きくなることは難しくないでしょう
なにも食べ物に困っている時だけの話ではなく
生活全般にわたる喜びをちょっと分けるだけでいいのです
自分の命を投げ出して犠牲になれと言っているのではないのです
余裕があればちょっと分けるだけの気持ちでずいぶん世界は変わるはずです
関係がお互い得する関係、協力する関係になり
相乗効果を生む関係になるかもしれません
社会システムがそうなるかもしれません
政治による徳が成せる技かもしれませんが
そんな高度な技術も知識も必要なく
昔からやってきたと思うのですが
関係をデザインしたり
良くしたりする技術は難しいかもしれませんが
理解するだけでも十分だと思います
人間関係に悩んでいる人に
話を聞くだけでも、とことん聞いてあげるだけでも
良くなっていくのかも知れません
(自分で何かに気づくかもしれませんし)
引きこもりも無理やり働かせるのではなく
興味を持つものを提供していくと
そこから広がる世界もあるのかもしれません
インターネットやる人だっているでしょうし
そこから広がる世界はいろいろあると思うのですが
親はなんとかしようとするでしょうか
関係が家族ではどうこうなるものとも思えないんですが
電話で話を聞くカウンセラーはいても
スカイプで話を聞くカウンセラーはどうなんでしょう
親には聞かれたくないことでも
チャットがあるし
信頼関係があればそんなに不都合なこともないはずです
極端な孤立しないで済むと思うのですが
生活保護費がどうのこうのというはなしではなく
犯罪者でもない人の生活水準が
刑務所みたいなのは如何なものかと思うのですが
少なくとも犯罪者でもない人物を罰するような
不幸のままにする社会は大問題です(社会システムとして)
ま、別に人と関われば幸せとは限らないんで
デタラメにこの問題をいじる気はないですが
関係性は受け手側の捉え方次第ではなく
送り手側の問題でもあります
懲らしめようと思えば(損をさせようと)
受け手側はそれを変えようとしたりします
気にしなければいいということでは済まない場合があるのです
精神的、身体的、政治的損害を無視できない場合は
作用に対して作用するでしょう
そうなると損をさせ合う足の引っ張り合いになります
損をさせようとする作用側の
基底となるもの(この場合前提)が常識などが
考えを起こし働きかけるのです
(基底、構造(ロジックによる過程)、機能(嫌がらせ))
これが作用し過去となって
経緯ができ問題の本質がわかるのです
原因ではなく条件が何かわかることで
問題を二度と起こしたくない考えに役に立つのです
(再発防止)
解決にも役立つかもしれませんが
現象を解決するには
基底となるもの(この場合常識や前提、条件など)
構造となるものを変えなければ(考え方や人間関係、経路など)
現象(機能)は発現したままです
皆さんの仕事はどう社会に作用し
どういう成果を出して
どう残ってますか
いいことですか?悪いことですか?
社会とはいかなくても
誰かにとってなら
思い当たることもあるでしょう
人は一人で生きているわけではないのですから
another
前回のブログの記事の内容は
以前にも似たようなことを書いてたと思いますが
気にしないで続きのようなものを書きます
事実なら何度も同じことを書いたら
見飽きる、聞き飽きると思うのですが
このブログの内容は表現なので
何についての表現かと言いますと
主に「システム」についてです
辞書に載ってるような意味を解説するのではなく
システムの荒野を彷徨うとこんな発見があるみたいな
システムという新天地にはこんな発見があるのような
そんなことを表現しているつもりです
だから似た記事があったりしたりするのです
前回は応用でしたが今回も応用の話です
早速ですがある分野で得られた知見を
他の分野に応用することができる事があります
全てに当てはまるのではなく「ある条件」が整うとです
それは一言では難しいです
またまた順を追って説明します
ある分野を研究しているとします
その研究での課題、テーマが
他の分野にも関わっているとします
物理の分野を研究していて生物の分野にも
関わっているという状態です
この場合ただ単に
ある分野の専門用語を言葉の意味として
他の分野に使うといった事ではなく
(不自然では無いですが書きたい事と違います)
それぞれに共通した要素や立場
それぞれを包括した問題設定やテーマが必要なはずです
具体的に言いましょう
物理分野と生物分野に共通するのは化学かもしれません
あるいは構造という視点かもしれません
物理分野と生物分野を包括する課題は
生物種による身体の活動限界かもしれません(自信無いですが)
テーマでは生物種の環境適応性かもしれません(これも自信無いです)
これらの条件に専門性が加わると
応用が俄然しやすくなります
物理の専門性を身につけたら生物の知見は
大して詳しくある必要はありません
勘違いした生物の知見はこの場合どこにも通用しませんが
生物の分野である程度認知されている知見に物理の知見を応用するなら
そこから得られた知見はまたどこかの分野に応用されるかもしれません
学問には「システム」の分野のように
異なる分野を共通した視点で観るという分野がありますので
それはそれで専門なのですが(他にも「構造」という分野があります)
応用される側や応用する側どちらからでも
テーマや課題設定が包括していれば取り組めると思います
ただし足り無い知見は吸収していかなければなりませんが
(専門の分野だろうが応用先の分野だろうがテーマを満たすため
課題を解くために知見が足りなければ協力を得ても補うべきです)
いわゆる横断的な知見とは
このようにして得られるはずです
物理の分野の専門でシステムという横断的な分野に関わる
研究テーマでも課題でも別に問題は無いはずです
そこに理論はまだ無いかもしれませんが
このような作業は実りが大きく
共通した分野での組織においては肩身がせまいですが
異なる分野から揃った組織では相乗効果を出しやすく
チームで機能すれば(組織が扱うテーマなどではなく
テーマにより組織が成り立っていれば、一時的かもしれなくても)
そのチーム固有の成果が出るかもしれません
(同じような人が集まった組織ではでき無い事ができるはず)
このような研究に年齢は関係ないですが
偶然は関わるかもしれません
なんせ人間社会において常に現在は非線形であり
たまたまという要素が大きく関わっているからです(偶有性というらしい)
現時点の人類の文明力では太陽をコントロールできませんが
可能性によっては太陽系の惑星の軌道を管理することだって
できるかもしれません
その場合太陽系の将来は始まりから最後まで決まっている線形ではなく
人間社会が影響する非線形になっていて
人間の責任にもなるので言い訳しても
取り返しがつか無いこともあるかもしれません
(すでに地球温暖化でそういう状況になっってます
人間にとっての地球が非常に住みづらくなるのは人間の責任です)
非線形だからいくらでも力の通じる限り世界を変えられるのではなく
取り返しのつか無いことだってあるのです
(このことを知らないと平気で何度でも取り返しのつか無いことをします)
教育で天才を育てられなくても
教育で愚かな行為を何度もさせないということは可能なはず
それを言葉や資料を使って教えることができるはず
人間をコントロールしようとするのではなく
理解させることができるはず
(一辺倒ではなくても知恵を使えば何とかなる部分もあると思います)
少なくとも人間全てが取り返しがつか無いことを
何度も選んですることはなくなるはず
管理のしやすさを好めば
均一性を求めると思いますが
(人種の話ではありません個性に近い問題です)
それには何かと我慢が付いてくると思います
同じ地域の人でも違う性格の人はたくさんいます
それはつまり権力を持った人の都合に振り回されている
ということでもあります
権力が機能を制限するのです
管理しやすくするために
公の気持ちからではなく
私の気持ちからそうさせるのです
権力者がそれでは市民が苦労するのはみえみえです
権力を持つものは
私心からくるものを制する力を持って欲しいものです
自らを戒める気持ちがなければ
権力という魅力に飲み込まれるかもしれません
ただの一人の男としたら
権力ほど魅力あるものはないかもしれません
金も女も自由にできるのだから・・・
ちなみに外国の制度や流行などを
日本に適応しようとするのも一つの応用ですが
これまでのその動きはあまり実りがないですね
そのまま適応していては無理があるようで
日本の状況にちゃんと合わせ無いと難しいのでしょうか
日本を知らなければ導入は難しいのでしょうね
方法や手段は目的などに合わせて
改良できるのでそれをすべきなんでようね
以前にも似たようなことを書いてたと思いますが
気にしないで続きのようなものを書きます
事実なら何度も同じことを書いたら
見飽きる、聞き飽きると思うのですが
このブログの内容は表現なので
何についての表現かと言いますと
主に「システム」についてです
辞書に載ってるような意味を解説するのではなく
システムの荒野を彷徨うとこんな発見があるみたいな
システムという新天地にはこんな発見があるのような
そんなことを表現しているつもりです
だから似た記事があったりしたりするのです
前回は応用でしたが今回も応用の話です
早速ですがある分野で得られた知見を
他の分野に応用することができる事があります
全てに当てはまるのではなく「ある条件」が整うとです
それは一言では難しいです
またまた順を追って説明します
ある分野を研究しているとします
その研究での課題、テーマが
他の分野にも関わっているとします
物理の分野を研究していて生物の分野にも
関わっているという状態です
この場合ただ単に
ある分野の専門用語を言葉の意味として
他の分野に使うといった事ではなく
(不自然では無いですが書きたい事と違います)
それぞれに共通した要素や立場
それぞれを包括した問題設定やテーマが必要なはずです
具体的に言いましょう
物理分野と生物分野に共通するのは化学かもしれません
あるいは構造という視点かもしれません
物理分野と生物分野を包括する課題は
生物種による身体の活動限界かもしれません(自信無いですが)
テーマでは生物種の環境適応性かもしれません(これも自信無いです)
これらの条件に専門性が加わると
応用が俄然しやすくなります
物理の専門性を身につけたら生物の知見は
大して詳しくある必要はありません
勘違いした生物の知見はこの場合どこにも通用しませんが
生物の分野である程度認知されている知見に物理の知見を応用するなら
そこから得られた知見はまたどこかの分野に応用されるかもしれません
学問には「システム」の分野のように
異なる分野を共通した視点で観るという分野がありますので
それはそれで専門なのですが(他にも「構造」という分野があります)
応用される側や応用する側どちらからでも
テーマや課題設定が包括していれば取り組めると思います
ただし足り無い知見は吸収していかなければなりませんが
(専門の分野だろうが応用先の分野だろうがテーマを満たすため
課題を解くために知見が足りなければ協力を得ても補うべきです)
いわゆる横断的な知見とは
このようにして得られるはずです
物理の分野の専門でシステムという横断的な分野に関わる
研究テーマでも課題でも別に問題は無いはずです
そこに理論はまだ無いかもしれませんが
このような作業は実りが大きく
共通した分野での組織においては肩身がせまいですが
異なる分野から揃った組織では相乗効果を出しやすく
チームで機能すれば(組織が扱うテーマなどではなく
テーマにより組織が成り立っていれば、一時的かもしれなくても)
そのチーム固有の成果が出るかもしれません
(同じような人が集まった組織ではでき無い事ができるはず)
このような研究に年齢は関係ないですが
偶然は関わるかもしれません
なんせ人間社会において常に現在は非線形であり
たまたまという要素が大きく関わっているからです(偶有性というらしい)
現時点の人類の文明力では太陽をコントロールできませんが
可能性によっては太陽系の惑星の軌道を管理することだって
できるかもしれません
その場合太陽系の将来は始まりから最後まで決まっている線形ではなく
人間社会が影響する非線形になっていて
人間の責任にもなるので言い訳しても
取り返しがつか無いこともあるかもしれません
(すでに地球温暖化でそういう状況になっってます
人間にとっての地球が非常に住みづらくなるのは人間の責任です)
非線形だからいくらでも力の通じる限り世界を変えられるのではなく
取り返しのつか無いことだってあるのです
(このことを知らないと平気で何度でも取り返しのつか無いことをします)
教育で天才を育てられなくても
教育で愚かな行為を何度もさせないということは可能なはず
それを言葉や資料を使って教えることができるはず
人間をコントロールしようとするのではなく
理解させることができるはず
(一辺倒ではなくても知恵を使えば何とかなる部分もあると思います)
少なくとも人間全てが取り返しがつか無いことを
何度も選んですることはなくなるはず
管理のしやすさを好めば
均一性を求めると思いますが
(人種の話ではありません個性に近い問題です)
それには何かと我慢が付いてくると思います
同じ地域の人でも違う性格の人はたくさんいます
それはつまり権力を持った人の都合に振り回されている
ということでもあります
権力が機能を制限するのです
管理しやすくするために
公の気持ちからではなく
私の気持ちからそうさせるのです
権力者がそれでは市民が苦労するのはみえみえです
権力を持つものは
私心からくるものを制する力を持って欲しいものです
自らを戒める気持ちがなければ
権力という魅力に飲み込まれるかもしれません
ただの一人の男としたら
権力ほど魅力あるものはないかもしれません
金も女も自由にできるのだから・・・
ちなみに外国の制度や流行などを
日本に適応しようとするのも一つの応用ですが
これまでのその動きはあまり実りがないですね
そのまま適応していては無理があるようで
日本の状況にちゃんと合わせ無いと難しいのでしょうか
日本を知らなければ導入は難しいのでしょうね
方法や手段は目的などに合わせて
改良できるのでそれをすべきなんでようね
compose
世の中、基礎の応用がありますが
応用の応用もあるそうで
テレビでの受け売りですが
そうなると
何が基礎かわからなくなりますね
まあ元があると考えているだけで
果てしなく辿っていけるのかもしれないです
たとえ始まりがただの願望でも
途中に誰かの願望が関わっても
応用はできます(SF小説を元に文明を構築できます)
今回のブログはその応用に関することです
ある現象、ある働き、そして社会などは
基底、構造、機能(システム)として
ある働きなどにスポットを当て分析できると書きました
そして機能(システム)をさらに基底として
ある機能として観れるということも
勘のいい人ならここまでわかっていれば
日本経済システムも何かの基底として
成立するのではないかと思うかもしれません
できます
日本経済システムをさらに大規模な
経済システムの一部の要素としてみることができるのです
それがTPPかは知りませんが
順を追って詳しく説明します
まず経済システムの基礎となるインフラ
これを利用して経済活動が活発に行われます
インフラによる物流の活発化が
経済を活発化させるのです
インフラを基底に
会社が交流し(構造)
お金が動き、ある機能を果たして(仕事をして)
それが活発になることで経済が好景気になるのです
ただものやお金が動けばいいのではなく
動くことで機能が(仕事が)役割を果たすことで
顧客の問題を解決することでです
さらにその機能をインフラのように
他の機能に応用できます
OSがアプリケーションの基礎となるように
アプリケーションがネットワークシステムに
利用され大規模システムが構築できるように
昨今、発展途上国のインフラ開発が
頻繁に話題になっていますが
インフラを開発してある一定規模の経済システムが
構築されると今度はそれを応用した仕事が盛んになります
ハードシステムを応用したソフトシステムが
さらにそれを違うシステムが利用するみたいな
多くの人は大規模複雑化したシステムと呼びますが
確かに関わる人は多くなりますが
観方が広がっただけで
基底となるものがあって
構造となるものがあって
機能(システム)となるものがあることに変わりはありません
スポットが広がっただけで構成は変わらないはずです
(場所ではなく、ある現象、ある働きを見るということです)
さてこの応用は昔から非難と対象となりました
権力者からのです
常識と違ったことが度々発言、行動されるからです
時には社会が変わりますが
ほとんどの場合犯罪者などとなって殺されるか
社会から排除されます隔離されます
望遠鏡の発達からそれを利用して常識と違うことを思いついたり
ある文献を元にその考えを違うことなどに当てはめたり
これらは社会に受け入れられる時とそうでない時があり
受け入れられた時は社会が発展し
受け入れられなかった時には社会に変わりはありません
面白いことにその社会システムでは大した影響はなかったことが
他の地域の社会システムには変革を起こしたことなどもあります
そして長い期間を得て影響元に影響を与えることもありました
基底が構造を利用した機能に影響し
さらにその機能が基底となった要素に影響し
影響を与えた機能が変わることもあり得るかもしれません
時系列でみるとそこに(基底となる要素の)連続性を
必ず認められないかもしれませんが
無関係ではないのです
現代のように物流、交通の発達した世界では尚更のことです
貧困という問題の解決のために
インフラを利用して経済成長をし
ある程度部分で貧困が少なくなっても
問題は無くならないはずです
経済問題、社会問題、政治問題などを解決しようと思えば
何かを応用することに躊躇している必要はないはずです
変わること自体に抵抗はあるかもしれませんが
問題の被害者のことを考えれば
自分の都合でその変革を握りつぶすのは
愚かなことです
変革自体にセオリーはないかもしれまぜん
(東大生である必要は無いです学問だろうが何だろうが)
非連続性に法則を見つけにくいかもしれません
しかし問題がある限りこの現象は無くならないでしょう
社会が変わらずにいることは社会問題がそのままということです
ソフトなシステムである「ソフトシステム」とは
ある意味、ある問題を解決した機能と機能の掛け合わせである
システムに対してそう呼ぶのかもしれません
(他にも意見はあるかもしれませんが)
そこでもまた基底、構造、機能(システム)の構図は変わらないはずです
心臓にスポットを当てても
社会との関わりの一つである仕事にスポットを当てても
宇宙の構成でもこれは変わらないと思ってます
何よりもこう観ることによって楽に理解が進むと思うのですが
もっといい分析の仕方があれば
そちらにも興味はありますけどね
ここに書いたことは参考までにです
絶対的なものを書いているわけではありません
気楽に読んでください
では
応用の応用もあるそうで
テレビでの受け売りですが
そうなると
何が基礎かわからなくなりますね
まあ元があると考えているだけで
果てしなく辿っていけるのかもしれないです
たとえ始まりがただの願望でも
途中に誰かの願望が関わっても
応用はできます(SF小説を元に文明を構築できます)
今回のブログはその応用に関することです
ある現象、ある働き、そして社会などは
基底、構造、機能(システム)として
ある働きなどにスポットを当て分析できると書きました
そして機能(システム)をさらに基底として
ある機能として観れるということも
勘のいい人ならここまでわかっていれば
日本経済システムも何かの基底として
成立するのではないかと思うかもしれません
できます
日本経済システムをさらに大規模な
経済システムの一部の要素としてみることができるのです
それがTPPかは知りませんが
順を追って詳しく説明します
まず経済システムの基礎となるインフラ
これを利用して経済活動が活発に行われます
インフラによる物流の活発化が
経済を活発化させるのです
インフラを基底に
会社が交流し(構造)
お金が動き、ある機能を果たして(仕事をして)
それが活発になることで経済が好景気になるのです
ただものやお金が動けばいいのではなく
動くことで機能が(仕事が)役割を果たすことで
顧客の問題を解決することでです
さらにその機能をインフラのように
他の機能に応用できます
OSがアプリケーションの基礎となるように
アプリケーションがネットワークシステムに
利用され大規模システムが構築できるように
昨今、発展途上国のインフラ開発が
頻繁に話題になっていますが
インフラを開発してある一定規模の経済システムが
構築されると今度はそれを応用した仕事が盛んになります
ハードシステムを応用したソフトシステムが
さらにそれを違うシステムが利用するみたいな
多くの人は大規模複雑化したシステムと呼びますが
確かに関わる人は多くなりますが
観方が広がっただけで
基底となるものがあって
構造となるものがあって
機能(システム)となるものがあることに変わりはありません
スポットが広がっただけで構成は変わらないはずです
(場所ではなく、ある現象、ある働きを見るということです)
さてこの応用は昔から非難と対象となりました
権力者からのです
常識と違ったことが度々発言、行動されるからです
時には社会が変わりますが
ほとんどの場合犯罪者などとなって殺されるか
社会から排除されます隔離されます
望遠鏡の発達からそれを利用して常識と違うことを思いついたり
ある文献を元にその考えを違うことなどに当てはめたり
これらは社会に受け入れられる時とそうでない時があり
受け入れられた時は社会が発展し
受け入れられなかった時には社会に変わりはありません
面白いことにその社会システムでは大した影響はなかったことが
他の地域の社会システムには変革を起こしたことなどもあります
そして長い期間を得て影響元に影響を与えることもありました
基底が構造を利用した機能に影響し
さらにその機能が基底となった要素に影響し
影響を与えた機能が変わることもあり得るかもしれません
時系列でみるとそこに(基底となる要素の)連続性を
必ず認められないかもしれませんが
無関係ではないのです
現代のように物流、交通の発達した世界では尚更のことです
貧困という問題の解決のために
インフラを利用して経済成長をし
ある程度部分で貧困が少なくなっても
問題は無くならないはずです
経済問題、社会問題、政治問題などを解決しようと思えば
何かを応用することに躊躇している必要はないはずです
変わること自体に抵抗はあるかもしれませんが
問題の被害者のことを考えれば
自分の都合でその変革を握りつぶすのは
愚かなことです
変革自体にセオリーはないかもしれまぜん
(東大生である必要は無いです学問だろうが何だろうが)
非連続性に法則を見つけにくいかもしれません
しかし問題がある限りこの現象は無くならないでしょう
社会が変わらずにいることは社会問題がそのままということです
ソフトなシステムである「ソフトシステム」とは
ある意味、ある問題を解決した機能と機能の掛け合わせである
システムに対してそう呼ぶのかもしれません
(他にも意見はあるかもしれませんが)
そこでもまた基底、構造、機能(システム)の構図は変わらないはずです
心臓にスポットを当てても
社会との関わりの一つである仕事にスポットを当てても
宇宙の構成でもこれは変わらないと思ってます
何よりもこう観ることによって楽に理解が進むと思うのですが
もっといい分析の仕方があれば
そちらにも興味はありますけどね
ここに書いたことは参考までにです
絶対的なものを書いているわけではありません
気楽に読んでください
では