mirror
被害者にしかわからないものがあると思います
気持ち良いうか考えというか
立場になってみないとわからないものが
責任という立場のものにもあると思います
何かをやってみるにも
見て聞いただけで無く
やってみないとわからないものがあると思います
昔の人類は
獲物を獲った者が
あるいは穫った者の政治的協力者が
食料にありつけ
繁殖に優位に立ったのでしょう
(メスに食料をあげると交尾の確率が上がるとか)
チンパンジーやゴリラの社会では
力に従い何かを得るには手段は暴力だとか
(たまに蟻を食べるのに道具を使うかもしれませんが)
人間は社会の生き残りのため協力関係を発達させた結果
ルールを運用し良心を持つことになったそうです
チンパンジーよりも高度かもしれません(もしかしたらですが)
もちろんチンパンジー達にはわからないかもしれませんが
人を助けたい気持ちがある人は
人を助けます
人を助ける気持ちが無い人は
人を助けません
当たり前ですよね社会常識としてでは無く
純粋に人に当てはめてみてです
お金をたくさん集めたい人で
人を利用しても良いという人は
人を利用してお金を集めようとします
お金をたくさん集めたい人で
困っている人の助けになりたい人は
お金をたくさん集めても
困った人を助けようとするでしょう
集めたお金をそのために使うかどうかは別として
なぜならこの場合お金を集めながらでも
困った人を助けられるからです
困った人に対する仕事をして
困った人を困らせない程度で
仕事を続けられる程度のお金を得つつ
お金をたくさん集めることは不可能では無いからです
(例えば困っている人の仕事の利益を増やすための仕事など)
ただし気持ちさえあれば何でもできるわけではありません
人間としての限界
能力としての限界
条件としての制限などがあるはずです
そしてこれらはすべての人間に共通して平等ではありません
「あいつができて俺にできないわけじゃ無い」
それは半分正解で半分勘違いです
誰もが努力すればできることと
誰もが努力してもできないことがあるからです
素質とやらですかね
すべての人間を目的に当てはめて
目的に沿わない人間を排除しなければ
人間の可能性は排除しない人間の数だけあるかもしれません
ある社会で排除してきたタイプの人間が
ある社会では排除されなければその社会では
そのタイプの発展があり仕事がなされるはずです
善だろうが悪だろうが
例えば良心を発展させた社会では
良心を食い物にしてきた社会の人間に
社会全体が食い物にされるのは不思議ではありません
おそらく仕方が無いと言い聞かせられるでしょう
あるいは時代の流れだからだとかいうかもしれません
それはやがて仕事に現れます
良心や優しさ、自制心などは
私欲を肥やす人々の糧になります
そしてやがて社会が私欲を肥やすようになり
それまで社会を発展させた良心などに
誰も従わなくなり先人が解決したはずの問題に
もう一度その社会は向き合わなければなりません
もちろんそれができるタイプがその社会に残っていないと
その社会は衰退という形をとるでしょう
(その土地ならではの事情など問題を先人達がいろいろ残しています。
文献や言い伝えだけで無く遺伝子プールという意味でも)
大金を得て便利に暮らして豪華なものを食べて
困ったことにいつまでも困っているのです
そうなった社会で私欲を満たすことだけで無く
問題に取り組もうというタイプが現れるまでずーっとです
誰もそういう仕事をしようとしません
社会として取り組めなくなっているのです
ある問題を生んだレベル(視座)で
その問題を解決できないそうです
(アインシュタインが言ってたのかな)
誰もが私欲を肥やしていては
そこから出た問題は誰かが利他的になることでしか
解決できません
手段はいろいろあります
相手を痛めつけ譲歩させ
どっちかの私欲に従わせることや
(チンパンジーでも人類でもよくあります)
弁証法的に第三者的な視座から
私欲だらけの中から共通の利益を導くとか
(チンパンジーには難しいかな?)
その社会共通の権威に従わせること
(チンパンジーも人間もよくやります)
立場が不利になった者や自分の利得を満たすためにも
上に挙げた解決策が利用されることもあります
高次なものはそれより下位なものに応用できますが
下位なものが高次に通じることはありません
点は線を含みませんが
線は点を含むことができます
(点と点を繋げることができることによってで
線の中に点があると表現できたりという意味で捉えてください)
問題を解決する手段は
それらを解決しようとするレベルに
経験や知見、能力、条件がととなわないと
おそらくですが無理でしょう
ギリシャ時代に相対性理論は完成しないのです
時代だけで無く
小学生で相対性理論を理解できるには
特殊な条件が必要なはずです
どんな小学生にも理解できる教育方法は多分無いと思います
(未来はわかりませんが)
このことから自分のレベルからでしか問題を認識できません
その社会が女性を性奴隷のように利用していれば
他の国もそうだとしか思えません
相手を非難していても自分のレベルで考えているだけなのです
私欲にまみれて物事を考えれば
相手をそのように決めつけます
良心などをバカや狂ってるとか弱いものなどと決めつけて
付け込むことしかできません
あるいは相手の良心を受けて自分は有能だからだとか
神に選ばれたのだとか思い込むかもしれません
もしかしたら自分のした悪いことを押し付けるかもしれません
人類にはそういった歴史があります
西洋が学問を応用した知見で他の国より優位に立って
自分たちの都合に平和だった世界をかき回していた時に
有色人種の国である日本が台頭すると
国力が対等になる前に戦争に追い込み
自分たちが始めた平和への罪を日本に押し付け
裁判でさばき白人社会の私欲に従わせた結果
地震や津波が起きる国でありながら
原発を乱立させ事故が起こると
日本危機管理を責め立て
自分たちだけは逃げる算段を踏んだり
植民地支配に対抗する必要がなくなったアジアでは
日本がとった手段に非難が及び
それぞれで国益だけを求め
白人社会に搾取されてきたことは
別に困らなかったかのように
日本が頼んでも無いことを勝手にしたかのように
自分の利益のみを考え日本から得をしようと考えています
(一部のアジアかもしれませんが)
搾取される心配がなくなったら
理由をこねて搾取する側になるんですかね
チベットやウイグル自治区にしてる策略を
日本に当てはめてうまく西洋の非難を交わしてるつもりかもしれませんが
アジアでインフラが普及して経済が発展すれば
それぞれの国の国力が増して国益の衝突が起きれば
日本が抱える問題を抱えないという保証はどこにもありません
私のブログに共感する人はいても
非難ばかり歴史の認識も世界と違うと思うかもしれません
私が非難しているのは昔の社会問題を繰り返さないため
今の社会問題を続けないためです
もしかしたら私が非難している社会の中にも
似たようなことを考えているかもしれません
しかし私がニュースを見る限り
問題を認識している人でも
どう解決したらよいか手探りのように感じます
実は私自身もぼんやりとしかわかりません
そのぼんやりとしたものとは
・不正者と逸脱者の分別が必要
・問題を抱えている社会がその問題を生むのに関わっている
(非難しているはずの行為には自分の常識などが関わってる)
・太古から人類について回ったエゴという誰もに備わっているものと社会
・システムに関する知見がこれらを取り扱える
・宗教も無視できない(知恵を問題解決のアイデアに生かせる)
こんなところでしょうか
システムという知見は戦前になかったので
昔とは違う方法で社会問題にアプローチできます
昔の人が野蛮だったからでは無く
当時は当時の最先端がありました
当然システム理論の始祖であるフォン・ベルタランフィが
死ななかったことが重要だと思います
(戦争でも逸脱者としても健康としてもね)
彼がいなかったらここまでの発展はなかったかもしれません
職には苦労したそうですが・・・
世界を見てみたら相手の良心につけ込んできた人たちの仕事は
まるで社会を貶めるようではないか
彼らの仕事で何もよくなっていない!この社会は。
しかしそうではない人たちの仕事によって
私は昔の人と違った仕事ができる
少なくともよくしようとしているつもりです。この社会を。
気持ち良いうか考えというか
立場になってみないとわからないものが
責任という立場のものにもあると思います
何かをやってみるにも
見て聞いただけで無く
やってみないとわからないものがあると思います
昔の人類は
獲物を獲った者が
あるいは穫った者の政治的協力者が
食料にありつけ
繁殖に優位に立ったのでしょう
(メスに食料をあげると交尾の確率が上がるとか)
チンパンジーやゴリラの社会では
力に従い何かを得るには手段は暴力だとか
(たまに蟻を食べるのに道具を使うかもしれませんが)
人間は社会の生き残りのため協力関係を発達させた結果
ルールを運用し良心を持つことになったそうです
チンパンジーよりも高度かもしれません(もしかしたらですが)
もちろんチンパンジー達にはわからないかもしれませんが
人を助けたい気持ちがある人は
人を助けます
人を助ける気持ちが無い人は
人を助けません
当たり前ですよね社会常識としてでは無く
純粋に人に当てはめてみてです
お金をたくさん集めたい人で
人を利用しても良いという人は
人を利用してお金を集めようとします
お金をたくさん集めたい人で
困っている人の助けになりたい人は
お金をたくさん集めても
困った人を助けようとするでしょう
集めたお金をそのために使うかどうかは別として
なぜならこの場合お金を集めながらでも
困った人を助けられるからです
困った人に対する仕事をして
困った人を困らせない程度で
仕事を続けられる程度のお金を得つつ
お金をたくさん集めることは不可能では無いからです
(例えば困っている人の仕事の利益を増やすための仕事など)
ただし気持ちさえあれば何でもできるわけではありません
人間としての限界
能力としての限界
条件としての制限などがあるはずです
そしてこれらはすべての人間に共通して平等ではありません
「あいつができて俺にできないわけじゃ無い」
それは半分正解で半分勘違いです
誰もが努力すればできることと
誰もが努力してもできないことがあるからです
素質とやらですかね
すべての人間を目的に当てはめて
目的に沿わない人間を排除しなければ
人間の可能性は排除しない人間の数だけあるかもしれません
ある社会で排除してきたタイプの人間が
ある社会では排除されなければその社会では
そのタイプの発展があり仕事がなされるはずです
善だろうが悪だろうが
例えば良心を発展させた社会では
良心を食い物にしてきた社会の人間に
社会全体が食い物にされるのは不思議ではありません
おそらく仕方が無いと言い聞かせられるでしょう
あるいは時代の流れだからだとかいうかもしれません
それはやがて仕事に現れます
良心や優しさ、自制心などは
私欲を肥やす人々の糧になります
そしてやがて社会が私欲を肥やすようになり
それまで社会を発展させた良心などに
誰も従わなくなり先人が解決したはずの問題に
もう一度その社会は向き合わなければなりません
もちろんそれができるタイプがその社会に残っていないと
その社会は衰退という形をとるでしょう
(その土地ならではの事情など問題を先人達がいろいろ残しています。
文献や言い伝えだけで無く遺伝子プールという意味でも)
大金を得て便利に暮らして豪華なものを食べて
困ったことにいつまでも困っているのです
そうなった社会で私欲を満たすことだけで無く
問題に取り組もうというタイプが現れるまでずーっとです
誰もそういう仕事をしようとしません
社会として取り組めなくなっているのです
ある問題を生んだレベル(視座)で
その問題を解決できないそうです
(アインシュタインが言ってたのかな)
誰もが私欲を肥やしていては
そこから出た問題は誰かが利他的になることでしか
解決できません
手段はいろいろあります
相手を痛めつけ譲歩させ
どっちかの私欲に従わせることや
(チンパンジーでも人類でもよくあります)
弁証法的に第三者的な視座から
私欲だらけの中から共通の利益を導くとか
(チンパンジーには難しいかな?)
その社会共通の権威に従わせること
(チンパンジーも人間もよくやります)
立場が不利になった者や自分の利得を満たすためにも
上に挙げた解決策が利用されることもあります
高次なものはそれより下位なものに応用できますが
下位なものが高次に通じることはありません
点は線を含みませんが
線は点を含むことができます
(点と点を繋げることができることによってで
線の中に点があると表現できたりという意味で捉えてください)
問題を解決する手段は
それらを解決しようとするレベルに
経験や知見、能力、条件がととなわないと
おそらくですが無理でしょう
ギリシャ時代に相対性理論は完成しないのです
時代だけで無く
小学生で相対性理論を理解できるには
特殊な条件が必要なはずです
どんな小学生にも理解できる教育方法は多分無いと思います
(未来はわかりませんが)
このことから自分のレベルからでしか問題を認識できません
その社会が女性を性奴隷のように利用していれば
他の国もそうだとしか思えません
相手を非難していても自分のレベルで考えているだけなのです
私欲にまみれて物事を考えれば
相手をそのように決めつけます
良心などをバカや狂ってるとか弱いものなどと決めつけて
付け込むことしかできません
あるいは相手の良心を受けて自分は有能だからだとか
神に選ばれたのだとか思い込むかもしれません
もしかしたら自分のした悪いことを押し付けるかもしれません
人類にはそういった歴史があります
西洋が学問を応用した知見で他の国より優位に立って
自分たちの都合に平和だった世界をかき回していた時に
有色人種の国である日本が台頭すると
国力が対等になる前に戦争に追い込み
自分たちが始めた平和への罪を日本に押し付け
裁判でさばき白人社会の私欲に従わせた結果
地震や津波が起きる国でありながら
原発を乱立させ事故が起こると
日本危機管理を責め立て
自分たちだけは逃げる算段を踏んだり
植民地支配に対抗する必要がなくなったアジアでは
日本がとった手段に非難が及び
それぞれで国益だけを求め
白人社会に搾取されてきたことは
別に困らなかったかのように
日本が頼んでも無いことを勝手にしたかのように
自分の利益のみを考え日本から得をしようと考えています
(一部のアジアかもしれませんが)
搾取される心配がなくなったら
理由をこねて搾取する側になるんですかね
チベットやウイグル自治区にしてる策略を
日本に当てはめてうまく西洋の非難を交わしてるつもりかもしれませんが
アジアでインフラが普及して経済が発展すれば
それぞれの国の国力が増して国益の衝突が起きれば
日本が抱える問題を抱えないという保証はどこにもありません
私のブログに共感する人はいても
非難ばかり歴史の認識も世界と違うと思うかもしれません
私が非難しているのは昔の社会問題を繰り返さないため
今の社会問題を続けないためです
もしかしたら私が非難している社会の中にも
似たようなことを考えているかもしれません
しかし私がニュースを見る限り
問題を認識している人でも
どう解決したらよいか手探りのように感じます
実は私自身もぼんやりとしかわかりません
そのぼんやりとしたものとは
・不正者と逸脱者の分別が必要
・問題を抱えている社会がその問題を生むのに関わっている
(非難しているはずの行為には自分の常識などが関わってる)
・太古から人類について回ったエゴという誰もに備わっているものと社会
・システムに関する知見がこれらを取り扱える
・宗教も無視できない(知恵を問題解決のアイデアに生かせる)
こんなところでしょうか
システムという知見は戦前になかったので
昔とは違う方法で社会問題にアプローチできます
昔の人が野蛮だったからでは無く
当時は当時の最先端がありました
当然システム理論の始祖であるフォン・ベルタランフィが
死ななかったことが重要だと思います
(戦争でも逸脱者としても健康としてもね)
彼がいなかったらここまでの発展はなかったかもしれません
職には苦労したそうですが・・・
世界を見てみたら相手の良心につけ込んできた人たちの仕事は
まるで社会を貶めるようではないか
彼らの仕事で何もよくなっていない!この社会は。
しかしそうではない人たちの仕事によって
私は昔の人と違った仕事ができる
少なくともよくしようとしているつもりです。この社会を。
conscience
現代社会で問題になっていること
テロ、環境問題、貧富の格差
一部で起きる宗教問題これらはまだ解決されてません
ちょっと前に顕在化し
宗教問題以外は新し目の問題かもしれません人類にとっては
・・・・
さてなんでこんな問題が出てきたか
私なりに分析してみます
ルネサンス以前の社会は
戦争で圧倒的優位に立つことは
戦士の数によって左右されてきたはず
戦争で使う道具はあまり大差なく
戦略がモノを言う時もあったはず
どの社会システムも大きな違いは無かったでしょう
ところがルネサンスが起きると
それまでそれぞれの社会が許さなかった
殺してきた逸脱者が現れるようになりました
ルネサンス前は金、女、地位にかんするズルをするのが
逸脱者と決まっていましたが
ルネサンスが起きると
金、女、地位以外の常識と違うことを考える逸脱者が
新しいタイプの逸脱者が現れてきました
正確にはギリシア時代に現れていた逸脱者が復活したのです
イスラム社会から手に入れた当時の石版によりですが
当然逸脱者は裁かれます
いろんな科学の貢献者がこの時から罰を受けてきました
逸脱者を罰するのは
古来人間社会の名残です
食料を分け合うのにもズルがあると社会構成員全員が怒ります
女関係でも実力が無い者が実力者の意中の女と結ばれることは
実力者の怒りを買います
「モラルの起源(クロストファー・ボーム)」という本で
こういう昔の社会をチンパンジーやゴリラから推測した知見が載ってました
該当社会システムの常識と違う常識を持つ個体は
だいたい敵であり食料や女を盗むものでした攻撃の対象です
その名残だと思うのですが
逸脱者は集団から攻撃の対象にされ
逸脱者の純粋な仕事(学問の探求)は
集団に利用され集団のものとなり
その積み重ねで該当である西洋社会は他の社会より発展しました
東洋よりも中東よりもアフリカよりも南米よりもです
学問の知見や発想は軍事などにも利用できたからです
そうして逸脱者の貢献、犠牲により発展した社会は
他の社会システムより優位に立ち
西洋社会の都合の良いように社会を変えられてきました
アフリカ、南米、アジア
中東は昔から干渉されてきたわけでなく
第二次世界大戦後、石油の関係で利権を牛耳られた程度でしたが
日本を西洋社会が問題視した以降
つまり日本を国際社会(白人社会)の逸脱者と捉えて以降
封じ込めるために国際関係を使い追い込んでいき
アジアの諸国を含めてあの戦争を裁くことで
今まで抑えてきました(国として西洋に従属するよう強いてきました)
西洋の支配に立ち向かおうとしたアジアの人々は
日本に学んだあと日本を裁く側に立ち
日本を孤立させ金や政治的譲歩を求めてきて
多くの利益を得てきました
逸脱者を罰しその財産を没収するといった感じです
しかしこの日本の西洋にとっての逸脱行為は
アジアの一方的な植民地化を防ぐには無くてはならず
西洋による他社会の植民地化は教育などせず
労働や性、資源を搾取するもので
日本以外対抗する術はもってなかったはず(タイはセーフだったけ?)
これらの延長戦に現代国際社会があって
西洋に従わない社会を罰してきましたが
それは西洋にとって都合の悪いことだけで
西洋にとって都合の良いことは問題として扱われてません
テロが起きた9.11の本当の被害者は
アメリカ国民では無く
アメリカの不正に従わされていた人々です
アメリカが当然として得てる利益を生んだ人々が
不当に扱われていることです
アメリカが裕福な暮らしをするために
安い労働力で貧困を強いられている人々です
逸脱者を罰することと
不正を罰することは別です現代では。
不正をしているのは逸脱者ではなく
逸脱者を罰している方では無いでしょうか
逸脱者を罰することで実力で手に入らない得をしているのでは無いでしょうか
逸脱者が本来真っ当に手に入れるはずの実力に見合った利得を
未だ人類は学問に関する
新しい問題や新しい発見に関する逸脱者を罰します
世界中の社会システムは未だそうなってます
人類がここまで社会を発展させたヒントに
「良心」というものがあったそうです
昔これを用いるとフリーライダーや敵を利することになり
良いことをする人は損だったそうです
しかし何回かの飢餓を経験していくうちに
人類は食料の手に入れ方
小さな集団で小さい獲物を獲るということから
大きな集団で大きな獲物を獲るという社会になるため
道徳を手にし高次なもの「良心」に昇華していったと言います
(自己の欲求を抑え社会のルールを内化するといった良心を)
そこで今一度現代社会に振り返ります
テロ、環境問題、貧富の格差
これらに良心を適用させてはいかがでしょう
テロは社会が食い物にしている人たちに真っ当な対価と権利を
環境問題には自然への敬意を
貧富の格差には仕事の協力による富の十分な分配を
もちろん一例であって他にも良心を示すやり方はいろいろあると思います
シリア問題には問題の犠牲者のことを考えて
エゴを抑えるべきです
ルネサンス以降エゴの暴走が著しくなっていると思います
現代社会は良心をもって取り組むべきです
相手に求めるのでは無く
問題解決を取り組む人は自己欲求を控えるべきなのです
これが現代社会の問題に取り組む高次な視点であり
良心抜きに結果を出すことは難しいでしょう
常任理事国ならなおさらエゴを抑えるべきです
国連は良心をもって事態に取り組むべきです
詭弁を持って自分の欲求を仕事に織り込むべきではありません
といってもサイコパスなどには生まれ持ってのものもあるらしいので
誰もが良心を持てるわけでは無く
弱肉強食の社会に良心をもつことは愚かでもあります
しかし現代、求められているのは良心だと思います
技術や方程式などでは無く良心だと
今の国際社会のままでは間違いなく良心は食い物にされるでしょう
得をしたい政治家がどんどん付け入るでしょう
理由をつけて謝罪させたり、賠償を求めたり
政治的譲歩を求めるでしょう
求めるものに欲しがるものにコストがかからないからです
しかし問題の被害者に対する責任は
良心をもって問題に取り組んだ者では無く
エゴにとらわれて解決の足を引っ張った者にあるのです
良心を持つ者に譲歩させても
問題の被害者に責任を果たさなければなりません
国際社会は当然追求すべきですどこまでもいつまでも
ビジネスでもそうです
誰かが全体のことを考えまえれば
誰もがゼロサムゲームをして
経済が発展しません
誰かが明かりをつけなければ
みんなが暗くて困るのです
誰がしてもいいですが
その行為を問題視する人がいます
でも明かりをつけた人は
不正な者では無いでしょう
逸脱者かもしれませんが
あなたは傷ついても悪い気はしないはず
後悔することは無いでしょう
あなた自身のことで取り返しがつかなくても
それが人類の歴史です
いわゆる「地の塩、世の光」ですね
テロ、環境問題、貧富の格差
一部で起きる宗教問題これらはまだ解決されてません
ちょっと前に顕在化し
宗教問題以外は新し目の問題かもしれません人類にとっては
・・・・
さてなんでこんな問題が出てきたか
私なりに分析してみます
ルネサンス以前の社会は
戦争で圧倒的優位に立つことは
戦士の数によって左右されてきたはず
戦争で使う道具はあまり大差なく
戦略がモノを言う時もあったはず
どの社会システムも大きな違いは無かったでしょう
ところがルネサンスが起きると
それまでそれぞれの社会が許さなかった
殺してきた逸脱者が現れるようになりました
ルネサンス前は金、女、地位にかんするズルをするのが
逸脱者と決まっていましたが
ルネサンスが起きると
金、女、地位以外の常識と違うことを考える逸脱者が
新しいタイプの逸脱者が現れてきました
正確にはギリシア時代に現れていた逸脱者が復活したのです
イスラム社会から手に入れた当時の石版によりですが
当然逸脱者は裁かれます
いろんな科学の貢献者がこの時から罰を受けてきました
逸脱者を罰するのは
古来人間社会の名残です
食料を分け合うのにもズルがあると社会構成員全員が怒ります
女関係でも実力が無い者が実力者の意中の女と結ばれることは
実力者の怒りを買います
「モラルの起源(クロストファー・ボーム)」という本で
こういう昔の社会をチンパンジーやゴリラから推測した知見が載ってました
該当社会システムの常識と違う常識を持つ個体は
だいたい敵であり食料や女を盗むものでした攻撃の対象です
その名残だと思うのですが
逸脱者は集団から攻撃の対象にされ
逸脱者の純粋な仕事(学問の探求)は
集団に利用され集団のものとなり
その積み重ねで該当である西洋社会は他の社会より発展しました
東洋よりも中東よりもアフリカよりも南米よりもです
学問の知見や発想は軍事などにも利用できたからです
そうして逸脱者の貢献、犠牲により発展した社会は
他の社会システムより優位に立ち
西洋社会の都合の良いように社会を変えられてきました
アフリカ、南米、アジア
中東は昔から干渉されてきたわけでなく
第二次世界大戦後、石油の関係で利権を牛耳られた程度でしたが
日本を西洋社会が問題視した以降
つまり日本を国際社会(白人社会)の逸脱者と捉えて以降
封じ込めるために国際関係を使い追い込んでいき
アジアの諸国を含めてあの戦争を裁くことで
今まで抑えてきました(国として西洋に従属するよう強いてきました)
西洋の支配に立ち向かおうとしたアジアの人々は
日本に学んだあと日本を裁く側に立ち
日本を孤立させ金や政治的譲歩を求めてきて
多くの利益を得てきました
逸脱者を罰しその財産を没収するといった感じです
しかしこの日本の西洋にとっての逸脱行為は
アジアの一方的な植民地化を防ぐには無くてはならず
西洋による他社会の植民地化は教育などせず
労働や性、資源を搾取するもので
日本以外対抗する術はもってなかったはず(タイはセーフだったけ?)
これらの延長戦に現代国際社会があって
西洋に従わない社会を罰してきましたが
それは西洋にとって都合の悪いことだけで
西洋にとって都合の良いことは問題として扱われてません
テロが起きた9.11の本当の被害者は
アメリカ国民では無く
アメリカの不正に従わされていた人々です
アメリカが当然として得てる利益を生んだ人々が
不当に扱われていることです
アメリカが裕福な暮らしをするために
安い労働力で貧困を強いられている人々です
逸脱者を罰することと
不正を罰することは別です現代では。
不正をしているのは逸脱者ではなく
逸脱者を罰している方では無いでしょうか
逸脱者を罰することで実力で手に入らない得をしているのでは無いでしょうか
逸脱者が本来真っ当に手に入れるはずの実力に見合った利得を
未だ人類は学問に関する
新しい問題や新しい発見に関する逸脱者を罰します
世界中の社会システムは未だそうなってます
人類がここまで社会を発展させたヒントに
「良心」というものがあったそうです
昔これを用いるとフリーライダーや敵を利することになり
良いことをする人は損だったそうです
しかし何回かの飢餓を経験していくうちに
人類は食料の手に入れ方
小さな集団で小さい獲物を獲るということから
大きな集団で大きな獲物を獲るという社会になるため
道徳を手にし高次なもの「良心」に昇華していったと言います
(自己の欲求を抑え社会のルールを内化するといった良心を)
そこで今一度現代社会に振り返ります
テロ、環境問題、貧富の格差
これらに良心を適用させてはいかがでしょう
テロは社会が食い物にしている人たちに真っ当な対価と権利を
環境問題には自然への敬意を
貧富の格差には仕事の協力による富の十分な分配を
もちろん一例であって他にも良心を示すやり方はいろいろあると思います
シリア問題には問題の犠牲者のことを考えて
エゴを抑えるべきです
ルネサンス以降エゴの暴走が著しくなっていると思います
現代社会は良心をもって取り組むべきです
相手に求めるのでは無く
問題解決を取り組む人は自己欲求を控えるべきなのです
これが現代社会の問題に取り組む高次な視点であり
良心抜きに結果を出すことは難しいでしょう
常任理事国ならなおさらエゴを抑えるべきです
国連は良心をもって事態に取り組むべきです
詭弁を持って自分の欲求を仕事に織り込むべきではありません
といってもサイコパスなどには生まれ持ってのものもあるらしいので
誰もが良心を持てるわけでは無く
弱肉強食の社会に良心をもつことは愚かでもあります
しかし現代、求められているのは良心だと思います
技術や方程式などでは無く良心だと
今の国際社会のままでは間違いなく良心は食い物にされるでしょう
得をしたい政治家がどんどん付け入るでしょう
理由をつけて謝罪させたり、賠償を求めたり
政治的譲歩を求めるでしょう
求めるものに欲しがるものにコストがかからないからです
しかし問題の被害者に対する責任は
良心をもって問題に取り組んだ者では無く
エゴにとらわれて解決の足を引っ張った者にあるのです
良心を持つ者に譲歩させても
問題の被害者に責任を果たさなければなりません
国際社会は当然追求すべきですどこまでもいつまでも
ビジネスでもそうです
誰かが全体のことを考えまえれば
誰もがゼロサムゲームをして
経済が発展しません
誰かが明かりをつけなければ
みんなが暗くて困るのです
誰がしてもいいですが
その行為を問題視する人がいます
でも明かりをつけた人は
不正な者では無いでしょう
逸脱者かもしれませんが
あなたは傷ついても悪い気はしないはず
後悔することは無いでしょう
あなた自身のことで取り返しがつかなくても
それが人類の歴史です
いわゆる「地の塩、世の光」ですね
only
題名はアメリカ兵士相手の
日本人女性の呼び名ではないですし
パンパンに似た呼び名でもありません
なぜかアメリカに軍隊における
女性関連を日本だけ問題視されているのは
その先にある狙いというものを意識せずにいられませんが
日本の孤立化と服従でしょうね
国際政治ゲーム上こんな面白いカードはないでしょうね
なんせ自分たちを(当時の国際社会の常識上)棚に上げつつ
相手を一方的に避難できるのですから
ズバリ題名は「同じ」ではなく「真似」だという意味で使ってます
特殊な例でも事例がたくさんだと一般になる
確かに認識としてはそうですが
誰かと同じことをしても
それは真似しただけで同じではないです
つまりこの場合の同じとはコピーではなく
性質のはなしです
コロンブスの卵の話をしましょう
コロンブスが卵を立てた後
同じやり方で卵を立てても
コロンブスと同じとは言えないはずです
この場合いいたいことは
前代未聞のことをするということです
前代未聞のことを仕事を同じようにすることが重要で
前代未聞のことや仕事と同じことをすることが重要ではない
ということです
前代未聞の仕事を真似たら
その仕事は真似の仕事です前代未聞の仕事ではないです
昨今の経済社会はやり方を真似るということが確かにあります
良い結果が出せればそれはいいのですが
誰かの代わりではそれは誰かの代わりの仕事で
あなたの仕事ではないかもしれません
きっかけとして足がかりとしては別に構わないと思いますが
人類史上ある時代のある人しかできない仕事は
本当の意味で社会を人類社会を豊かにしないのではないでしょうか
もし人類史上一人しか農耕できなかったら
もし人類史上一人しか科学の研究ができなかったら
もし人類史上一人しか空を飛びたいと思わなかったら
おそらく今の人類の繁栄はなかったでしょう
問題がいまだにあるとしても・・・
現代の経済システムは運用上問題があります
人件費を抑えてビジネスゲームを有利にしようとしているところです
経営は確かに重要ですが
組織運営の役割の一つにすぎません
経営の手となり足となる人材がいなければ
経営能力だけで会社は利益を出せません
経理も社内調整役も営業だって技術者だって必要なはずです
いろいろな役割を請け負って協力して
一人では出せない大きな利益が出るはずなのです
原始的な経済は物々交換だとか以前に書きましたが
(最古の職業、売春婦に貢いで行為したかもしれませんが)
魚だけで賄う人たちが
魚が10取れるところを
魚を3米と交換して(釣り合った取引で交換して)
魚を3肉と交換して
魚を4食べて米も肉も食べれることで
魚を欲しがっている人にも損はないのが経済なはずです
そうしてある程度豊かになってきたはずなのに
現代は会社に協力しても満足いく見返りはなく
不況のせいにしている経営者たちの対面に付き合うどころか
経営者たちは何の不自由もなく暮らせて
従業員の給料は安くされ経営が行き詰まったらリストラされるという
不条理が経済を支えているから
一向に景気が良くならないという
ほとんど無能な経営者の所為で従業員が
苦労しているとしか言いようがありません
高度成長期には経済観念のある経営者はいましたが
その代が去って以降日本は借金経営です
それだけ経営の質が下がったのでしょう
できる人が経営にいないのです
この場合のできる人とは
経済観念があって経営をし
会社が良くなると同時に経済も良くなるという経営です
もちろんアメリカの政治の影響もあると思います
アメリカの政治家たちが日本の資源を
自分たちの手段に利用していることです
安全保障を縦に自立性を奪い
(戦闘機の開発阻止や安保条約など)
主体性をなくした官僚や政治家たちを
自分たちの都合の良い常識に従わせ
アメリカの満足に沿うようにコントロールするというような
憲法を変えようとする動きに激しい抵抗があるのは
アメリカの思惑通りというか
憲法改正したとしても変えた憲法もアメリカの都合の良いように
強いることは朝飯前です
(アメリカのパターが日本の骨の髄までしゃぶります)
アメリカにはそのための常識(基底)があり
日米安保条約という構造があり
日本をアメリカの手段とする政治ゲームが機能するのです
常識というのは日本がパールハーバーを奇襲攻撃したという情報です
ここから論理を組み立てているので
欧米がアジアを植民地化しようとしたこと今の国際問題の
元凶だとしてもこの情報はアメリカや欧米にとって都合が悪いので
スルーされます
日本が日露戦争で勝利するまで
欧米に対して蹂躙され続けるしかなかったことや
(日露戦争後、アジアの人々が日本で学ぶことが盛んになったのかな?)
その当時の国際社会は欧米が正しくて(白人が正しくて)
それ以外は人間として扱われなかったことなど嘘のように
中国は日本を悪者に欧米との関係を構築しようとしています
中国は戦後日本が援助してインフラの知見を教えるまで
どんな状況かもう忘れたのでしょう
日本に受けた傷は忘れないのに
欧米からの傷は無かったのかのようです
ま、欧米が始めたこのゲーム
ルネサンス前の欧米の暗黒社会も
イスラム社会の恩恵で救われたことも
今の欧米のイスラム社会に対する蹂躙も
既に見てきた光景ですね
この世界構造が国際社会繁栄の失敗の元なのは確かなようです
第二次世界大戦後の国際構造は大きな問題です
もちろん変わらなければ今まで通りの常識上と構造を元に
同じ現象が繰り返しますが
ゲームに夢中な政治家は問題解決の足を引っ張ってるガンです
問題解決をしようとすれば変わることは不可避です
常識(基底)構造(関係)が変わらなければ
現象は繰り返しおきます
問題現象の条件が整っていてはおさまることはありません
沖縄の基地問題も解決しようと政府が官僚が本気で思うなら
当時の国際常識を元にしたアメリカの歴史認識、安保条約改定は
避けて通れないと思うのですが
何かを変えようとするとそれを阻止する人が必ずいます
しかもその人たちは問題解決のために変えようとすることを問題とします
おまけに問題自体を共有せず解決されなくても
責任を取らないので社会は良くならないという状態
自己満足で生きてきた人には
私の言っていること自体が問題なんでしょうねー
アメリカにも中国にも問題を共有しない人たちにも都合が悪いですからね
このブログは
って書いたらびっくりします?
日本人女性の呼び名ではないですし
パンパンに似た呼び名でもありません
なぜかアメリカに軍隊における
女性関連を日本だけ問題視されているのは
その先にある狙いというものを意識せずにいられませんが
日本の孤立化と服従でしょうね
国際政治ゲーム上こんな面白いカードはないでしょうね
なんせ自分たちを(当時の国際社会の常識上)棚に上げつつ
相手を一方的に避難できるのですから
ズバリ題名は「同じ」ではなく「真似」だという意味で使ってます
特殊な例でも事例がたくさんだと一般になる
確かに認識としてはそうですが
誰かと同じことをしても
それは真似しただけで同じではないです
つまりこの場合の同じとはコピーではなく
性質のはなしです
コロンブスの卵の話をしましょう
コロンブスが卵を立てた後
同じやり方で卵を立てても
コロンブスと同じとは言えないはずです
この場合いいたいことは
前代未聞のことをするということです
前代未聞のことを仕事を同じようにすることが重要で
前代未聞のことや仕事と同じことをすることが重要ではない
ということです
前代未聞の仕事を真似たら
その仕事は真似の仕事です前代未聞の仕事ではないです
昨今の経済社会はやり方を真似るということが確かにあります
良い結果が出せればそれはいいのですが
誰かの代わりではそれは誰かの代わりの仕事で
あなたの仕事ではないかもしれません
きっかけとして足がかりとしては別に構わないと思いますが
人類史上ある時代のある人しかできない仕事は
本当の意味で社会を人類社会を豊かにしないのではないでしょうか
もし人類史上一人しか農耕できなかったら
もし人類史上一人しか科学の研究ができなかったら
もし人類史上一人しか空を飛びたいと思わなかったら
おそらく今の人類の繁栄はなかったでしょう
問題がいまだにあるとしても・・・
現代の経済システムは運用上問題があります
人件費を抑えてビジネスゲームを有利にしようとしているところです
経営は確かに重要ですが
組織運営の役割の一つにすぎません
経営の手となり足となる人材がいなければ
経営能力だけで会社は利益を出せません
経理も社内調整役も営業だって技術者だって必要なはずです
いろいろな役割を請け負って協力して
一人では出せない大きな利益が出るはずなのです
原始的な経済は物々交換だとか以前に書きましたが
(最古の職業、売春婦に貢いで行為したかもしれませんが)
魚だけで賄う人たちが
魚が10取れるところを
魚を3米と交換して(釣り合った取引で交換して)
魚を3肉と交換して
魚を4食べて米も肉も食べれることで
魚を欲しがっている人にも損はないのが経済なはずです
そうしてある程度豊かになってきたはずなのに
現代は会社に協力しても満足いく見返りはなく
不況のせいにしている経営者たちの対面に付き合うどころか
経営者たちは何の不自由もなく暮らせて
従業員の給料は安くされ経営が行き詰まったらリストラされるという
不条理が経済を支えているから
一向に景気が良くならないという
ほとんど無能な経営者の所為で従業員が
苦労しているとしか言いようがありません
高度成長期には経済観念のある経営者はいましたが
その代が去って以降日本は借金経営です
それだけ経営の質が下がったのでしょう
できる人が経営にいないのです
この場合のできる人とは
経済観念があって経営をし
会社が良くなると同時に経済も良くなるという経営です
もちろんアメリカの政治の影響もあると思います
アメリカの政治家たちが日本の資源を
自分たちの手段に利用していることです
安全保障を縦に自立性を奪い
(戦闘機の開発阻止や安保条約など)
主体性をなくした官僚や政治家たちを
自分たちの都合の良い常識に従わせ
アメリカの満足に沿うようにコントロールするというような
憲法を変えようとする動きに激しい抵抗があるのは
アメリカの思惑通りというか
憲法改正したとしても変えた憲法もアメリカの都合の良いように
強いることは朝飯前です
(アメリカのパターが日本の骨の髄までしゃぶります)
アメリカにはそのための常識(基底)があり
日米安保条約という構造があり
日本をアメリカの手段とする政治ゲームが機能するのです
常識というのは日本がパールハーバーを奇襲攻撃したという情報です
ここから論理を組み立てているので
欧米がアジアを植民地化しようとしたこと今の国際問題の
元凶だとしてもこの情報はアメリカや欧米にとって都合が悪いので
スルーされます
日本が日露戦争で勝利するまで
欧米に対して蹂躙され続けるしかなかったことや
(日露戦争後、アジアの人々が日本で学ぶことが盛んになったのかな?)
その当時の国際社会は欧米が正しくて(白人が正しくて)
それ以外は人間として扱われなかったことなど嘘のように
中国は日本を悪者に欧米との関係を構築しようとしています
中国は戦後日本が援助してインフラの知見を教えるまで
どんな状況かもう忘れたのでしょう
日本に受けた傷は忘れないのに
欧米からの傷は無かったのかのようです
ま、欧米が始めたこのゲーム
ルネサンス前の欧米の暗黒社会も
イスラム社会の恩恵で救われたことも
今の欧米のイスラム社会に対する蹂躙も
既に見てきた光景ですね
この世界構造が国際社会繁栄の失敗の元なのは確かなようです
第二次世界大戦後の国際構造は大きな問題です
もちろん変わらなければ今まで通りの常識上と構造を元に
同じ現象が繰り返しますが
ゲームに夢中な政治家は問題解決の足を引っ張ってるガンです
問題解決をしようとすれば変わることは不可避です
常識(基底)構造(関係)が変わらなければ
現象は繰り返しおきます
問題現象の条件が整っていてはおさまることはありません
沖縄の基地問題も解決しようと政府が官僚が本気で思うなら
当時の国際常識を元にしたアメリカの歴史認識、安保条約改定は
避けて通れないと思うのですが
何かを変えようとするとそれを阻止する人が必ずいます
しかもその人たちは問題解決のために変えようとすることを問題とします
おまけに問題自体を共有せず解決されなくても
責任を取らないので社会は良くならないという状態
自己満足で生きてきた人には
私の言っていること自体が問題なんでしょうねー
アメリカにも中国にも問題を共有しない人たちにも都合が悪いですからね
このブログは
って書いたらびっくりします?