symbiosis
COP21やってますね
このブログを書く前ニュースを見ました
まだ始まったばかりかもしれませんが
インドの先進国の歴史的責任を言及したのは
全くもってその通りだと思います
でも問題は先進国だけに関係している訳ではないこと
誤解を招くような言い方ですね
言い方を変えます
解決にはあらゆる国の協力が必要だということ
特に二酸化炭素の排出国はもれなく。
仮に先進国だけが二酸化炭素の排出量を0にしても
地球温暖化は止まりませんし
(原因は一つではないかもしれません。今起きてる現象は
一つではない要因が生み出してる、条件となっているかもです)
いきなりそんなことに経済システムを転換したら
経済的負荷が大きすぎて世界経済は混乱し
発展途上国の援助はもちろん
経済的関係にヒビが入り
中国までもそのあおりを受けるかもしれません
経済システムの骨組みになってる経済構造は
変わるにしてもそれなりにコストがかかり
時間もかかります
代わりもないのに二酸化炭素を出すからって
発電所や車の移動を禁止したら
経済の血のようなエネルギーや人や物の移動を止めたら
システムはシステムが生み出すはずのお金は無くなります
今はまだ成熟してないインドだって
発展するまでは先進国に問題解決を任せても主張は通りますが
発展するには現状二酸化炭素を多く排出する以上
いずれ取り組まなければいけない問題です
先進国に歴史的責任はあっても
歴史的長さで二酸化炭素の吸収率を鑑みると
地球温暖化の一因に吸収率を超える量の現状もあり
その一因に発展途上国も含まれているとも言えるのです
(一部の国々でも吸収しきれないのに減らしたら
他の国は出してもいいとはならない量をみんなで出してる)
発展途上国は経済発展したければ
再生可能エネルギーの設備の援助を望まないのでしょうか
いくら高効率だとはいえ石炭や火力発電を援助しても
みんなに関わる問題の解決に寄与しないはずです
太陽光パネルと充電設備の援助なら
石炭代も必要ないし大気も土地も川も汚れないと思うのですが
お金を援助しても安い石炭発電所を作ったら
いずれ問題にあたると思うのですが
でもこの考えでは
みんな一緒に一遍に平等には無理です
時間はかかるかもしれませんし
順番もあるかもしれません
性能の差もあるかもしれません
でもデータで分析して排出量が多いとこから順番に取り組めば
それこそAIIBならぬ
再生可能エネルギー投資銀行を発足すれば
先進国だけでなく発展途上国も利用できるかもしれません
できれば車などにも適応して欲しいところですが
飛行機はまだジェット燃料の代わりは無理かもしれません
相手の国を変えようとするより
あらゆる国の関わり合い方を変えることによって
問題が解決することもあるかもしれません
今回は環境問題の話ばかりでしたが
テロの問題も欧米のエゴを押し付けなければ
かなり危険は少なくなるともうのですが
そんな国々の関係ができないものでしょうか
少なくともイスラム社会の現代科学への貢献は
国際的に評価されるべきで
欧米に虐げられるべき社会ではないはずです
何かを生み出すコストに対して評価すべきは評価すべきです
コストを払わない人間や組織がコストを払ったい人間や組織以上に
評価されているのがエゴを肥大化させてる社会の問題だと思います
再生可能エネルギー投資銀行で
一儲けする投資家もいるかもしれませんし
リーマンショックから回復した経済の余剰金を
うまく活用できるかもしれません
ま、名前や効果は私が書いたことに
縛られる必要は全くありませんが
今回の会議でいい方向に合意できれば
本当にいいのですが
国益よりも共益を優先してもらいたいものです
このブログを書く前ニュースを見ました
まだ始まったばかりかもしれませんが
インドの先進国の歴史的責任を言及したのは
全くもってその通りだと思います
でも問題は先進国だけに関係している訳ではないこと
誤解を招くような言い方ですね
言い方を変えます
解決にはあらゆる国の協力が必要だということ
特に二酸化炭素の排出国はもれなく。
仮に先進国だけが二酸化炭素の排出量を0にしても
地球温暖化は止まりませんし
(原因は一つではないかもしれません。今起きてる現象は
一つではない要因が生み出してる、条件となっているかもです)
いきなりそんなことに経済システムを転換したら
経済的負荷が大きすぎて世界経済は混乱し
発展途上国の援助はもちろん
経済的関係にヒビが入り
中国までもそのあおりを受けるかもしれません
経済システムの骨組みになってる経済構造は
変わるにしてもそれなりにコストがかかり
時間もかかります
代わりもないのに二酸化炭素を出すからって
発電所や車の移動を禁止したら
経済の血のようなエネルギーや人や物の移動を止めたら
システムはシステムが生み出すはずのお金は無くなります
今はまだ成熟してないインドだって
発展するまでは先進国に問題解決を任せても主張は通りますが
発展するには現状二酸化炭素を多く排出する以上
いずれ取り組まなければいけない問題です
先進国に歴史的責任はあっても
歴史的長さで二酸化炭素の吸収率を鑑みると
地球温暖化の一因に吸収率を超える量の現状もあり
その一因に発展途上国も含まれているとも言えるのです
(一部の国々でも吸収しきれないのに減らしたら
他の国は出してもいいとはならない量をみんなで出してる)
発展途上国は経済発展したければ
再生可能エネルギーの設備の援助を望まないのでしょうか
いくら高効率だとはいえ石炭や火力発電を援助しても
みんなに関わる問題の解決に寄与しないはずです
太陽光パネルと充電設備の援助なら
石炭代も必要ないし大気も土地も川も汚れないと思うのですが
お金を援助しても安い石炭発電所を作ったら
いずれ問題にあたると思うのですが
でもこの考えでは
みんな一緒に一遍に平等には無理です
時間はかかるかもしれませんし
順番もあるかもしれません
性能の差もあるかもしれません
でもデータで分析して排出量が多いとこから順番に取り組めば
それこそAIIBならぬ
再生可能エネルギー投資銀行を発足すれば
先進国だけでなく発展途上国も利用できるかもしれません
できれば車などにも適応して欲しいところですが
飛行機はまだジェット燃料の代わりは無理かもしれません
相手の国を変えようとするより
あらゆる国の関わり合い方を変えることによって
問題が解決することもあるかもしれません
今回は環境問題の話ばかりでしたが
テロの問題も欧米のエゴを押し付けなければ
かなり危険は少なくなるともうのですが
そんな国々の関係ができないものでしょうか
少なくともイスラム社会の現代科学への貢献は
国際的に評価されるべきで
欧米に虐げられるべき社会ではないはずです
何かを生み出すコストに対して評価すべきは評価すべきです
コストを払わない人間や組織がコストを払ったい人間や組織以上に
評価されているのがエゴを肥大化させてる社会の問題だと思います
再生可能エネルギー投資銀行で
一儲けする投資家もいるかもしれませんし
リーマンショックから回復した経済の余剰金を
うまく活用できるかもしれません
ま、名前や効果は私が書いたことに
縛られる必要は全くありませんが
今回の会議でいい方向に合意できれば
本当にいいのですが
国益よりも共益を優先してもらいたいものです
sequent
演繹、帰納、アブダクション
これらはロジックとして帰結に至る為の手段です
私が思うに
前提があってそれが知識や経験とを結び組み立て
そこからなんらかの帰結があると思います
基底(前提)があって
構造(前提を元に知識や経験を関係させる)があって
機能(意図を含んだ帰結、理由やアイデアなど)となっており
それはこの世の現象やシステム構図と
思考は変わりなく
思考も現象として捉えられます
それは意見が違うとか考え方が違うなど
社会の中で常に確認できます
社会の基底となる常識が違えば
当然意見も違いますし
常識を共有しても
経験や知識が違えば
考え方の違いとなり
意見も多少なり違ってきます
具体的にはスポットの違いとなって
同じ現象でも時間的範囲が違えば
場所的、空間的に同じでも必ず同じ分析結果とは限らず
・江戸時代の日本
・平成の日本
時間的範囲を同じにしても
場所的、空間的に違えば分析結果が違います
・平成の東京
・平成の沖縄
なぜなら世界は
非線形の連続とした線形で構成されており
時間的範囲を同じにしても場所的、空間的違いがあれば
非線形としての違いが表れからです(状態の違い?)
場所的、空間的同じにしても時間範囲が違えば
線形としての違いが表れます(経過の違い?)
もちろん時間的範囲と場所的、空間的違いがなければ
それは唯一しかありませんから
違いもくそもありません
違うとすれば表現の仕方で
コンテキスト的には同じです
地球は宇宙に一つですし地球の歴史は一つですが
同じ地球にいろんな歴史がありますが・・・
(場所的、空間的に違うスポットとして言えば地域の歴史でしょうか)
政治で歴史問題があるのはここに書いてあるのとはちょっと違います
政治家の戦略的都合により願望が織り込まれているからです
何かの前提を元に認識が正しいとか間違っているのだとかは
願望が織り込まれていると分析の違いを受け入れられません
前回のブログで心理的なものを基底に扱うことを難しいと書きましたが
願望や欲望が元で知識や経験が組み合わされているのは
環境を利用しているかもしれないし
人間が元来利己的であり外の社会に対しては
善意や公的な気持ちを持てないのは
原始以来の人間のサガかもしれません
(欲しいから手にしれたいのか?、あるから欲しいのか?
食べたいから食べ物を探すのか、食べ物があるから食べたいのか)
ま、大体の目安として
事実を言っても間違っていると受け入れない側は
願望が入っているからでしょう
現象にスポットを当て基底、構造、機能と観るのは
システムに通じます
システムは二つ以上の機能が合わさって為せる機能の事を呼びます
単純に二つ以上の機能と機能を足した機能ではなく
二つ以上の機能が連携したときに果たせる機能がシステムです(狭義的には)
システムを観るときにも
基底、構造、システムと構成されてます
当然ある社会システムのアウトプットが
よその社会システムのインプットとなって
連鎖していきます、それこそ非線形として
(ある基底を持ったシステムのアウトプットが他のシステムの基底となる
それが構造的にはメインシステムとサブシステムというが
あるシステムのアウトプットが他のシステムを基底となった時
メインとサブの関係が逆転するが、場所的、空間的な構造が
なくても歴史として刺激の関係を利用して時間的に線形になり
時間的な構造としてなんらかの機能になる
例として奴隷と主人は主従関係が逆転できるが
そんな関係を結ばなくても中国で生まれた印刷技術が
西洋で発達し西洋の多くの一般人にも聖書が読めるようになり
宗教革命に影響した。時間を経た関係(構造)を元に機能しているといえる)
歴史を詳しく学んでいないためか
現代の文明にどれだけの関与した社会システム
があるかはいちいちわかりませんが
これから先の文明にどんな社会システムが影響するかも
わかりません
あまり関与してこなかった社会システムが時間的経過し発展を経て
影響してくるかもしれません
それがどの社会システムかは私にはわかりません
でもその社会システムはエゴにまみれていない事は確かだと思います
他の社会システムからの恩恵を得たり
その社会システムの中でのエゴを抑えた人などが必要です
(犠牲、良心、公的、援助など)
現代はまだ国際社会という構造は
軍事力で手に入れた権利を持った国々の調整に影響されてます
これらの国々の常識や国益にそぐわないと悪とされます
しかしこれらの国々の力を支えてる軍事力は
あるいはその軍事力を支えてる文化は常識や国益になってるものは
これらの国々の常識と同じ常識ではありませんし
ましては国益に必ず叶うとは限りません
そして現実としてそれらも国々が文化的恩恵を受けたコミュニティに対して
軍事的圧力や制裁などの政治的しっぺ返しが起こるのです
弁証法的視座、公的などの視座でなく国益などの重視の観点から見れば
文化的フリーライダーコミュニティは増える一方で
国際社会はチンパンジーが作るコミュニティと大差ありません
暴力こそが支配でき行きすぎた暴力こそが非難され排除される事はあっても
暴力に訴えなければコミュニティは守れなく
他のコミュニティの利益のために蹂躙されても
暴力以外に訴える術はありません
逆に暴力に訴えればどんな不条理も条理となるのです
テロリストに何をしても許され
テロリストが何をしても許されないのです
もっとわかりやすく言いましょう
権力を持てば何をしても許され
権力を持たなければ何をしても許されないのです
ある国で市民の意見が認められるのは
ある国がその市民に認めた権利の範囲のみです
人類の知能は欲を満たすために使われ
欲を叶えるのに必要なものは
人類に有害でも未知のものでも代わりがなければ
社会的に排除できず
いつまでも困った問題に困っているのです
欲望を基底とするからです
国際的利益より常任理事国の利益が優先されるからです
テロはこの社会構造の副産物です
テロは常任理事国で構成される社会より
より社会的です
誰かのエゴに従うのではなく
普遍的なものに従い
私心を投げてコミュニティに奉仕します
大国のエゴなど不浄に見えて当然です
それこそ豚みたいに生きてるように見えるでしょう
EUがうまく機能していないのも
エゴが原因でしょう
ギリシア人の実力にふさわしくない生活を享受した結果
そのツケをドイツ人が払うという結果エゴが元になって
全体の不活性化を導いています
日本も団塊世代が実力にふさわしくない生活を享受した結果
借金が莫大になっています
これらの問題に取り組もうとすると
権力を持った年寄りなどに排除されます
(取り組もうとするのがだいたい若者だからです)
排除するもの反対するものは
国の財政問題は自分とは関係ないと思っているらしく
自分がそのために生活を我慢しなければならないと思わない人です
(だいたいこのタイプは悪いのは自分でないと思ってるみたいです)
ここにもエゴが関わってます
借金を請け負って返す世代のことを考えていないのです
自然と自分のことしか考えない人しか社会に残らず
利用された人は使えなくなれば排除され
利用した人たちに排除した人たちに都合の良いように解釈された状態で
言いたい放題言われます
エゴは昔から良い社会とは相容れなく
経済でエゴを満たせば良いというものでもなく
法律も効き目がありません
エゴは良心さえも利用します
神様も欲望を満たすために利用しようとします
人間の脳は個人と全体の利益の調整に使われるようになって
社会を発達させたかもしれませんが(人間の優位性)
まだ社会の集まりとしての全体とその中の個としての社会の利益の調整は
まだできてませんね
言っている意味わかります?
テロと戦うには暴力じゃないんですよ
常識や普通も通じないですし
法律も確かじゃないです
だけど経済にも通じてる部分もあるということです
お金じゃなく活動としての機能の問題です
しかも計算問題でなく誰もが同じ答えでもないのです
テロリストが許せないですか?
テロリストも許せないのですよ
この問題に知的挑戦をすることは
武器を持つより難しい
ん?知的生物なのにいつも暴力に訴えるのは
さすが自称なだけあるね
人間以外が人間を知的生物と呼んだことはないですしね
よっ!天才!私みたいな凡人にはわからないなぁ
何をやっているのか、さっぱりだぁ
戦争に追い込んでも戦争の犠牲者を減らすために
核爆弾は使っていいって?
自分たち以外が使うのは許せないけど?
自分たちが始める戦争は正当でそれ以外は不当?
他の国の戦争をさばいたくせにその後も
自分たちは戦争を繰り返しても正しいって?
自分の都合ばかり相手に押し付けて
結局問題の元凶はそこでエゴが元で
争いを繰り返しているんじゃない?
アメリカの存在自体が国際問題の元凶としか思えない
災いの元はアメリカにあるかと
アメリカが非難することは自分たちのすることを棚に上げているかと
先住民を駆逐して建国した国の常識が
正当を語るなどとよくわかんない
何を根拠に自分たちと違う相手を非難しているのか
その根拠自体が問題を生む原因かと
で、これらかも自分たちのエゴに従わない悪い奴をやっつけて
軍事的に強ければ見て見ぬ振りするのか・・・
ほんと訳わかんない
これらはロジックとして帰結に至る為の手段です
私が思うに
前提があってそれが知識や経験とを結び組み立て
そこからなんらかの帰結があると思います
基底(前提)があって
構造(前提を元に知識や経験を関係させる)があって
機能(意図を含んだ帰結、理由やアイデアなど)となっており
それはこの世の現象やシステム構図と
思考は変わりなく
思考も現象として捉えられます
それは意見が違うとか考え方が違うなど
社会の中で常に確認できます
社会の基底となる常識が違えば
当然意見も違いますし
常識を共有しても
経験や知識が違えば
考え方の違いとなり
意見も多少なり違ってきます
具体的にはスポットの違いとなって
同じ現象でも時間的範囲が違えば
場所的、空間的に同じでも必ず同じ分析結果とは限らず
・江戸時代の日本
・平成の日本
時間的範囲を同じにしても
場所的、空間的に違えば分析結果が違います
・平成の東京
・平成の沖縄
なぜなら世界は
非線形の連続とした線形で構成されており
時間的範囲を同じにしても場所的、空間的違いがあれば
非線形としての違いが表れからです(状態の違い?)
場所的、空間的同じにしても時間範囲が違えば
線形としての違いが表れます(経過の違い?)
もちろん時間的範囲と場所的、空間的違いがなければ
それは唯一しかありませんから
違いもくそもありません
違うとすれば表現の仕方で
コンテキスト的には同じです
地球は宇宙に一つですし地球の歴史は一つですが
同じ地球にいろんな歴史がありますが・・・
(場所的、空間的に違うスポットとして言えば地域の歴史でしょうか)
政治で歴史問題があるのはここに書いてあるのとはちょっと違います
政治家の戦略的都合により願望が織り込まれているからです
何かの前提を元に認識が正しいとか間違っているのだとかは
願望が織り込まれていると分析の違いを受け入れられません
前回のブログで心理的なものを基底に扱うことを難しいと書きましたが
願望や欲望が元で知識や経験が組み合わされているのは
環境を利用しているかもしれないし
人間が元来利己的であり外の社会に対しては
善意や公的な気持ちを持てないのは
原始以来の人間のサガかもしれません
(欲しいから手にしれたいのか?、あるから欲しいのか?
食べたいから食べ物を探すのか、食べ物があるから食べたいのか)
ま、大体の目安として
事実を言っても間違っていると受け入れない側は
願望が入っているからでしょう
現象にスポットを当て基底、構造、機能と観るのは
システムに通じます
システムは二つ以上の機能が合わさって為せる機能の事を呼びます
単純に二つ以上の機能と機能を足した機能ではなく
二つ以上の機能が連携したときに果たせる機能がシステムです(狭義的には)
システムを観るときにも
基底、構造、システムと構成されてます
当然ある社会システムのアウトプットが
よその社会システムのインプットとなって
連鎖していきます、それこそ非線形として
(ある基底を持ったシステムのアウトプットが他のシステムの基底となる
それが構造的にはメインシステムとサブシステムというが
あるシステムのアウトプットが他のシステムを基底となった時
メインとサブの関係が逆転するが、場所的、空間的な構造が
なくても歴史として刺激の関係を利用して時間的に線形になり
時間的な構造としてなんらかの機能になる
例として奴隷と主人は主従関係が逆転できるが
そんな関係を結ばなくても中国で生まれた印刷技術が
西洋で発達し西洋の多くの一般人にも聖書が読めるようになり
宗教革命に影響した。時間を経た関係(構造)を元に機能しているといえる)
歴史を詳しく学んでいないためか
現代の文明にどれだけの関与した社会システム
があるかはいちいちわかりませんが
これから先の文明にどんな社会システムが影響するかも
わかりません
あまり関与してこなかった社会システムが時間的経過し発展を経て
影響してくるかもしれません
それがどの社会システムかは私にはわかりません
でもその社会システムはエゴにまみれていない事は確かだと思います
他の社会システムからの恩恵を得たり
その社会システムの中でのエゴを抑えた人などが必要です
(犠牲、良心、公的、援助など)
現代はまだ国際社会という構造は
軍事力で手に入れた権利を持った国々の調整に影響されてます
これらの国々の常識や国益にそぐわないと悪とされます
しかしこれらの国々の力を支えてる軍事力は
あるいはその軍事力を支えてる文化は常識や国益になってるものは
これらの国々の常識と同じ常識ではありませんし
ましては国益に必ず叶うとは限りません
そして現実としてそれらも国々が文化的恩恵を受けたコミュニティに対して
軍事的圧力や制裁などの政治的しっぺ返しが起こるのです
弁証法的視座、公的などの視座でなく国益などの重視の観点から見れば
文化的フリーライダーコミュニティは増える一方で
国際社会はチンパンジーが作るコミュニティと大差ありません
暴力こそが支配でき行きすぎた暴力こそが非難され排除される事はあっても
暴力に訴えなければコミュニティは守れなく
他のコミュニティの利益のために蹂躙されても
暴力以外に訴える術はありません
逆に暴力に訴えればどんな不条理も条理となるのです
テロリストに何をしても許され
テロリストが何をしても許されないのです
もっとわかりやすく言いましょう
権力を持てば何をしても許され
権力を持たなければ何をしても許されないのです
ある国で市民の意見が認められるのは
ある国がその市民に認めた権利の範囲のみです
人類の知能は欲を満たすために使われ
欲を叶えるのに必要なものは
人類に有害でも未知のものでも代わりがなければ
社会的に排除できず
いつまでも困った問題に困っているのです
欲望を基底とするからです
国際的利益より常任理事国の利益が優先されるからです
テロはこの社会構造の副産物です
テロは常任理事国で構成される社会より
より社会的です
誰かのエゴに従うのではなく
普遍的なものに従い
私心を投げてコミュニティに奉仕します
大国のエゴなど不浄に見えて当然です
それこそ豚みたいに生きてるように見えるでしょう
EUがうまく機能していないのも
エゴが原因でしょう
ギリシア人の実力にふさわしくない生活を享受した結果
そのツケをドイツ人が払うという結果エゴが元になって
全体の不活性化を導いています
日本も団塊世代が実力にふさわしくない生活を享受した結果
借金が莫大になっています
これらの問題に取り組もうとすると
権力を持った年寄りなどに排除されます
(取り組もうとするのがだいたい若者だからです)
排除するもの反対するものは
国の財政問題は自分とは関係ないと思っているらしく
自分がそのために生活を我慢しなければならないと思わない人です
(だいたいこのタイプは悪いのは自分でないと思ってるみたいです)
ここにもエゴが関わってます
借金を請け負って返す世代のことを考えていないのです
自然と自分のことしか考えない人しか社会に残らず
利用された人は使えなくなれば排除され
利用した人たちに排除した人たちに都合の良いように解釈された状態で
言いたい放題言われます
エゴは昔から良い社会とは相容れなく
経済でエゴを満たせば良いというものでもなく
法律も効き目がありません
エゴは良心さえも利用します
神様も欲望を満たすために利用しようとします
人間の脳は個人と全体の利益の調整に使われるようになって
社会を発達させたかもしれませんが(人間の優位性)
まだ社会の集まりとしての全体とその中の個としての社会の利益の調整は
まだできてませんね
言っている意味わかります?
テロと戦うには暴力じゃないんですよ
常識や普通も通じないですし
法律も確かじゃないです
だけど経済にも通じてる部分もあるということです
お金じゃなく活動としての機能の問題です
しかも計算問題でなく誰もが同じ答えでもないのです
テロリストが許せないですか?
テロリストも許せないのですよ
この問題に知的挑戦をすることは
武器を持つより難しい
ん?知的生物なのにいつも暴力に訴えるのは
さすが自称なだけあるね
人間以外が人間を知的生物と呼んだことはないですしね
よっ!天才!私みたいな凡人にはわからないなぁ
何をやっているのか、さっぱりだぁ
戦争に追い込んでも戦争の犠牲者を減らすために
核爆弾は使っていいって?
自分たち以外が使うのは許せないけど?
自分たちが始める戦争は正当でそれ以外は不当?
他の国の戦争をさばいたくせにその後も
自分たちは戦争を繰り返しても正しいって?
自分の都合ばかり相手に押し付けて
結局問題の元凶はそこでエゴが元で
争いを繰り返しているんじゃない?
アメリカの存在自体が国際問題の元凶としか思えない
災いの元はアメリカにあるかと
アメリカが非難することは自分たちのすることを棚に上げているかと
先住民を駆逐して建国した国の常識が
正当を語るなどとよくわかんない
何を根拠に自分たちと違う相手を非難しているのか
その根拠自体が問題を生む原因かと
で、これらかも自分たちのエゴに従わない悪い奴をやっつけて
軍事的に強ければ見て見ぬ振りするのか・・・
ほんと訳わかんない
actor
現象を発現させないには
その構造か基底(条件)を変えるか
無くさないとそれらが整い次第発現します
「雨」という現象を見てみます
海などの水分が蒸発し
水蒸気のようなものが大気に漂います
それらが集まり雨を降らします
雨の基底は水蒸気と水分で
構造は大気と風による地形との関係で
’(大気と風と地形は条件として基底になりません
これらが水蒸気という条件と関わりあう構造になってます)
雨が発現するはずです
おそらくこの基底と構造の内どれかが整わないと
雨は降らないはず
蒸発するような液体もしくは気化する個体が
ないと雨は降らないんじゃないかと思います(基底)
大気がどんな状態でどの地形にどんな風が吹いたかで
水蒸気は雨を降らせたり降らせなかったりするはずです(構造)
雨を降らせたかったらこれらの条件をなるべく整えるようにし
雨を降らせたくなかったらこれらの条件を整えないようにすれば良いのです
(人工降雨は化学薬品で水蒸気を無理やり水蒸気を集めて降らせます
温度差を利用するのもあるらしいけど・・・)
コントロールは難しいかもしれませんが
地震も基底となる条件を調べ構造を調べれば
ある程度大きい地震になんらかの対策準備ができるかもしれません
しかしこの基底(条件)、構造(関係)、発現(機能)も
使い方を間違えると役に立ちません
特に人に関する社会の現象を分析するときなどは気をつけなければいけません
難しいのが心理的な作用です
怒りや悲しみや喜びを基底にすることは難しいでしょう
例えばカッとなって人をぶったとします
この場合のぶつ行為に関する基底は条件は
カッとなってという怒りではなく
相手がもう一方の怒りを呼び起こしたなんらかです
行為かもしれないし
発言かもしれません
気持ちというのは反応のようなものもあるので
基底として扱えないものがあると私は思います
しかし欲求の気持ちは扱えると思います
得したい、馬鹿にされたくない、大金持ちになりたいなどなど
こういう気持ちから社会と関係すると
そのように仕事をしますそういう仕事をするのです
ややこしいですね
もっとややこしいことを言います
気持ちを忘れない言葉というものがありますよね
医者に「このまま太ったままだと死ぬよ」と言われたら
まずいと思い痩せようと努力する人がほとんどだと思います
まずいと思ってるだけだといろんな言い訳を思いついて
結局太ったままかもしれませんが
危機感を思い出す言葉、医者の言葉を何度も思い出し
その度に自分を奮い立たせると痩せるように自分が動くかもせれません
(ダイエット方法ではありません例えばの話です)
そのほかに試合に負けた悔しい気持ちを目標に変えて
目標に向かって努力すると目標を叶えるように動くかもしれません
(悔しい気持ちを忘れずに居られるので奮い立つこともあるでしょう)
志だってそうです
何時ぞやの気持ちから立てた志を忘れなければ
気持ちを忘れても志を果たそうと奮い立つことでしょう
このように心理的なものは仕事に生かせるようなものもあるけど
環境に反応しただけのものかもしれません
なかなか社会現象を考えるとややこしいですね
昨今テロに勝つなど粋がっているようですが
わたしには政治構造の問題だと思えて仕方ないのです
それも国際政治構造の問題かと。
現在の常任理事国などまさに象徴とも言える
構造問題です
テロリストは殺せるかもしれませんが
テロそのものをなくすには
構造を変えなくてはいけません
第二次世界大戦の戦勝国で世界情勢の判断をして行こうなどと
うまくいくはずありません
もともと戦争の火種はヨーロッパがもたらしたものです
ヨーロッパのエゴに従わせる形で軍事力を強いた結果
それに反発する国と争いを繰り返してます
ヨーロッパは。
そしてヨーロッパに負けた国から金を巻きあげ
政治的従属させてヨーロッパの(戦勝国の)エゴを満たしてきています
すべての戦争がそうだったというつもりはありませんが
武力でエゴに従わせ政治的有利に進めるのは
ヨーロッパが始めたけれども
システム理論が隆盛している21世紀に
合わないやり方です
アルカイダのビン・ラディンを殺したのに
まだテロリストに狙われている国々は
イスラム国の構成員全員を殺せば済むとでも思っているのでしょうか
自分たちがテロリストの怒りを生んでる元凶だと思わず
卑劣だとか残忍だとか罪だとか言って
自分たちに都合よく排除しようと考えるなんて
正気ですか?
テロ行為の元凶を探っていったら
自分たちでした!なんてことは嘘でも夢でもないはず
政治家が変わらなければ。
今の政治構造の延長線上に
問題解決はないと思います
個人的には国際構造は文明発展に寄与した国々、コミュニティが
まずメンバーになって
問題を話し合うことが大切です
(イスラム社会(?国?)もインド(パキスタンも?)も知恵を出すべきです
社会に次々現れてくる問題現象は臨機応変に対応すべきです
問題をある決まった枠組みで対応するのではなく
柔軟性を持ち合わせるべきです
問題現象の分析が大変な作業になりますが
問題というのはなんの問題か、どういう問題かなどが
はっきりすればほぼ答えが出ているようなものなのです
政治なら調整が必要でしょうし
その調整に無関係な政治家がエゴを満たそうとすれば
その調整は混乱をきたすでしょうし
関係者を除け者にしても後々問題を残すでしょう
これから経済が重要になってくるのは間違いないでしょうし
経済が問題を生む一方
経済が解決する問題もあるのもまた一理あると思います
しかも経済は地域の特性とも相まって
お金一つとっても共通というものが難しいものです
グローバル化が進む一方
ローカルを無視して発展、安定はないものだとも思います
ローカルの多様化が経済価値を生み
ある意味で広域経済を支えているのです
政治家に知恵があるのなら
このブログに関係のないことをしても
テロ問題は解決できるかもしれません
しかしどの道どこかの地域が経済発展したいとするとき
文明の発展に寄与したコミュニティのヒントなどが
経済を支える知見にも発展させる知見にも必要なはずです
もちろん文明を維持発展させるためにも必要です
知が努力で順調に発展してきたわけじゃないと思いますが
知の始まりが知の歴史の中で頻繁に起き
パラダイムの転換などと言われてきましたが
これからもそういう仕事はあります
ただしこれからはその仕事をする人の
不幸にあぐらをかいてはいけません
十分学んできたはずですから
知の旅を実りあるものに変えるのも貧しくするのも
我々次第です
少なくとも誰かのエゴに従わなきゃならないのだと
それらの仕事どころじゃなくなりますけどね
普通に暮らすのだって難しいかもしれません
怒るのも無理はありません
と思う今日のこのごろです
その構造か基底(条件)を変えるか
無くさないとそれらが整い次第発現します
「雨」という現象を見てみます
海などの水分が蒸発し
水蒸気のようなものが大気に漂います
それらが集まり雨を降らします
雨の基底は水蒸気と水分で
構造は大気と風による地形との関係で
’(大気と風と地形は条件として基底になりません
これらが水蒸気という条件と関わりあう構造になってます)
雨が発現するはずです
おそらくこの基底と構造の内どれかが整わないと
雨は降らないはず
蒸発するような液体もしくは気化する個体が
ないと雨は降らないんじゃないかと思います(基底)
大気がどんな状態でどの地形にどんな風が吹いたかで
水蒸気は雨を降らせたり降らせなかったりするはずです(構造)
雨を降らせたかったらこれらの条件をなるべく整えるようにし
雨を降らせたくなかったらこれらの条件を整えないようにすれば良いのです
(人工降雨は化学薬品で水蒸気を無理やり水蒸気を集めて降らせます
温度差を利用するのもあるらしいけど・・・)
コントロールは難しいかもしれませんが
地震も基底となる条件を調べ構造を調べれば
ある程度大きい地震になんらかの対策準備ができるかもしれません
しかしこの基底(条件)、構造(関係)、発現(機能)も
使い方を間違えると役に立ちません
特に人に関する社会の現象を分析するときなどは気をつけなければいけません
難しいのが心理的な作用です
怒りや悲しみや喜びを基底にすることは難しいでしょう
例えばカッとなって人をぶったとします
この場合のぶつ行為に関する基底は条件は
カッとなってという怒りではなく
相手がもう一方の怒りを呼び起こしたなんらかです
行為かもしれないし
発言かもしれません
気持ちというのは反応のようなものもあるので
基底として扱えないものがあると私は思います
しかし欲求の気持ちは扱えると思います
得したい、馬鹿にされたくない、大金持ちになりたいなどなど
こういう気持ちから社会と関係すると
そのように仕事をしますそういう仕事をするのです
ややこしいですね
もっとややこしいことを言います
気持ちを忘れない言葉というものがありますよね
医者に「このまま太ったままだと死ぬよ」と言われたら
まずいと思い痩せようと努力する人がほとんどだと思います
まずいと思ってるだけだといろんな言い訳を思いついて
結局太ったままかもしれませんが
危機感を思い出す言葉、医者の言葉を何度も思い出し
その度に自分を奮い立たせると痩せるように自分が動くかもせれません
(ダイエット方法ではありません例えばの話です)
そのほかに試合に負けた悔しい気持ちを目標に変えて
目標に向かって努力すると目標を叶えるように動くかもしれません
(悔しい気持ちを忘れずに居られるので奮い立つこともあるでしょう)
志だってそうです
何時ぞやの気持ちから立てた志を忘れなければ
気持ちを忘れても志を果たそうと奮い立つことでしょう
このように心理的なものは仕事に生かせるようなものもあるけど
環境に反応しただけのものかもしれません
なかなか社会現象を考えるとややこしいですね
昨今テロに勝つなど粋がっているようですが
わたしには政治構造の問題だと思えて仕方ないのです
それも国際政治構造の問題かと。
現在の常任理事国などまさに象徴とも言える
構造問題です
テロリストは殺せるかもしれませんが
テロそのものをなくすには
構造を変えなくてはいけません
第二次世界大戦の戦勝国で世界情勢の判断をして行こうなどと
うまくいくはずありません
もともと戦争の火種はヨーロッパがもたらしたものです
ヨーロッパのエゴに従わせる形で軍事力を強いた結果
それに反発する国と争いを繰り返してます
ヨーロッパは。
そしてヨーロッパに負けた国から金を巻きあげ
政治的従属させてヨーロッパの(戦勝国の)エゴを満たしてきています
すべての戦争がそうだったというつもりはありませんが
武力でエゴに従わせ政治的有利に進めるのは
ヨーロッパが始めたけれども
システム理論が隆盛している21世紀に
合わないやり方です
アルカイダのビン・ラディンを殺したのに
まだテロリストに狙われている国々は
イスラム国の構成員全員を殺せば済むとでも思っているのでしょうか
自分たちがテロリストの怒りを生んでる元凶だと思わず
卑劣だとか残忍だとか罪だとか言って
自分たちに都合よく排除しようと考えるなんて
正気ですか?
テロ行為の元凶を探っていったら
自分たちでした!なんてことは嘘でも夢でもないはず
政治家が変わらなければ。
今の政治構造の延長線上に
問題解決はないと思います
個人的には国際構造は文明発展に寄与した国々、コミュニティが
まずメンバーになって
問題を話し合うことが大切です
(イスラム社会(?国?)もインド(パキスタンも?)も知恵を出すべきです
社会に次々現れてくる問題現象は臨機応変に対応すべきです
問題をある決まった枠組みで対応するのではなく
柔軟性を持ち合わせるべきです
問題現象の分析が大変な作業になりますが
問題というのはなんの問題か、どういう問題かなどが
はっきりすればほぼ答えが出ているようなものなのです
政治なら調整が必要でしょうし
その調整に無関係な政治家がエゴを満たそうとすれば
その調整は混乱をきたすでしょうし
関係者を除け者にしても後々問題を残すでしょう
これから経済が重要になってくるのは間違いないでしょうし
経済が問題を生む一方
経済が解決する問題もあるのもまた一理あると思います
しかも経済は地域の特性とも相まって
お金一つとっても共通というものが難しいものです
グローバル化が進む一方
ローカルを無視して発展、安定はないものだとも思います
ローカルの多様化が経済価値を生み
ある意味で広域経済を支えているのです
政治家に知恵があるのなら
このブログに関係のないことをしても
テロ問題は解決できるかもしれません
しかしどの道どこかの地域が経済発展したいとするとき
文明の発展に寄与したコミュニティのヒントなどが
経済を支える知見にも発展させる知見にも必要なはずです
もちろん文明を維持発展させるためにも必要です
知が努力で順調に発展してきたわけじゃないと思いますが
知の始まりが知の歴史の中で頻繁に起き
パラダイムの転換などと言われてきましたが
これからもそういう仕事はあります
ただしこれからはその仕事をする人の
不幸にあぐらをかいてはいけません
十分学んできたはずですから
知の旅を実りあるものに変えるのも貧しくするのも
我々次第です
少なくとも誰かのエゴに従わなきゃならないのだと
それらの仕事どころじゃなくなりますけどね
普通に暮らすのだって難しいかもしれません
怒るのも無理はありません
と思う今日のこのごろです