birth
あいつが悪い俺たちは正しい
敵を倒すためみんなで団結しよう
私は正常あいつは異常
神を信じる信じない
死のうか生きようか
右翼(保守派」)か左翼(改革派)か
これは好きこれは嫌い
戦争の道か和平の道か
これらのことで頭がいっぱいになると
他のことに意識が向かず
中には死ぬまでこのことでいっぱいの人までいます
殺されるにしろ自殺するにしろ
昔から人々はこういう考え方をします
どっちかを自らに問うか誰かから問われ
選択を迫られるのです
二元論と言われてます
宗教対立もこの構造です
内部では内部の対立があるけど
外部との対立では内部対立は一時的に協力したり
時に協力できなかったら分裂して
対立関係は際立つか協力関係になるか
際立つと最終的に相手を滅ぼします
もちろんそれで対立する事がなくなる訳でもなく
また別の対立関係が生まれます
昔の預言者はこの構造を見て
世界が終わる事を示唆したのです
もちろんその間人間は知恵をつけてきました
学問です
学者の中で昔この問題に一つの解決策を出した女性がいました
ヒュパティアです
「違いに着目するのではなく、共通点を探しなさい」
しかし人々は目を覚ましませんでした(彼女を殺してしまったのです)
彼女はこの考えに染まる事は
自殺行為だと知っていたのでしょうか
実際、自殺をしてしまう人は死ぬ事で頭がいっぱいらしいです
二元論は問いの立て方がそうさせるのです
しかしこの二元論何を扱ってるかが重要あのです
つまり具体か抽象か
抽象を具体の様に扱うから結果が正しいとは思えないのです
抽象による違いは抽象化した分あると言えるでしょう
エコシステムで生物の多様性が見られるのは
生物が先祖代々辿って適応してきた環境が
種によって違うからです
もっと言えば同じ様な環境で閉じた島などで違いが出るのは
食べ物によったりや縄張りなどが関与してるでしょう
人間もそうです
同じホモサピエンスでも違いがあるのは
物理的には土地の環境や生活習慣によるものでしょうが
考え方は生まれてから育つ情報(教育や文化など)によって違います
そしてそれはエコシステムの様に
地球を覆い尽くす人間の生活圏の世界で
多様性に満ちています
ヒュパティアの言った探すべき共通点は
共通項だけでなく(内なる共通点)
包括する外の世界つまり環境や全体(外なる共通世界)
とも意味が取れます
(数学で考えればわかりますね、最大公約数や最小公倍数の他、
集合の概念という考え方です)
システムの概念で世界を見たとき
その違いによる二つは外の世界を持っており
その世界はどちらとも違う要素であり
どちらも含む要素なのです
システムの世界では
「全体は部分の総和を超える」のです
話はまだまだ続きます
昨今流行りのイノベーション
これはシステムの世界では創発現象といい
システムが変わる一因となります
それはボトムアップにより起き
トップダウンでは起きません
組織のトップは指示するだけでなく
聞く耳や受け入れる度量がないと
ボトムアップを潰しがちです
企業は儲かるからイノベーションを起こそうとしてます
それではうまくいきません
まずイノベーションは起きないでしょう
目的は世界の問題を解決するためでないと
世界の中の日本の問題を解決できませんし
日本の中の組織の問題を解決できませんし
日本の中の顧客の問題も解決できないのです
いわゆるイノベーションは環境に呼応した
内なる変化(生物進化、ルネサンス、明治維新)なのです
深海で目が機能しない魚も進化してきたのです
(未来の社会で仕事に就くため体を機械化する手術をして
幸せになれますか?自分は健康体のままロボットに仕事させたほうが
幻肢に悩まないし運動を楽しめますよね)
イノベーションを起こすには
システムが受ける環境(世界)による問題解決だけでなく
システムが環境に与えるものが起こす反応によるシステムに対しての問題解決
つまり環境を変えるのではなく自分が変わる事なのです
(世界の問題を解決するために世界を変えるのではなく自分が変わる事)
システムを変えられるのは変わったものです
相手をそうさせるのは自分がした事によるものかもしれないのです
心理学や脳科学者はシステムの概念を利用して研究しているにもかかわらず
システム(脳や心)と環境の関係を無視してるのか
関係の問題を扱えないのか
脳や心の問題を社会の問題やエコシステムの問題としてでなく
個体の現象とします
(統計という手法に欠点があると思うのですが)
そう人間の知がもっと関係性を扱えれば
それには世界をシステムとしてみて
世界の問題はシステムの問題だと認識したら
構造が見えてきます(システムの実態です、人間の臓器や骨や筋肉に相当)
そして社会や健康の問題までもが何かしら繋がって見え
問題の原因は要素でなくその働き方だと気づくのです
そしてその働き方は組み合わせにより変わり
その関係の基である基底を変える事でも
(前提や常識を変えるという意味です)
そう考え方もその一つです
冒頭のほうで二元論を扱いましたが
そしてシステムの話も出てきました
その過程で具体や抽象という言葉がありましたね
具体的なもの道具などは二元論を持ち出すと
十分な情報があると賢いと思われる結論を出せるでしょう
おそらくその判断の材料は機能の違いは目的に影響されるとして
性能や量や値段でしょう
機能は自分だったらと人によって選択は違いますが
性能や量に対しての費用の違いだけなら最適解があるのです
機能とは抽象的なものです
なぜなら数値で表せないからです
スバリ二元論で抽象的なものを扱っても最適解はなく
それを問題とした時点で設定ミスです
正解はエコシステムが表してる通りすみわけです
が、他にも正解があります(抽象的な話だからね)
テクノロジーです働きかけにアプローチする
ソフトなシステムに対するテクノロジーから
物理や情報を利用した道具やIT(それらの融合)のテクノロジーです
パレスチナ人に対する現代のイスラエルの問題も
日本を開戦へと仕向けたルーズベルトの思惑による外交戦略も
ヒトラーによるユダヤ人大量虐殺も
人間の経済活動による地球環境の破壊も
自分の目的や都合のために相手(環境)をその道具として利用する
精神性によるものです
これも二元論に通じる
破局へと事態を導きます
つまり自らが変わらず対象(環境)としたものを
自らのために利用した時
破局へと進むしかないのです
人間をここまで繁栄させた原動力とは
強いからではなく時には犠牲を払い助け合ってきたからです
さらに人口を増やしましょうという話ではなく
人間にとっての問題その究極はサバイバルでしょう
それは環境が都合よければいいという話で終わらず
自らの律する必要があり
環境は脅威ともなりまた環境に頼っているのです
(権力者は敵を利用して政権を磐石なものとします)
精神性は社会に現象として現れます
猿に善意がないのは研究者なら知ってると思いますが
その社会が栄えてるかといえば
栄えるのは人間の生産物を盗むか与えられなきゃ増えません
つまり自分の事だけを考えてるものばかりいる社会は発展しなく
自分たちの事ばかり考えてる世界も発展しないのです
コミュニティーに働きかけた結果が社会として現実となるのです
環境でも世界でも同じです
日本が物質的に豊かになったのは
そうなる様に政治(国際的支援やインフラ構築)やビジネスをやってきたからです
日本がアメリカに意向に従い続けるのは
アメリカがそういう思惑で働きかけ抵抗できなかったからです
(その国の軍事を削げばその国の政治はコントロールできます
そして思い通りに法律を変え安全保障を考える誰もがアメリカからの
自立は選ばないでしょう、あとは隠れて搾取し放題です、マスコミも批判しません)
アメリカが日本に変わる様働きかけても
アメリカが変わらなければ日本は変われません(国際的にも国内的にも)
日本人が自分で考えることが無い様、アメリカの言う通りに従う様
日本を好き勝手に改造したから
日本人の多くは異質な私を排除したがり
私の手柄を横取りしたり意見をパクったアメリカ人の言うことを聞きます
スマホのアイデアを生んだ私は迫害され
そのアイデアをパクって自分の手柄にしたスティーブ・ジョブスは
尊敬され億万長者になって歴史上の人物になるって(死んだけど)
誰がボケていてどこに突っ込んだらいいの?
みんな真面目に見えるけどひょっとしてドッキリ?
テレビで芸能人がずーっと企業による迫害をごまかしたり
正当化したり絶対企業の非を認めないんだけど
リーマンショックによる金融システムの問題は放っといた方が良かったのかな?
スマホが無い方が世の中良かったのかな?
私が社会から排除されて蕁麻疹になるほど追い込まなきゃ
みんなが幸せになれなかったのかな?
誰もが変わらないことを望んでも
変わらないことによる問題に立ち向かう私は
やはり異常なのでしょう
学問の歴史にそんなで話あふれてます
学者は誰もが疑わないことを疑うから人を不安にさせるのでしょう
しかし知りたいものには意味のある仕事だと思います
それだけでなく技術と専門知識を組み合わせて人々が抱える問題に
解決策を出せば困ってる人にも意味のある仕事だと思います
では学問をしているものに立ちはだかるものとは?
誰かではなくシステムです
システムのホメオスタシスが働いて
システム内の要素の変化をつぶすのです
これも二元論と同じく現象の本質さえつかめば
事態を良くも悪くもします
システムを成長させれば癌見たくシステムを崩壊させるものもあります
しかしあるシステムの死は新たなシステムの誕生には不可欠です
過去の地球においての大量絶滅による生態系の壊滅が
人類を誕生させた様に
システムの生まれ変わる時
要素は変わってなければなりません
その働きを。
同じ遺伝情報では変化に対応できなくなるでしょう
(ウィルスの進化になどに免疫システムが対応できなくなるかもしれません)
社会システムで言えば
メンタルの進化が考え方を変え
社会が変わるでしょう
聖書が悪いとは言いませんが
現代版の聖書があってもいいのでは無いでしょうか
古い聖書の常識と
これまでの科学的発見による常識が
衝突する(討論)意味あるんでしょうか
昔の人は知る術がなかったから天動説を間に受けたけど
現代において宇宙産業に関わる人が天動説を間に受けないにしても
まず信じる信じないより天動説で宇宙に関わる仕事はできないと思うのですが
聖書が更新されない限り常識が共有できるとも限らず
それは新たなテクノロジーにおいても同じで
IT技術のわからないものが
それを使いこなして仕事に活かせないでしょう
そうして社会が変わるには時間がかかるんだなと思います
地球の環境破壊(温暖化だけでなくプラスチックによる海洋汚染も)に
社会が変わるまでの猶予はあるのでしょうか
それとも物理や化学やITを利用した道具や装置で解決するのでしょうか
問題を生み続けるシステムの出血は止められるのでしょうか
イノベーションが目的でなく
システムの進化が生き残るために必要なのですよ
人間は一人では生きて入られません
社会システムを改良してサバイブするのです
それには個人のメンタルが変わることから始まります
未熟な若者を批判したい気持ちは年をとった証拠でしょうか
しかし今の年配者はバブル後、低迷した20年しか築けず
就職氷河期で当時の若者を大量に見捨ててきたではありませんか
あまり偉そうなことは言えないんじゃ無いですか
(見捨てた若者はそのまま社会の問題として抱えていかなければなりません)
とはいえ私も若者に社会保障費という負担をかけるかもしれません
このまままともな収入もなく親の年金位頼ってる以上
生活保護を受けるか刑務所の中くらいしか生活できないでしょうから
私の著作権は誰も認めないし保護しないのね
俺のせい?どうしろっていうの?
cure
医者は人間の健康に対する問題
つまり病気に対処し治療や症状を和らげたりします
当然何でも直せるかといえば答えはNoでしょう(今の所は)
医者の中には働けることをゴールにする人もいるようですが
仕事に合わせて機能を回復や補完するのではなく
備わっている機能(能力)を活かせる仕事を勧められなければ
仕事の道具に人間を使うようになって
人間にとって好ましい社会が
逆に人間らしさを否定し人間を苦しめる社会になります
労働は生活や人生を営む手段であり
仕事を限定しなければ
人の役に立つ手段は知恵の絞った分だけあり
うまくいけば十分な生活と充実した人生を歩めるかもしれません
障害を理由に貧しい暮らしや後ろ向きな人生は
本人にとっても社会にとっても嬉しいものではありません
(事故や病気により障害などを抱える可能性のある人々にとって
障害が恐れるものでしかなくなるからです)
世の中には障害のある人々を受け入れる会社があったりしますが
当事者の特性(欠点にとらわれがち)を活かした仕事を任せ
社会的意義のある運営をしてると思います
しかしそういう会社だからこそ
技術の進歩に乗っかって欲しいのです
創造と解決の仕事にとってこういう状況はご馳走です
医者は葬儀屋や製薬会社だけでなく
ベンチャー会社とも関わるべきです
医療では解決できない社会の課題が見つけやすいからです
(引きこもりも仕事に就くことをゴールとしてますが
本人の特性を無視したり否定してる親や周囲との関係より
本人が信頼する人との関係から可能性を広げるべきです
医者に任せるよりカウンセリングかコーチングでしょう親にも周囲にも)
条件による関係性には
「相対関係」・・・条件(場)を基底とした二つの関係において扱うのは変化
「構造関係」・・・条件(ルール)を共有した二つ以上の要素の関係において扱うのはモデル、パターン
「ネットワーク関係」・・・条件(スペック)により限られてる二つ以上の要素の関係において扱うのはボリューム
「メカニズム」・・・条件(機能の発現)を果たすために二つ以上の要素の関係において扱うのアクション
「体系関係」・・・条件(ステージ)により満たされた二つ以上の要素の関係において扱うのはラベル
これらの関係を混同すること自体問題ではありませんが
精神性によりこれらの関係は良くも悪くもなります
いわゆる社会における満足する人が多いところでは
精神は世のため人のために働き
関係を良い意味に捉えているでしょう
これが個人のための欲求を満たすのに
関係が作られると政治でも宗教でも洗脳されていることでしょう
利己の心によって作られるか
利他の心によって作られるか
関係が作るものは社会に人に良くも悪くもします
関係に働きかけるのは精神でも
関係を構築するのは思考です
考えたアウトプットが相手のインプットになるのです
解決するのは技術でも
やはり精神が働きかけるのです
相手を責めれば相手は反発します
相手を変えようとすれば相手は頑なになります
自分の満足しか考えないからです
相手の満足することは何かを考えるには
相手の立場を理解しないとわかりません
科学でいえば事象を観察するのではなく
頭の中を事象に染める(主客同一)
そしてどちらも満足するにはどうするか
考えるのだ(座標を変えるのではなく包含する)
創造や解決の仕事であれば
世のためは人のためでもあり
人のためは世のためでもあるのです
世界は与えるより貰う方を望みます
お金となればこのことに相違はないでしょう
人生の目的が大金持ちという人さえいるでしょう
でも何のためでしょう
欲しいものを買うためですか
買い物するために人生があるのですか
贅沢な暮らしをするためですか
自分だけ不自由のない暮らしをすれば満足な人生を送れるのですか
人は一人では生きていけないのに
自分の満足を欲求することで頭がいっぱいになる人がいます
誰かに望むのではなく
自分を使ってみてはいかがでしょう
誰かに助けてではなく余裕と時間があったら
足りない要素を見つけ創造するのです
そうして創造したものは同じ状況で困っている人の助けにもなり
つまんないじゃなくて足りない要素を見つけ出し
こういうのがあったら楽しいんじゃないかと創造するのです
それが才能と評価されたり
仕事になったりするかもしれません
と、世の中そんな単純ではありませんね
その仕事を盗んで自分の手柄にしているものこそが
現代のビジネスの中心であり
政治を動かしているのです
(経営者だけでなく政治家にもいます)
彼らが富を手に入れているのは
創造した者にビジネスで得られた富を分けていないため
コストを払わない分自分の都合に富を割けるのです
そしてますます自分だけが良くなり
社会をコントロールしだします
(キム王朝もAppleも共産党もマスコミを使い自らのブランドの価値を上げます)
医学で言えばまだ腫瘍の段階で癌とまではいかないでしょうか
そこへは内科的アプローチや整体師のように
技術を使い健康的な社会にすることはできるのでしょうか
化学反応のようにリーダーシップで良い社会に導けるのでしょうか
社会の治療は医療のように日進月歩とはいかないようです
ヒポクラテスの誓いのようなものは
社会問題の解決をはかる者には必要なのではないでしょうか
いまいち社会問題が当事者の自己責任になったり
問題解決の手段が違う問題を生んだりと
非効率かつ一つの問題にバラバラに取り組んでいるように思えて
システムとして成ってない気がするのです
なぜなら政治が技術や異能者を問題とすることがあるからです
コンピューターはわからんとか
あいつ嫌いだとか
教育改革などの前に政治改革をしてほしいものです
正しくは教育者改革ではなく政治家改革ですね
とはいえ一部の政治家に新たな挑戦を試みる者が出てきたりするのですが
マスコミが潰しますね
そのマスコミはといえば
最大公約数を求める仕事ばかりで
ターゲットがぼやけて情報の中身もぼやけて見えます
役に立つほしい情報はなく
役に立たないどうでもいい情報ばかり目立ちます
視聴者や読者のためというより
スポンサー、広告主のために情報操作しているようにも思えます
そして社会が活力をなくし
監視管理されまるで資本家のための収容所のように
人間性を失っていくばかりです
誰のための政治で
誰のための技術で
誰のために創造し
誰のために問題解決するのでしょう
あらゆる座標(人)を包含させて考えましょう
そこに一つの答えが導かれると思います
salvation
他力本願
他人に頼って生きようという事ではありません
他人のために役に立つ事を考え続けると
天からアイデアが降ってくるという類の意味で
それは金のためや自己欲求を満たすための夢のために
才能と呼ばれるモノが発揮されるのではなく
世のため人のためにという思いが才能の素とも取れる
言葉です
とある芸能人に触発されてか
貧困は個人の責任とされ
当事者の能力不足が当たり前のように
語られがちですが
それはリーマンショックを忘れてしまって
そこから何も学ばなかった者達のセリフです
経営者に多いのですが
当時は政府に頼って能力あるはずの者達は
金融システムが崩壊していくのを見ているだけでした
金融破綻を予言した者でさえ解決案はでせず仕舞いで
得意になって新聞を賑やかせましたが
その後の活躍は見られません
金融システムが劇薬もなく回復したのも
他力本願にあります
アメリカ人の生活が苦しくなるだけなら
自業自得で済むはずが世界を巻き込んでの
負のスパラル、経済が回らなくなり
貧困者が食うに困る事態まで進んだらしいです(当時のCMで流れてた)
私は当時、ある企業から思考をさせないように
街中のすれ違うサラリーマンからや
電車の中でのサラリーマンからの咳払いを受け
(正確には喉を鳴らす音で思考を散らすという攻撃)
外出するとネットワーク化されたそれに悩まされていました
結局10年近くそれは続きテレビにも悩まされ
ストレスで発症した蕁麻疹も8年近く治りませんが
私個人にとっては社会排除された身分で世の中など
どうでもよかったのですが
(ちょっと前にシステム思考の勉強を続けるなら会社を辞めて欲しいと
言われたので辞めて実家にこもってシステム思考の勉強してましたから)
私の諦めなかった夢の実現にはどうしても
世界の罪のない人が困ってしまうのは
何とかしなければと思ってしまうわけで
時期は定かではないのですが
2009年後半頃に解決案をパソコンに書いたと思います
なぜパソコンに書いたかというと
前々から「思いついた事をパソコンに書いたら」と
他人に言われてたのでそうしました
それだけでしたらパソコンに書いただけで終わるのですが
私のパソコンはアメリカに情報を流すように
仕組まれてかハッキングされてか
ビジネスや発明のアイデアまでも流出し
あまりにもネットニュースやテレビ情報の発明品に
私のアイデアと似ているところが多く
それが続くと私は確信しましたが
当時は小さい頃読んだ
「はれときどきぶた」みたいだと思ったものでした
そしてそんな事が続き
景気が良くなった今では
自力でビジネスが上手くいったと思ってる
特に経営者は貧困を仕事にまっとうな対価を払おうとしない
自分たちを棚に上げて社会制度のせいにしたりします
(成功は自分の手柄、失敗は他人のせい)
チャレンジしてこなかった日本の経営者は失敗もしなかったので
人件費を削って業績を上げてきました
そしてマスコミを使って自分たちに責任が問われないように問題をすり替えます
彼らを自己保身のためにしか仕事をせず
創業の目的や企業の社会的意義に貢献せず
金や人材を体制維持のために浪費し
新勢力に閉鎖的で世界の変化に対応できず
他人に頼ってばかりいます
私はリーマンショックの解決案やアイデアを
盗まれましたがサラリーマンの嫌がらせは止みませんでした
私は自分の目的のために結局自分の健康は守れませんでした
もしあのままリーマンショックをほっといたら
サラリーマンは私への嫌がらせどころでは済まなくなり
誰もが変わらなければと思ったことでしょう
(考えすぎでしょうか人間は案外学ばないものです)
いやそれともまた戦争で景気回復を謀ったかっもしれません
(ヒトラーを生み出した世界大恐慌のように)
そうなれば核戦争にまでなったでしょうか
テクノロジーは問題を解決します
世のため人のための仕事とは
誰かが10生み出して10あげるというモノではなく
人の問題を抱え世の問題を抱え自らが10コストをかけ
人に世に重しを10軽くするという類のものです
芸能人は人の役に立たなくていいかもしれません
自分の功名心や生殖欲求さえ満たせれば世の中が
すべてがうまくいってるとでも思って済みますし
いわゆる才能を使って
世の問題を自らが抱え人の問題を自らが抱え
それを良い者に変えていかなくても
電波の力で続くか続かないかは別として
一時でも欲しいモノは手に入ります
だから芸能人の中には支えてきた者を裏切り
自分の才能のおかげとし自力と勘違いして
一時のような輝きもなくし活躍もしなくなるのでしょう
はたして芸能人は
世のためにした仕事の恩恵に授かっておきながら
富は自分のおかげで
貧困は自己責任となぜ言えるのでしょうか
芸能人は社会で何を学んできたのでしょうか
経営者は社会で何を学んできたのでしょうか
失われた20年は当然の結果だと思います
人の手柄を横取りして
自分の手柄とすることが認められる社会で
誰が努力して世のため人のために仕事するんですか
心の狭いことを言ってるのではありません
世のため人のために努力してない人が
世に認められ富を与えられ人生を謳歌して
世のため人のために仕事した人が
世に否定され貧困に喘ぎ人生を闇の中で過ごさなきゃならないような
社会をこのまま続けたいのでしょうか
自分の子供に引き継ぎたい世の中なのでしょうか
(甘い汁を吸ってる人たちはこのまま続いて欲しいと思ってることでしょう)
自分の子供に手柄を横取りして成り上がっていくよう教育しますか
他人の子供もそう育てられていたらどう思いますか?
成功してほしくないと思いませんか
そのような人たちが集まってできた社会は
自ら灯りをともそうとする人が出てきますか
(世のため人のために頑張ろうとする人)
当然日本の失われた20年のように自分のことばかり考える
大人たちによって社会生産性は低いまま
問題解決もままならず
新しい芽を摘むことに精を出すことでしょう
しかし社会が監視管理されれば
社会を変える運動もままならず
権力者しか満足しない社会になるでしょう
テクノロジーで犯罪を抑止するなら
犯罪しないで済むように
テクノロジースキルを教育で手に入れ
人の役に立つ仕事で生計を立て
貢献力による精神的貯金と
認めてくれる人がいれば
生活も豊かになり
いいことづくめだと思います
嫌がらせを含め
犯罪などの類は
当事者を変えることよりも
なぜそのアクションを取るのかメカニズムに注目し
メカニズムを変えればいいだけで
人に首輪をつけて管理するようなテクノロジーの使い方は
少なくとも間違っていると思います
(SFみたいな話になってきましたが)
でも人の手柄を盗んで当然の世の中だと
人を信じられないのでそうなっても不思議じゃありません
(自分のように相手も悪者に思えますから)
政治が悪いのでしょうか
政治を悪くみせているマスコミが悪いのでしょうか
(私にはマスコミが悪く見えてしようがありません)