cure
医者は人間の健康に対する問題
つまり病気に対処し治療や症状を和らげたりします
当然何でも直せるかといえば答えはNoでしょう(今の所は)
医者の中には働けることをゴールにする人もいるようですが
仕事に合わせて機能を回復や補完するのではなく
備わっている機能(能力)を活かせる仕事を勧められなければ
仕事の道具に人間を使うようになって
人間にとって好ましい社会が
逆に人間らしさを否定し人間を苦しめる社会になります
労働は生活や人生を営む手段であり
仕事を限定しなければ
人の役に立つ手段は知恵の絞った分だけあり
うまくいけば十分な生活と充実した人生を歩めるかもしれません
障害を理由に貧しい暮らしや後ろ向きな人生は
本人にとっても社会にとっても嬉しいものではありません
(事故や病気により障害などを抱える可能性のある人々にとって
障害が恐れるものでしかなくなるからです)
世の中には障害のある人々を受け入れる会社があったりしますが
当事者の特性(欠点にとらわれがち)を活かした仕事を任せ
社会的意義のある運営をしてると思います
しかしそういう会社だからこそ
技術の進歩に乗っかって欲しいのです
創造と解決の仕事にとってこういう状況はご馳走です
医者は葬儀屋や製薬会社だけでなく
ベンチャー会社とも関わるべきです
医療では解決できない社会の課題が見つけやすいからです
(引きこもりも仕事に就くことをゴールとしてますが
本人の特性を無視したり否定してる親や周囲との関係より
本人が信頼する人との関係から可能性を広げるべきです
医者に任せるよりカウンセリングかコーチングでしょう親にも周囲にも)
条件による関係性には
「相対関係」・・・条件(場)を基底とした二つの関係において扱うのは変化
「構造関係」・・・条件(ルール)を共有した二つ以上の要素の関係において扱うのはモデル、パターン
「ネットワーク関係」・・・条件(スペック)により限られてる二つ以上の要素の関係において扱うのはボリューム
「メカニズム」・・・条件(機能の発現)を果たすために二つ以上の要素の関係において扱うのアクション
「体系関係」・・・条件(ステージ)により満たされた二つ以上の要素の関係において扱うのはラベル
これらの関係を混同すること自体問題ではありませんが
精神性によりこれらの関係は良くも悪くもなります
いわゆる社会における満足する人が多いところでは
精神は世のため人のために働き
関係を良い意味に捉えているでしょう
これが個人のための欲求を満たすのに
関係が作られると政治でも宗教でも洗脳されていることでしょう
利己の心によって作られるか
利他の心によって作られるか
関係が作るものは社会に人に良くも悪くもします
関係に働きかけるのは精神でも
関係を構築するのは思考です
考えたアウトプットが相手のインプットになるのです
解決するのは技術でも
やはり精神が働きかけるのです
相手を責めれば相手は反発します
相手を変えようとすれば相手は頑なになります
自分の満足しか考えないからです
相手の満足することは何かを考えるには
相手の立場を理解しないとわかりません
科学でいえば事象を観察するのではなく
頭の中を事象に染める(主客同一)
そしてどちらも満足するにはどうするか
考えるのだ(座標を変えるのではなく包含する)
創造や解決の仕事であれば
世のためは人のためでもあり
人のためは世のためでもあるのです
世界は与えるより貰う方を望みます
お金となればこのことに相違はないでしょう
人生の目的が大金持ちという人さえいるでしょう
でも何のためでしょう
欲しいものを買うためですか
買い物するために人生があるのですか
贅沢な暮らしをするためですか
自分だけ不自由のない暮らしをすれば満足な人生を送れるのですか
人は一人では生きていけないのに
自分の満足を欲求することで頭がいっぱいになる人がいます
誰かに望むのではなく
自分を使ってみてはいかがでしょう
誰かに助けてではなく余裕と時間があったら
足りない要素を見つけ創造するのです
そうして創造したものは同じ状況で困っている人の助けにもなり
つまんないじゃなくて足りない要素を見つけ出し
こういうのがあったら楽しいんじゃないかと創造するのです
それが才能と評価されたり
仕事になったりするかもしれません
と、世の中そんな単純ではありませんね
その仕事を盗んで自分の手柄にしているものこそが
現代のビジネスの中心であり
政治を動かしているのです
(経営者だけでなく政治家にもいます)
彼らが富を手に入れているのは
創造した者にビジネスで得られた富を分けていないため
コストを払わない分自分の都合に富を割けるのです
そしてますます自分だけが良くなり
社会をコントロールしだします
(キム王朝もAppleも共産党もマスコミを使い自らのブランドの価値を上げます)
医学で言えばまだ腫瘍の段階で癌とまではいかないでしょうか
そこへは内科的アプローチや整体師のように
技術を使い健康的な社会にすることはできるのでしょうか
化学反応のようにリーダーシップで良い社会に導けるのでしょうか
社会の治療は医療のように日進月歩とはいかないようです
ヒポクラテスの誓いのようなものは
社会問題の解決をはかる者には必要なのではないでしょうか
いまいち社会問題が当事者の自己責任になったり
問題解決の手段が違う問題を生んだりと
非効率かつ一つの問題にバラバラに取り組んでいるように思えて
システムとして成ってない気がするのです
なぜなら政治が技術や異能者を問題とすることがあるからです
コンピューターはわからんとか
あいつ嫌いだとか
教育改革などの前に政治改革をしてほしいものです
正しくは教育者改革ではなく政治家改革ですね
とはいえ一部の政治家に新たな挑戦を試みる者が出てきたりするのですが
マスコミが潰しますね
そのマスコミはといえば
最大公約数を求める仕事ばかりで
ターゲットがぼやけて情報の中身もぼやけて見えます
役に立つほしい情報はなく
役に立たないどうでもいい情報ばかり目立ちます
視聴者や読者のためというより
スポンサー、広告主のために情報操作しているようにも思えます
そして社会が活力をなくし
監視管理されまるで資本家のための収容所のように
人間性を失っていくばかりです
誰のための政治で
誰のための技術で
誰のために創造し
誰のために問題解決するのでしょう
あらゆる座標(人)を包含させて考えましょう
そこに一つの答えが導かれると思います