続き。

 何だかちょっと彼に失礼な気もしてきたのだが。

 

 今さらか。

 どうしてもこういう人って気になってしまうのがいけない。

 

 そう言えば最初に私が脚本のようだと指摘したとき

 「歴史小説の登場人物は名前や相関関係が覚えられないのであえて繰り返し紹介してみた」 

と言われ、話が噛み合わないことが不思議だった。挙句に

 「内容より表紙のインパクトが1番大事だと気付きました」

と。

 いったいなぜそう思ったのかはさっぱり分からないのだけれど。

 

 改訂するときには、台詞の前の話者の名前を削るにあたって「役割言葉」を設定したと言う。

 

 役割言葉?

 ヤクワリコトバ?

 ソレハナニ?

 

 「役割言葉ってなんのことでしょう?」

と聞いたら、ご丁寧に

 「語尾に付ける性別や年齢を分かりやすくするために設定する接尾語のこと」

だと教えてくれた。

 「女性なら『ですわ』、武士なら『ござる』、年齢や地位の高い男性なら『じゃ』『じゃな』です」

 「そういう風にすることで誰が話しているか分かるように出来るんですよ」

と。

 何だか私、馬鹿にされたようだ。

 いや、ちょっと待っていただきたい。

 

 物語の登場人物の台詞って語尾だけを変えればいいってものではないだろう。

 人物設定は物語に描かれない部分も含め、細かくきちんと決めるはずだ。

 だいたい同性でも年齢や性格や生育環境で話す言葉は変わる。そしてそれは別に語尾だけのことではない。選ぶ言葉だって違うではないか。

 そもそも語尾だって「女性だから」「地位の高い男性だから」って全員同じ訳がなかろう。現実世界の人間を見ていても分かるように、本当に人それぞれなのだ。

 というか登場人物の話す言葉は、人物を書き分けるための大切な要素ではないか。

 そんな風に類型化して済ませられる訳がない。

 

 済まないはずなのだが、彼はそれで書き分けられたと満足しているのだ。

 全くやれやれである。