Eye of the God ~神の眼~

現代における預言の言葉。黙示。
現代の常識、価値観では幸せになれない人たちへ。
新時代に合うものの考え方を紹介していきます。
あまりにも常識と違うので、戸惑われることでしょう。
でも、キリストはかつてこう言いました。
『耳のあるものは聞くがよい』。


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 『ほこ×たて』 という名物番組がある。

 矛盾、という故事成語が、番組のヒントになっている。

 昔、武器商人が商品説明をしながら、

 「これは、どんな剣でも穴の開けられない盾」

 「これは、どんな盾でも貫通する鋭い剣」

 …と言った。

 それを聞いていた客が指摘する。

 

 じゃあ、その何でも貫通する剣で、どんな攻撃でも穴の開かない盾を突いたらどうなるのか?


 つまり 『矛盾』 とは、つじつまのあわないこと、を指す言葉である。



 しかし、よく考えてみるとー

 上記の状況は、矛盾でも何でもない。



 最初から、実は決まっているのだ。

 剣のほうが強いのか、盾のほうが強いのかは。

 ただ、戦わせてみていないので、分からないだけ。

 分からないから、こっちが最強だ、いやこっちが最強だと言ってられるのだ。



 だから、本来は、矛盾なんていう状況は存在し得ない。

 ただ、ハッキリさせていない状況があるだけ。

 だからー


 どんなものでも切れるカッター


 


 どんなカッターでも切れないワイヤー


 が対決する時。


 どちらかが、真実ではないだけ。


 だから、結果としてワイヤーが切れたならー

 どんなものでも切れるカッターのほうが本物で、ワイヤーのほうは切られることもある、と分かる。



 私は、この番組での対決後の二者のやりとりに、清々しさを感じる。

 勝った方はもちろん、自分の掲げた看板に偽りがないことを確認できてうれしい。

 しかし、挑戦された相手方の健闘も讃え、さらに精進することを決意し、勝ってかぶとの緒を締める。

 一方、負けたほうも畜生!というような悔しがり方ではなく、勝者の素晴らしさを素直に認める。

 「負けました」 と潔く認めた上で、「次にはいただきます」 と、名誉挽回を誓うのである。

 そして、さらに改良を重ね、再戦を目指すのである。



 私たちは今、重要な時代の変わり目にいる。

 新時代においては、『競争』 というものは存在するのか?

 する。

 ただし、これまでの競争とは、ちょっと定義が違う。

 新時代においては、新しい競争の形態を 『勝ち合い』 と名付けたい。

 では、競争と勝ち合いの違いを、述べることにしよう。



 【競争】


 ・自分こそが一番になろう、という行為。

 ・他人に負けると、悔しい。劣等感を引き起こす。

 ・場合によっては相手への敵意、嫌悪感を生み、エスカレートすると殺意にまで及ぶ。

 ・相手の素晴らしさを認める度量に欠ける。優れているのは自分だけでなければならない。

 ・トップにいながら、常に、他者に負けて追い落とされるのではないか、という不安と恐怖におびえる。



 【勝ち合い】


 ・考えることは、たたベストを尽くすことだけ。自分の能力を生かして、人に喜んでもらいたい、という動機。

 ・その結果、自分が一番になるのか。他者がリードするのかという違いでしかない。

 ・勝ったら、自分のしていることは役に立っているのだ、という励みになり、いっそう腕を磨く。

 ・負けても、じゃあ自分はここに力を入れればいいんだな、という認識の材料になるだけ。

 ・勝ってもおごらず、敗者を見下さず。負けても腐らず、勝者の素晴らしさを讃え次を目指す。

 ・ベストを尽くしたその結果の比較により優劣が判断されても、それにおびえることはない。



 今までは、勝負というと自分が勝つことに執着し、

 自分が勝つ=他者は敗れ、去ってゆく。落ち目になる

 という、無意識の公式があった。

 他人を蹴落として、自分が勝ち上がっていく、という図式だ。

 もちろん、全てがそうではないが、総じてこれが多かったのが過去の歴史だ。

 その意識は、『自他共に栄える』 という概念からは程遠いものだった。



 これからの時代は、競争 (文字通り競って争う) ではない。


 私も勝って、あなたも勝つ、という勝ち合いの世の中になっていく。


 確かに、一時だけを切り取ったら、どちからかの優劣が明らかになるだろう。

 しかし、それは今現在の一瞬のことであって、未来もそうとは限らない。

 その勝敗の結果を参考に、双方ともさらに喜びを動機として向上していく。

 技術や才能をもった者が皆この 『勝ち合い』 を始めたならばー 

 この世界は、桁外れの大きな恩恵を受けることになるだろう。



 私は、喜びを動機としてこのブログをやっている。

 書くことが、楽しくてやっている。

 私が、ランキングなるものに参加している理由はー

 自分が、どのあたりの立ち位置にいるのか知るためである。

 自分の向上のために、己を知る。

 上がいることに刺激を受け、原動力としてさらに自分の表現を極める。

 だから、私はその上がり下がりに一喜一憂しない。

 抜かされてもカリカリしないし、上がっても別に鼻高々にはならない。

 ランキング上位に 「ちょっと体調崩して休めよ!」 「ネタ切れになれよ!」 とか思わない。(笑)

 共に最高の表現を目指して、皆さんに喜んでいただきましょうねー。思うのはそれだけ。

 自分を出し切って満足した後で、他者が比較して付ける優劣の価値判断は、参考にすることはあってもそれに囚われはしない。



 ゆえに、私はほこ×たてという番組で繰り広げられる一流対一流の熱い勝負の中に、『勝ち合い』 の萌芽を見るのである。

 勝ち負けは、一時の現象。本来、どちらも素晴らしい。そのことを、勝者も敗者も認め合う。

 これからきっと、そのような素敵な時代になる。

 自分の方が、相手より優れることを目指すのではなく。

 自分が勝つために相手に何か悪いことがあればいい、なんて思いになるのではなく。

 自他共にベストを尽くし、共に伸びていきましょう!という清々しい世界。

 競い争う、という競争の時代はもう終わり。

 自他共に栄える、という概念をベースにした、『勝ち合い』 の時代に突入していくー。



 では、本日のまとめ。



 ①すべてではないが、今まで多くなされてきたのは、競い争う 『競争』 であった。

 ②そこには他者を蹴落とし自分が…という意識があり、全体の発展と利益、という観点は薄かった。

 ③しかし、新時代においては、『勝ち合い』 が競争に取って代わる。

 ④相手を蹴落とす意識ではなく、自他共に栄え、切磋琢磨して実力を伸ばしていこう、という発想である。

 ⑤そこには競争意識に見られる必死さはなく、ただ喜びからのびのびと情熱を傾けるのみ。

 ⑥その結果を参考にはするが、決して勝って鬼の首を取ったように喜んだりしない。負けて腐らない。

 ⑦なぜなら、勝ち合いは 「永遠に」 続くからである。一時の勝敗など本当に一時のことでしかない。




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