〈一芸は道に通ずる〉という諺がある。辞典にこう書かれている。
「一つの芸に秀でた者は、物の道理をしっかりとつかんでいるので、ほかのどの分野においても、通じるということ」
しかしまた世間では、こんなこともよく言われる。
「一つの分野に秀でている人は、他の大事なことが欠落していることが間々あるものだ」
これで真っ先に思い浮かぶのは〝ミスター″こと長嶋茂雄さんだ。
巨人軍の監督をしていた時のこと。
試合は終盤の緊迫した場面。ノーアウトでランナーが一塁に出た。ミスターは送りバントの上手い選手をピンチヒッターに出そうと思った。審判にその選手の個人名を告げるべきを、自らバントの仕草をしながら、「ピンチヒッター。バント。バント」とやった。
なにしろこの人は現役時代。ホームランを打ったはいいが、ベースを踏み忘れたり、前のランナーを追い抜いたりして、ホームラン記録を二つふいにしたという伝説の持ち主である。
このミスターに勝るとも劣らないのが黒柳徹子さんだろう。
友人たちと夕日を眺めていた。その素晴らしさにみんなが陶然として、感嘆の声を上げた。徹子さんは言った。
「ねえ、みんな。あした頑張って早起きをして、またここから朝日が昇るのを見にこようよ」
誰もなにも返事をしないので、そんなにみんな早起きが苦手なのかと、不思議に思ったそうだ。子どもの時ではなく、成人してからのことらしい。
「徹子の部屋」に落語家の桂文珍さんが出ていた。師匠は自家用飛行機の運転が趣味だ。
「私らの小型機は低いところを飛びますんで、ジャンボ機が飛び立つのを、ホエールウオッチングよろしく、下から眺めるのが好きですねん」
飛行機のツーショットがテレビに映っている。徹子さんは言った。
「ああ、この小さい方の飛行機を、あなたがお漕ぎになるのね」
手で〝お漕ぎになる〟ジェスチャーまでやった。文珍師匠、ソファーからずっこけ落ちた。
「あのー、いちおうエンジン付いてるんですわ」
もう一人、著名人の例を挙げよう。
ガッツ石松さんが高橋英樹さんと京都で時代劇を撮った。撮影が終わり、楽屋で二人並んで〝ズラ″を外していると、ガッツさんが言った。
「これ、昔の人はつけたり、はずしたり、いちいち大変だったんですね」
著名人でない人の例を一つ。
昔、NHKのラジオで「天下分け目の関が原」をライブ仕立てでやった。放送後、局に電話があった。
「よくまあ、あの頃の録音が残ってましたねえ」
この人が、何かの分野に秀でているのかどうかは、知る由もない。 だが、なんの分野にも全く秀でていないのに、大事なものが欠落している人がいる。確かにいる。私の妻だ。
「ああ、お薬」と、一膳目と二膳目のご飯の間に、医者でもらった〝食間の薬〟を飲んだという。「あんた、一膳しか食べへん人やったら、どうすんのんて、言いましたんや」と妻の母が私に話してくれた逸話である。これも立派に娘になってからのことらしい。
また、妻はほんの数年前まで、月が毎晩、決まって東から昇るとは知らなかったらしい。東西南北のどこかから気紛れに昇り、その都度、「月はどっちだ」と探すものだと思っていたという。
しかし、かく言う私だって五十歩百歩だ。今年の二月の夜中に鼻血が出た。なかなか止まらないし、量もはんぱじゃない。「頭の血管でも切れたんちゃう」と心配する妻に付き添ってもらい、生まれて初めて救急車に乗った。
救急医の見立ては、鼻の中にできていたおできからの出血だった。少し前に〝突発性難聴〟になり、処方された薬のなかに血行をよくする薬が入っていたのが原因らしい。なお脳内の血管が切れて、血が鼻に回ることはないとのことだ。
処置をしてもらって、鼻血も止まり、帰る段になった。私は「どこに行ったんやろう」と救急隊員を探して、妻に大笑いされた。隊員の方はとても親切で、診察室まで付いてきて、先生に「お願いします」とまで言ってくれたので、てっきり待っていて、家まで送ってくれるものだと思い込んでいた。
私たちには息子が二人いる。こんな夫婦の間にできた子どもたちは、「どんなことになるのだろう」とお気遣いくださる方もあろうかと思う。だが、これが二人とも案外まともで、しっかりしている。マイナスとマイナスが掛け合わされて、プラスになったのだろうか。