世間は今日から仕事始め...らしい。
が、私には今日を含めてあと2日ある。
もうちょっとだけ...もうちょっとだけ、英気を養わせてもらおう。

という訳で、映画を観た。
今日もまた黒澤映画。
1970年、黒澤明初のカラー作品「どですかでん」。
さらには「隠し砦の三悪人」以来シネスコサイズで撮っていたのに、今回は「スタンダード」に戻っていた。
...色が付いて、縮まった。

前作「赤ひげ」で、黒澤映画は集大成を迎えたといわれている。
その語り口、語る内容、映画としての構成、撮影技術、演出...それは私にも何となく分かるような気がするし、実際に「赤ひげ」は素晴らしい映画だ。

その「赤ひげ」から5年...その間の黒澤さんはさまざまな困難にぶつかっていたようだ。
その苦悩の具体的な内容を私なんぞが知る由もないが...とにかく、今回観た「どですかでん」にその5年間はいろんな意味で反映されていたのだろうと思う。
具体的にはよく分からないが...とにかくその5年を挟んで「黒澤映画」はガラリと変わっていた。

まず、主役がいない...タイトルの「どですかでん」に直接的に関係がある頭師佳孝扮する六ちゃんでさえ、その座にあるとは言いがたい。
つまり数々の登場人物それぞれの物語が交互に語られる、要するに典型的な「群像劇」だということだ。
恐らくイメージ的には、戦後のとある「掃き溜め」という感じの街を舞台にしているのだろう...このあたりは山本周五郎の原作「季節のない街」を読むとそれはよりはっきりするかも...その街に住む、バラエティに富んだ人物たちのそれぞれの物語を詰め込んだ「群像劇」。

今までの黒澤映画のような、緻密な構成だとか、力強いメッセージ性だとか、そういった特徴がない...いや、かけ離れてしまっているといっていいだろう。
それぞれの物語を入れ代わり立ち代わりしながら描いていくのだが、そのそれぞれの物語に出てくるそれぞれの登場人物たちが、何とも魅力的。
天使のようないい人もいれば、業を背負っている人、悪魔のような人、肉体労働者、サラリーマン、インテリ、老人、浮浪者...とにかくありとあらゆる人物が次から次へと出てくるので、その多様性を観ているだけでも楽しい。
構成の面では悪く言えば一貫性に乏しい...が、それは恐らく意図的なのだろう。
ただ...ただひとつだけ、とあるひとつの街を舞台にそこに住む人々とそのさまざまな関係性を描く...その部分だけで、この物語のカラーは統一され、ひとつの映画として成り立っているのだ。

誰を中心に描くという訳でもなく、それぞれの物語を行ったり来たり...全体的に、いってみればその「のらりくらり」とした雰囲気があり、観ているうちに、その不思議な世界にスーッと引き込まれていく...そんな心地よさがこの映画にはあったように思う。

私は映画やテレビドラマに重要なもののひとつは「構成」である...そう常日頃から思っているのだが、こういった群像劇、しかもそれぞれのキャラクターがしっかりと立ったものを魅せ付けられると、頭でっかちな自分を反省してしまう。

それにしても役者陣の豪華なこと!!
今の邦画、テレビドラマに出ているタレント連中の演技はやはり「学芸会」だなと。
演じることを仕事にしている「役者」という職業は、もはや過去のものなのだ。

あとはやはり「カラー」であることに触れない訳にはいかない。
日本初のカラー映画「カルメン故郷に帰る」の頃、黒澤明は「白痴」だった。
で、20年近く経ってようやく使用したカラーフィルムに付いたその色は...今まで長い間使っていなかったにもかかわらず、その色の使い方がすごい。
「家」を表す色、心象風景を表す色、職業、貧富の差も色で表しているじゃないか。
若い頃、画家を目指していたらしい黒澤明...なぜ黒澤さんは長い間映画に「色」をつけなかったのか(「天国と地獄」でチョットつけたけどw)...いろいろいわれているが、これもまた、いずれ何かの書籍などで少しでも知りたいと思う。

さらには、この前の「赤ひげ」までの6本をシネスコ・サイズで撮っているのに、今回は「スタンダード」に回帰している。
取り上げられている題材に合わせたのか、それとも何か技術的な問題だったのか...いろいろ気になってしまうところだが、これもいずれ調べてみたい。

でもとにかく楽しかった。
何やかんや言わなくても、この映画、この群像劇は楽しかった。
色の付いた映像の楽しさ、多岐に渡る物語の楽しさ、バラエティに富んだキャラクターの楽しさ...私はオムニバスとか群像劇が割と好きな方なので、なおさらこの映画が楽しく感じられた。
これは間違いなく、私は何度も観る...何度も観たくなった。

黒澤明は間違いなく、この作品から別次元に向かおうとしたのだ...今さらだが、この映画が全30作の中で大きなターニング・ポイントのひとつであることが少し分かったような気がした。

今日もまた新たな発見があった。
没後10年...どこまで私をうならせ、楽しませてくれるのだ?