"Discover→Japan"駅スタ (99)新大阪 (100)諫早 | ERWのブログ/ERWの鉄道ブログ

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Photo Diary by the Eternal Railroad Watcher

週末ですねー。

 

「九州シリーズ」の間に割り込む形で・・・、

<データ>

線名・駅名:東海道本線・新大阪

押印日:1972- (ERW父の蒐集)

絵柄:新幹線0系

メモ:

※至極単純明快!1964年の東海道新幹線開業時にできた駅なので新幹線の絵がすべて!

※もう少し詳述すると、少年の時に読んだ本では「東京駅は新幹線のホームを作る場所があったが大阪駅には無かったので、手前に新大阪駅を造った」様な記述があったが、正確ではないだろう。大阪駅まで新幹線を引き込むことは可能だったと思われるが、淀川南岸の梅田地区まで延ばすとなるとその後の山陽方面への延伸時に大きく迂回することになり、また市街地を抜けるのも苦労するので、淀川北岸・宮原地区までに留め、そこから先は車両基地と北方貨物線の土地を辿れば西進が容易であるとの先見に基づく決定と思われる。お陰で北隣の東淀川駅とは駅間僅か700mという本線にしては屈指の短距離となってしまったが。

※ERWが初めて新大阪駅を訪れたのはスタンプ押印の2年前、1970年の8月・・・ということは、そう”万博旅行"で東京から新幹線「ひかり号」で乗り付けたのでした。

 

万博会場では兄のお下がりの「おもちゃカメラ」を持ち込み「パビリオンを全部撮るんだ!」と意気込んだが、「迷子になるから止めなさい!」と諫められ、撮れたのは以下の3枚のみ。

 

(1970-08)

※太陽の塔。現存するので今でも撮れるが、この拙い写真こそ、ERW自身の撮影による同塔現役時代の姿。

※この「おもちゃカメラ」のフィルムは「ラピッドフィルム」だったと記憶している。フィルム蓋の閉め方が悪かったせいか、一部感光してしまっている(以下同じ)。

 

 

(1970-08)

※ソ連館。外国館の中ではひときわ高く、存在感があった。(他にフランス館・オーストラリア館が印象に残った。)

 

(1970-08)

※多彩なパビリオンの中でもその色彩で目を惹いた「虹の塔」。日本専売公社のパビリオンだったらしい。その他日本企業のパビリオンでは「松下館」の印象が強かった。

 

会場はどこも超満員だったので、パビリオンの中に入った記憶は殆ど無いですけどね。

 

新大阪駅 (2022-11-03)

※在来線を斜めにオーバークロスする新幹線の新大阪駅。建屋の外観は開業時の姿をとどめているが、背景に高層ビルが建ったため若干埋没している。

※嘗て北大阪急行経由で万博会場へ向かっていた大阪市交(現大阪メトロ)御堂筋線の駅は左手奥。手前の東海道本線駅とは200m弱の間隔で平行し、新幹線駅が両者を結び付けている。

 

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<データ>

線名・駅名:長崎本線・諫早

押印日:1972- (ERW父の蒐集)

絵柄:「小浜・雲仙・島原各周遊指定地の玄関口」・重要文化財眼鏡橋

メモ:

※長崎本線が大村線を吸収する駅で、島原鉄道の乗換駅。2022年9月には西九州新幹線の駅も開業した。

※在来線の長崎本線はここから終点長崎へ向かってスパートをかけるわけだが、1972年10月に喜々津-浦上間を短絡する新線が開業している。また同本線は1976年に旧線区間を除き全線電化されたが、西九州新幹線開業時に諫早駅を含む肥前浜-長崎間が電化廃止となっている。

※「眼鏡橋」と言ったら長崎のものが有名だが、諫早にもあるんですね。。。

 

では皆様、良い週末を~。

※※