2人の宮本が『文藝春秋』2月新春号で対談した。1人は宮本慎也(元東京ヤクルト、元WBC日本代表)、もう1人は宮本恒靖(元ガンバ大阪、元サッカーW杯日本代表)だ。タイトルは「困ったときこそキャプテンの出番だ!」。野球、サッカーの違いはあるが、2人は日本代表チームでキャプテンを務め、個性派集団を牽引した経験がある。
2人にはいくつかの共通点がある。姓が「宮本」、出身地が「大阪」、出身校が「同志社大」、身長が「176㌢」。年齢は慎也が44歳、恒靖が37歳。対談では、相手をそれぞれ「ツネさん」「慎也さん」と呼んだ。

対談の3ページ目に「イチローとヒデの存在」という中見出しがある。イチローとヒデ(中田英寿)は、キャラクターが似ている。実力は突出しているが、キャプテンとしてチームを牽引するタイプではない。「孤高の職人」というキャラだ。ただ、チームの柱であることは確かなので、存在感は抜群だ。こういう選手がいると、キャプテンシーのある両宮本のようなタイプはやりづらい。年下や同い年であっても、実力が上のスター選手に「ああしろ、こうしろ」とは言いくいからだ。
誌面では、次のように述べている。

恒靖「シドニー五輪の監督でもあったトルシエが最終予選の前にヒデ(中田英寿)を招集したんです。ヒデは僕と同い年ですが、すでにセリエAで活躍し、フル代表でも中心選手。他の選手は当初、そんな彼を遠巻きに見るだけでした。かといって、ヒデの性格上、彼の方から周りの選手のところに降りるのも難しいと思っていました。だから、例えば、食事テーブルに、僕とヒデで入っていきながら他の選手をそこに呼んだりしていましたね。
ただ、その後、フル代表で一緒にプレーした時に、いろいろありました。ヒデの言葉は時に厳しく、うまく伝わらずに誤解されることも多かった。キャプテンとして幾度か『言い方ひとつで伝わり方も違うし、ヒデが言うと、影響力も違うと思うから』という話をしたのですが、『いろいろ言い方を変えてきたけれど、なかなか伝わらないもどかしさがあるから、俺はこのやり方でやる』と頑なでした。彼なりに試行錯誤してきたのでしょうけど、スター選手ならではの難しさもあったんだと思います。本田圭佑なんかも今、同じような難しさを感じているかもしれません」
慎也「スーパースターの存在は難しいね。チームのバランスが崩れてしまう可能性もあるから。
WBCの時は、イチローが代表に加わりました。王貞治監督はキャプテン制を採りませんでしたが、勝つためには、イチローを中心にチームがまとまらないといけない。
僕にはアテネの経験もあるし、彼をうまくサポートできれば、と思っていました。それで、あまり面識はなかったけど、すぐに知り合いを通じて『飯でも行こう』と誘ったんです。
で、ツネさんと同じように『先頭に立ってやって欲しい。俺らのところまで降りてくれると助かる』という話をしました。だけど、あっさり『そういうタイプじゃないので』と言われてしまった(笑)。『分かった。正直、俺でも今、目の前にイチローがいると思いながら食事をしている。若い選手はみんなお前を見ている。全力でフォローするから、頼むな』と伝えましたが、内心冷や冷やしていましたね」
恒靖「イチローさんとそんなやり取りがあったんですか」
慎也「それでも合宿が始まれば、不安はかき消されました。イチローはすべての技術が超一流です。一番すごいと思ったのは、ウォーミングアップから一切手を抜かないということ。その姿を見た時、『これは大丈夫やな』と思いました。イチローが全力でやるので、若い選手はそれ以上に練習しないといけないということが必然的に伝わるんです。キャプテンとして苦労してきた僕からすれば、羨ましい限りでしたね。
ベンチでも人間くさいところを見せてくれて、他愛もないイチローの冗談にみんなが爆笑していました。それが結果的にイチロー流の『降りてくること』だったのかもしれません。チームは彼を中心にまとまって、世界一になることができたんです」

この対談を読んで、『AERA』2006年5月29日号「W杯座談会・ヒデがイチローになる時」を思い出した。伊東武彦(サッカージャーナリスト)と金子達仁(スポーツライター)の対談だ。この中で、2人は次のような見方を示した。
伊東「中田英は、リーダータイプに変身した野球のWBCのイチローになれるのか。 国民の期待はそこにあると思います」
金子「イチローを意識してますからねえ。古畑任三郎に出たことも激しく意識してたし(笑)。 でも、ニワトリか卵かじゃないですが、WBCではソフトバンクの川崎選手が『イチローさん、 イチローさん』とくっついていった。かわいい後輩ができたことで、イチローは変わったと思うんですよ。
では、基本的に好かれたがり屋のヒデには、誰がなつくのか。山梨の子の心を溶かすのは九州の子か大阪の子しかないと僕は思う」
川崎選手とは川崎宗則のことだ。愛称はムネリン。2006年のWBC日本代表に選ばれ、イチローのチームメイトになった。高校時代からイチローに憧れていた川崎は、金子が言うように「イチローさん、イチローさん」とくっついて回った。その姿から、いつしか「イチローチルドレン」と呼ばれるようになった。FA権を取得すると、迷わずイチローがいる米マリナーズに移籍した。

川崎は人懐っこい性格である。相手が誰であっても、積極的に話しかける。アメリカ(大リーグ)でも、ゼスチャーを交えながら片言の英語でミュニケーションを図り、人気者になった。
川崎というムードメーカーがいなければ、イチローは降りられなかったと思う。孤高の存在として振舞い、周りに気を遣わせたのではないか。少なくとも、「日本代表チームを牽引する熱い男」を演じることはなかっただろう。その意味で、川崎が果たした役割は大きい。チームにはキャプテンだけでなく、川崎のような潤滑油的なキャラも必要なのだ。