「居場所」って何だろう。 場所かもしれない。 行為かもしれない。 人かもしれない。 きっと、「居場所」は人それぞれなのだと思う。 でも、どんな「居場所」だったとしても、「居場所」は自分にとって心地のいいもの、心を緩められるもの、暖かい気持ちになれるもの、生きていると感じられるもの、自分の存在を再認識できるもの。 今の私はそう思う。 大学時代にお世話になった岡原先生(@masayukiokahara )から大学院の授業にお誘い頂いてお邪魔した時、初めて岡原功祐さん(@kosukeokahara )と出会った。 そして、岡原さんの著書『ibasho』を知った。 『ibasho』は岡原さんが一つのプロジェクトとして、何年もかけながら、自傷をする少女達を撮影し、取材をしてきたドキュメンタリーのような本。 私は自分の過去のこともあり、卒業論文では青少年の自殺の現状と対策について研究をしていた。 その際、自傷に関する本も沢山読んだ。 でも、探して見つかるものの多くは医学関係の方や教育関係の方が理論的に書かれているものだった。 それ以外だと、有名なものなら南条あや著『卒業式まで死にません』が挙げられる。 この本の場合は、当事者によるもの。 どれも参考資料としては役立つもの。 『卒業式まで死にません』は、私にとっては自分以外の自傷癖のある方の存在を感じられるものでもあった。 でも、『ibasho』は違う。 岡原さんが自傷をする少女達と真正面から向き合われたもの。 当事者の記録でもなく、学術的な理論だけのものでもなく、紛いもない現実が写真と文によって記されている。 真っ直ぐに。 私は、そうやって自傷をしている者と向き合う大人と出会えたこと、そして岡原さんが向き合われた日々を現実に存在するものだとして形にしてくださったことが嬉しかった。 自傷を理解できない人がいても仕方のないことだとも思っている。 十二年以上経った私の傷痕でさえ、電車内などで気持ち悪がられることもあるから。 何事も全ての人に理解してもらうのは不可能に近いかもしれない。 だけど、ちゃんと向き合ってくれる人だって存在するんだ。 この本が、性別問わず、自傷せざるを得ずに苦しむ方の心、自傷の過去を重く抱えている方、大切な人の自傷に苦しまれている方の心に、そっと寄り添ってくれるものになることを。 全ては難しくても、自傷への理解に繋がることを。 私は、心から祈っている。 そして、この本は著者の岡原さんの存在も大きいけれど、装丁にも私は救われた。 白い表紙に刻まれる、優しく光る傷痕。 それは、自傷をしながらも生き抜いた彼女達の傷痕のようだった。 自傷の跡の除去手術も、隠すためのテープもある。 傷痕の上に刺青を彫る方もいる。 それは、個人の自由だし、それで心が楽になるのなら、私はそれでいいと思う。 だけど、装丁に刻まれた傷痕は清らかで、生きた証のように見えた。 それはまるで、自傷を、自傷の過去を優しく受け入れてくれるようなデザインだった。 これまでも私は傷痕を気にしてはいない。 取材の時でも腕を出したままにしていたし、半袖もノースリーブも着る。ショートパンツも。 気にしていない私であっても、あのデザインは嬉しかった。 岡原さんや本を作られた方々が、世の中の自傷を、自傷する人々をそのまま見つめていてくれるようで。 内容は人によってはショッキングなものもあるかもしれない。 だけど、私は清らかで美しく、真実を伝えながらも優しさを届けてくれるあの本を大切にしたい。 できることなら、17歳の頃の私に読ませたいくらいでした。 岡原さん、彼女達と、自傷行為をしてしまう人々と向き合ってくださって本当にありがとう。 #ibasho #本 #装丁 #デザイン #72gallery #工作舎 #岡原功祐 #photographer #写真家 #ジャーナリズム #自傷 #ドキュメンタリー #社会問題 #社会学 #居場所がない #居場所 #痛み #生きる #見守る #心 #心の声 #読書 #本が好きな人と繋がりたい #読書好きな人と繋がりたい #ライター #作家 #執筆 #小説 #エッセイ #ライティング

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