終戦記念日ですね。


夫の父方の叔父は特攻隊志願兵。



どうして

お国の為に命を投げだせるんだろう?

当時の教育という名の洗脳は恐ろしい。






特攻隊というと知覧だけど

叔父は知覧から飛んでない。




それは何故か?後にわかるが



昭和20年8月に数名の特攻兵を乗せて

軍機はサイパンのテニアン島に着く。




叔父達特攻兵は着いてから

信じられない現実を見る。

全員言葉を失ったそうだ。









特攻機がなかったそうだ。




特攻隊としてサイパン、テニアン島まで

来たのに敵機に突っ込む飛行機すらない。




日本の敗戦を直感したそうだ。





だから知覧にも特攻機なかった。








特攻隊員数名は野営するしかなかった。






全員着の身着のまま。

死ぬ為に行ったんだから

お弁当もペット(なんだそりゃ?)のお茶もない。






それでも数日立ち

夜野営していると後ろから音がしたそうで

アメリカ兵か野獣かというところなので

叔父が確認しに行った。







真っ暗な中







叔父は


何か叫び

銃弾の響き渡る音がしたそうだ。










叔父享年24才

昭和20年8月9日没。







終戦まであと6日。




叔父達がテニアンで着の身着のままで

虫や暑さと戦いながら

食べ物や水を探し




もしかしたら特攻機が届くかもしれない

その時の為に

と思いながら生きてた時



すでに

広島と長崎に原爆は落ちていた。



何も知らずに

特攻隊にもならずに戦死した叔父。





どんなに無念だったろうか?



もう少し早く日本が負けてたら

もう少し遅く日本を出発してたら

もう少し遅く志願してたら




夫も私も叔父に会えていたかもしれない。







何故

アメリカは原爆を落とさなくても

日本は負けるって解ってたのに

二回も落としたんだろうね?


原子爆弾実験したかったの?