9月23日

翌日、店の近所で待ち合わせた。

目的地の自然食レストランまでは、一時間くらいだった。

高速に乗って、瀬戸大橋方面へ向かう。

平日昼間の高知道に、私たちの乗った車以外、見当たらない。

山あいを抜ける二車線の道路を広く使って、躊躇なくアクセルを踏む。

カーブが近づいてもスピードを落とす気配はない。

「もしかしてハマダさんて、ハンドルを握ると人格が変わるタイプ？」

「よく言われる。仏みたいな顔して、飛ばすよねって。

でもルーシィは怖がらないね？」

「そう？」

「普通、女の人だったら、これくらいスピード出したら、『いや～やめて～』とか言いだすんだけど」

「そっか。昔、走り屋の彼と付き合ってたからかな。免疫できてるのかも」

「そうなんだ？」

「っていうか、わざとでしょ？　Mっぽい顔して、本性はSなんだから」

すると彼は吹き出した。

「やっと笑った」

私が言うと、少し照れ臭そうに鼻を擦った。

「こんな風に笑ったの、たぶん二週間ぶりくらい。いや、もっとかな？」

眩しい太陽が山の緑とアスファルトに反射する。

「ひさびさに気分がいい。何か音楽かけて」

リクエストに応えてステレオのスイッチを押すと、私のお気に入りの曲が流れてきた。

「最近、これにハマってるんだけど、別のがいいなら変えてもいいよ」

「これ知ってる。アイリッシュダンスだ」

彼は体を揺らし、足を交互に繰り出した。

「足をこうやって踊るんだ」

アクセルを踏んだり離したりするせいで、車は不規則な動きを繰り返す。

ふざけてる彼は、まるでマリオネットみたいだった。

「私が踊ってるのを、ずっと笑いながら見てる女の子がいて。そう、今のルーシィみたいに。

名前はルーシィじゃない。マーガレットだ。鼻にソバカスがいっぱいあって、髪の毛を三つ編みにしてる」

彼はからかうように笑った。

いま彼の意識は、いつの時代を見てるんだろう。

「ソバカスに三つ編みのマーガレット？　田舎娘みたい。なんか、やな感じ」

「当たってる時って、やな感じがするんだ」

「そうやって調子に乗ってると、お巡りさんに捕まっちゃうよ」

「そろそろ速度落とそうか。この先にカメラがある」

常習犯っぽく言うと、ちらりとバックミラーを見やって、やっと真面目に運転し始めた。

「ハマダさんて、前世でアイリッシュダンスが上手な少年だったこともあったんだ？」

「うん。マーガレットの気を引こうとして、ずっと踊り続けてた」

「二人は恋人だったの？」

「そうだね。マーガレットの時は」

「ふうん」

「でもルーシィは、『仲間』だ」

予期せぬ言葉に、少し傷ついた。

彼にとって私は、恋愛対象からはずれた存在だという意味に思えた。

瀬戸大橋の近くにある自然食レストランに辿り着いた。

運ばれてきたランチプレートを写真に収めながら、彼が言った。

「こんな店が高知にもあればいいのに」

「いいね。ハマダさん作ってよ。私、毎日食べに行くから」

「宝くじ十億円当たったらね」

彼は料理に箸をつけながら、のんびり続けた。

「いつか人のためになることをしたいと思ってた。でも宣告受けてから、自分が何のために生きているのか、分からなくなった」

「まだ終わったわけじゃない。私はハマダさんのこれからに興味があるし、この大事な時期に出会ったのも、意味があると思ってる。少なくとも、あなたがどうやって治るのか見届けるまでは、離れませんから」

すると彼は、目を丸くして私を見た。

そして弱々しく笑った。

「こないだの精密検査の時、ドクターに訊かれた。身近に何でも話せる人はいる？って。

メンタル的に追い込まれると、自殺する末期患者が多いみたい。

飛び降りとかね」

「そうなんだ」

「ルーシィには結構、詳細を言ってるよ。

逆に言える人は少ない。

結構苦しいもんね。希望ないし。鬱になるよね、普通なら。

私はそれに母親の介護でしょ？　狂いそうな中で助けてもらってる」

「少しは役に立ってる？　なら良かった。

でもハマダさんは、すごいよ。ホント、孝行息子」

「本当に孝行息子なら、とっくにお手伝いさん付きの家一軒建ててるよ。

普通だったら、病院に入れてほったらかすみたい。無理もない。

けど病院に入れっぱなしだと一気にボケる。そうしたくないだけ。

何気ない瞬間に、突然、全身が寒気に襲われたり、倒れそうになったり、意識が遠のきそうに感じる。

苦しくて、本当にしんどくて、こんな状態を後どれだけ続ければ抜け出せるのかって。

母を助けるという慈悲と、忍耐の限界で、もう全部終わりにしたいって思う瞬間がある」

来た時は空いていた店内が、いつの間にか満席になっていた。

けれど、誰も私たちの話を気に留めない。

大勢の人に囲まれていながら、まるで世界にたった一人になってしまったかのような孤独を、彼は背負っていた。

10 仲間