私が黙り込んだのを見て、彼が慌てて言った。

 

「ごめんね。せっかくのランチなのに、楽しい話が出来なくて」

 

私は首を振った。

「違うの。私がもしハマダさんのお母さんと同じ状況だったら、何て言うかなって考えてた。


もし私だったら、自分の大事な息子が、癌と向き合わなきゃならないって時に、自分の面倒をみてとは言わない。

自分から病院に入るって言う。

自分のことはいいから、息子に頑張れって言うよ、きっと。


だからお母さんのことは、もう誰かに任せていいと思うの。

今のままじゃ親子共倒れだよ。

仕事も家事も介護も休んで治療に専念すれば、きっと良くなる。だから、もっと自分のために時間を使おう」

 

「自分のため? 

苦しい時こそ、家族しかいないのに?」


母親より先に死ぬかもしれない不幸。


それがまるで罪であるかのように自らを責め、その償いのために、動けなくなる瞬間まで母親の面倒を見続ける。

そんな覚悟をしているかのようだった。


私はしばらく考えてから、思いつきを口にした。

 

「じゃあ、こうしない? 家のこと、大変だったら手伝うよ


「この状況で、そこまで言ってくれる人はいないよね。気持ちはありがたいし、今サポートを断ってるつもりもないんだけど、それほど簡単じゃないんだ」

 

彼は組んだ手を、思いつめたように見つめながら言った。

「母は歩けなくなった。昨日から車椅子を借りてる。手伝ってなんて、誰にも言えないんだ。


みんな言うよ。手伝うことがあったら言ってねって。お願いすると、どうなると思う?」

 

そして、彼は寂しそうに私を見た。


「だから相手に負担にならないこと以外、頼まないことにしてる。


ルーシィには感謝してるよ。

でも、もし私に対する気持ちがあって、そう言ってるなら、なおさら頼めない。

悪いけど、今の私は自分のことだけで精一杯なんだ。

明日生きてるかどうかさえ分からないのに、恋人とか、恋愛とか、考えられない」

 

彼のストレートな言葉は、鋭利な刃物みたいに私の心を突き刺した。


「そこまではっきり言わなくても、分かってるよ……


「ごめん。でも変に期待させるよりは、いいと思ってる」

 

また胸が痛む。今さら私は、何を傷ついてるんだろう。


「こちらこそ、ごめんなさい。困らせるつもりじゃないの。

ハマダさんとは、ずっと友達だと思ってるし、サポートしたいのも私の勝手。

これだけやったから、責任とって付き合ってなんて、絶対に言わない。

ひょっとするとハマダさんが元気になった頃には、役割が終わって、笑ってサヨナラかも。

うん、そんな感じ。


だから助けが必要な時は、いつでも言って。だって『仲間』なんだし。

それとも、誰か他に手伝ってくれる人がいる?」

 

そう言うと彼は、呆れたように笑い、首をすくめた。

「SNSやめてから、連絡来るのはルーシィくらいだ。普通はみんな、そんなもんだよ」


「じゃあ、なおさらだよ。そんな状況知ってて、放っておける?

前にも言ったけど、きっと前世からの縁か何かで、サポートすることになってるんだと思うんだ」


すると彼は、少し間を置いてから口を開いた。


 「もし逆の立場だったら、自分も同じことを言うかもね」


「でしょ?」

「じゃあ、こうしよう。頼みごとがある時は、私がルーシィを一時間千円で雇う!」


「別に、お金とかいらないけど。ハマダさんが、その方がいいなら異論はないよ」

 

報われなくてもいい。

それでも彼と関わり続けることを、やめたくなかった。

ただ彼が治るのを見たかった。


もし治らないとしても、彼を最期まで見届ける。


誰に頼まれた訳でもないのに、そんな使命感すら感じていた。