新鮮な魚が手に入った!ってときに皆さんはどうやって調理するんやろ。
僕は真っ先に思い浮かぶのが何故かいつも「塩焼き」。
なんでやろ?とふと考えてみると僕と魚との色んな思い出が浮かんできた。
子供の頃から釣る魚は、釣りの「対象魚」と同時に
「遊び相手」でもあったし「モチーフ」だったけど「食料」でもあった。
釣り人はひとたび釣りが始まると、子供も大人も関係なく
仕事や勉強を犠牲にしてでも釣ることに夢中になるどうしようもない生き物。
当然、夢中になると飯も食わないで釣りするからお腹がすく。
自転車で家まで一時間。門限ギリギリまでなんとか釣りをしたい。
でも腹は減る。途中でラーメンを喰うような金もない。
飢えたら家に帰らないと喰うものがないのが当時の小学生。
そんな選択肢のない状況で飢えた僕からすると
バケツに入ってる魚が菓子パンのように思えてくるのだ。
でも小学生だから刃物なんて持てないし、料理の知識もない。
とりあえず母の目を盗んでこっそり持ってきた塩とマッチ、
それにTVで見た「旬の鮎の塩焼き」の一場面の記憶だけが頼りだ。
釣った魚を絞めもせず、ウロコすらとらず、とりあえず火をおこして
塩をまぶすというよりも、塗りたくって火にかける。
火にかける時間すらわからず、焦げていたり、生焼けだったり
僕の人生の中で最も悲惨な「塩焼き」だったことは言うまでもない。
僕の中での、「魚=塩焼き」のスタートだ。
それからも、、、、、
苦労して釣った魚を家に持って帰って、たまにおかーちゃんに料理してもらったり
憧れの魚釣ったあとは離れたくなくて
ビニール袋に持って帰って水槽にいれて飼うこともしょっちゅう。
友達の家の庭にあったいらないバスタブに魚と水草を入れて
初めてのアクアリュームを体験した。生きた剥製状態ですわな。
実現するわけはないのにアパートの屋上に
池を作って自分達だけのプライベートポンドを作る計画をして
マジで管理人さんに相談したりもした。
今考えればバカだなと思うけど
でも当時は全てがとても誇らしかった。
魚を死なせてしまったら墓作る前に魚拓の上手な取り方を研究したり、解剖したり、、、
絵の勉強もさせてもらった。
魚に憧れる気持ちをどうにか浄化させたくて絵も描きまくってた。
図鑑みたり釣りの雑誌みながら「こんな感じなんかな~」とイメージしながら
釣りたい気持ちを、絵で発散させてたのかもしれん。
釣りにいけない日は、憧れの魚が棲んでそうな川の絵を描いたりして過ごした。
自分が今やってる仕事の原点でもある「魚遊び」。
ほんとに魚とはよう遊んでもらった。
思春期の時の悩みもサッカーの試合で負けて凹んでいた日も
水槽の魚の世話をすることで癒されていたのかもしれない。
魚がいつもそばにいてくれたような気がする。
一番最悪だった塩焼き。
でも僕の中で「最高の塩焼き」は、その時の塩焼きだけ。
見よう見まねで木の棒刺して、火をおこして
なんかめっちゃ大人になったような、
「おれたち、やったった」みたいな妙な達成感を感じながら
友達と顔を合わせる度にニヤニヤしながら魚の味を噛み締める。
一緒に手探りで出来た事が嬉しかったのかなとも思うけど。
そーいや友達とバスを初めて食べた時も塩焼きだったな。
だからなのか、僕の中で魚の味が良くわかる調理法は塩焼き。
今でもそこは変わらない。刺身、煮物も好きだけど。
魚の食べ方はかなり自信があります♪身という身は全部食べちゃいます。
内蔵も使えるとこは全部調理します。
白子はグレが一番美味しいと思ってますし
刺身なら根魚の頬肉が大好きです。
そんなこんなであらゆる魚種を食い倒して
魚の体の作りを学んできました。
なので最後はほんとに骨だけになります(笑)
昔、釣りを教えてくれた漁港のじーさんが
「釣り人の上手下手は魚の食べ方見たらわかるばい」
っていってたけど
今の僕の食べ方見たらじーさん何ていうやろか~。