2006-06-26 23:25:06

雨しとど 湿り風 走り去る

テーマ:ブログ
自転車通勤をふたたび、はじめてみた。

決意をしてから、梅雨のさなかであることに気づいた。

天と風と地、という不変なものならばまだしも、
うつろう季節ごときに負けて、意思をゆるがせにしてなるものか、
と、むしろ決意を固くし、決行しているのである。

もちろん、会社についてからは、
ぬれそぼまり、パーマのうねりがいつもより多めになったこともあり、
気味悪がられたが、むしろ、私はそれもふくめて爽快であった。

走り抜いて着いたこと。
雨ニモ負ケズ、であったこと。
どんなかたちであれ、リアクションを得られたこと。

やらねば、なにもおきないのだー、と
走りのぼせ筋肉優勢になった頭で、思うのぼせよう。

まあ、再開したてだから、なにかとむやみに前向きになるのもよかろう。

大事なのは、ある一日の成果ではなく、つづけることなのだから。

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私の一番好きな移動手段は、歩くことである。
特に、登るのがすきだ。
山とかで、どうかしら、と思うくらいの斜面を、大股で登ると、
「おいおいスイスイだなぁ」と馬鹿に感心してしまう。
下りは楽だが、膝が痛いし、
バランスとスピードの妙な調整をしないとならんから、いまいちだ。

つづいて好ましいのは、自転車。
詳しくは後述。

そして次が、飛行機。
あの飛び立つときの後ろに引っ張られる感じが、幼稚園児のころほどではないが、
感動を呼び起こす。

で、自動車。
思いのまま早く動けるし、流れていく景色や、
気分によって走り方をかえられるのが、自転車同様よろしい。

あとは、スキーとか、ローラーブレードとか、スケボーとか、
器具に頼りつつも随意に動けるものがつづき、
おおよそ最後らにくるのが、
タクシー、バス、そして、近距離電車(特に地下鉄は嫌い)である。

*新幹線や特急、寝台、ローカル鈍行といった足の長い電車は、旅情があるので、好き。

ゆえに通勤だろうがなんだろうが、
電車は極力避ける。お断りだ。

つまらない好悪だけれども。

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雨の日に傘をささない性癖と同様に、
自転車は、なんだか、世界と素直につながっている気がしてよいのである。

ぐっと踏み込むと、周りは風の音とともに素早く近づいてきて後ろへ流れ、
たらーっとしていると、ゆるやかにうつろう。

ふらふらしたって、大丈夫。
坂道を登りきり、知らない向こう側をスリルとともに一気に下りさることだってできる。
歩道も車道も自在に進み、たいがいの道を、野原も、隙間も走れる。

あんまり駐禁も切られないから、わりあいどこでも行けるし、寄り道も可。

自転車には、冒険という言葉がぴったりなのだ。
しかも、からだによい運動でさえある。

たどりつけるかなぁ、という走り出す前の不安も、
たどりついた後の、おお走ったぞ、という満足もステキ。

ズボンの裾が、油っぽくなることさえのぞけば。
そして、会社で着替えたり、汗臭さを気にしなければいけないことをのぞいては。

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つまり、行き帰りはものすごく楽しくなり、
肝心の会社勤めそれ自体は、もさくなる。

この、会社でのもったり感を、どう解消したものかが、目下の課題ではある。

動きながら考える、
自転車での移動とおなじく、
自転車通勤という新たな習慣についても、
しばらく動きながら考えていよう。

いまは、ただただ楽しい。
それはとてもいいことだ。
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2006-06-18 00:47:04

タブラ ラサ

テーマ:生臭見解
うんうんうなり、快と精進を求めて、手元にきた仕事を、
できるだけよい形で世の中へ渡そうと、続けてきたら、

徐々に役割や責任や期待の比重が変わり、
そして、後進を励ます役割も生まれてきて、
先日、全く素の新人の指導係を拝命した。

ここのところ、副業へのエクステンションも多かったが、
本業のエクステンションもなかなかである。

まだ1日も接していないが、
少し自分が入りたての頃を思い出したりした。

弊社は、人以外の機関を特に持たず生産している業態なので、
研修にはわりと労を割いている。

そして私が入ったときは、いろいろ世の中が変化を始めたときでもあり、
ことさら、生産部門への配属者に対しては、
新しい研修の枠組みを設定していて、
結果、入ってから、全体研修を1ヶ月、
そして、生産部門での研修を3ヶ月、
と、若葉マークにとってみれば、
いったい生産しに入ってきたのか、研修しに入ってきたのか、
皆目見当のつかない、長い120日間を過ごしたのである。

普通、長い研修、といえば、
たとえばSE教育とか、たとえば工場研修とか、そんな実的なものを
想像されるだろうが、
我々何せ、アイディアを売り物にする仕事なので、
いろんな課題を毎週与えられ、週末、ヤクザみたいな役員連にプレゼンする、
という、いうなれば度胸の鍛錬のようなものを、続けたものである。

その結果、配属される前に、すっかり、
普通の3年分くらいの、辛口批評や敗北感や挫折、時々の栄光、を経験していたため、
入ってすぐに指導係から、「あれ、何年目だっけ?」と訊かれたりしていた。

野暮も揉まれて粋になる、
それに類する経験のとっかかりを、もうすでに進めていたのだった。

だから、別にまわりに育成の順序などを悩ませなくても、
雑草として根ははり始めていたから、あとは種の生命力に任せて、
生えるに任せればよかったような、そんな感じだったかと振り返って思う。

そう自分で思っていても、実際は違ったのだろうな。

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さて、私の隣にきた彼女は、
湘南の大学で、院を出て、2ヶ月の研修を経て、おいでになった。
この職種を希望されていたようである。

最近はもはや、女性の生産力は男性を軽く凌駕しているように思えていて、
それが現前しないのは、生産力を現実化する仕組みの方がうまくいっていないからです。

何倍もの競争を経て入り、何十倍もの競争を経て配属されたのですから、
種の生命力は確かなのでしょう。

これからは、白い新しい世界に、どんどん芽をのばし葉を茂らせ、
花を咲かせたり新しい種を生んだり、と、
彼女なりに育っていくのでしょうね。

すこし、その白さがまぶしく思えて、
私が陽の光を遮ったり、大地の養分を余計に吸い取ったり、雨風を吹き廻したり、
そんな、白を灰色にしてしまわないよう、
よくよく幹を太く育っていくよう、
祈り始めました。

ひとが命を思うとき、やはり、祈る以外の善策はないように思うのです。
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2006-06-09 18:57:23

判断停止 本質直観

テーマ:公案

自己中心主観からの脱却を考えつつ、特に何を書こうとも決めずに、

このURLを打ち込んでいて、驚いた。


epoche


エポヘーである。


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現象学用語であるが、「判断停止」という思考態度のことで、

先入見のような、ものを見て考えるうえで素直さ率直さを損なわせる、

すべての滓や垢や偏向から自分自身の思考を解放する、

というようなものです。


何か目の前に出されて、

「あー、知ってるよー」とか

「こんなの見たことあるなぁ」とか

「なんか○○っぽいよね」とか

「うーん、あんまりわかんないなぁ」とか、


そういう、その出されたもの自体を見ない、

ほかとの関係とか自分の気分とかを、

ものを見るにあたってのノイズとして捨象するのです。


まるで立体視のように、強い意志が必要ですが、

大学時代は、フッサールの著作に導かれて、

このような絶対ゼロ地点からものを見る態度をがんばって身につけようとしていたのでした。


考えようによっては、もっと純粋に自己中心的な態度になる、とも考えられますが、

しかし、世界と素直に向き合うということですから、

もはや、自己中でもなんでもないようにも思います。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


さて、私は目下、エポヘー中です。


その次にくるのは、本質直観。


「ドーーーーーん」な、喪黒な感じのことではなく、

じっくりつぶさに純粋に、ものや事態を記述していくこと、

それを通して世界を再構成すること、その作業すべてのことです。


どんな読み解きをしていくのだろう。


絶対的ゼロ地点に戻るから、何も約束されないのが怖いですが、

それもそれ、あらたな旅路に純な気持ちに、


エポヘー


して向かいましょう。


ううう、それにしても、響きが間抜けだ。


最後にも一度、


エポヘー。

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2006-06-05 07:23:46

自己中心世界

テーマ:ブログ
気がつくと、とても、自己中心的な考えや気持ちやことばに、
すっかり支配されきっていることに、気付いたのです。

きっと、氷のように、感じられているのでしょう。

私は、生来、口が悪いというか、デリカシーがないところが、
結構あって、思ったことを、できるだけ正確に言おうとすることがある。

それこそが、言葉の研鑽だ、と思ってきたのも事実で、
ここのところ、生まれてこの方なく、
ことばを出し記し遺すことが多く、
また、一人でものを考え感じ動くことも多く、
さらに、禅寺に入り浸り、孤高と自然と向き合ったりして、
結果、たいそう自分世界のみを、絶対化してきているのでしょう。

人にやさしく、自分に厳しく。

言葉だけは学び記していても、
今、これが、実践できておらず、

人にきびしく、自分にやさしく、

そういう生き方を、言葉の選び方同様に、しているのです。


自分に厳しくあること、人にやさしくあること、
その真意や極意が、まったくつかめなくなり、
実践とエラーこそがすべての始まりとはわかりつつも、
気持ちがついていきません。

そのことばや動きが、人にどう評価されるのか、
もしそれが気になるのであれば、
自分自身で評価することをやめて、
思い切りやれば良いはずなのに。

結果うしなったのは、素直さや率直さでしょう。

自己撞着はよろしくない。

いろんなものを、取り戻せなくなっているので、
また、はじめから、はじめなければ。


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