さくら野作業所・22

夕暮れの信貴生駒スカイラインを今日は彩子を乗せて夕景を見に走る。
彩子は絶え間なく話し続ける。
母親の話しやこの前のドラマのエンディングはつまらなかったとか。
正一は話しを聞くには慣れていた。
でも頭には今日は一歩近付きたい思いが強く話しの半分が上の空になっていた。
「正一さん、聞いてるの?」
「えっ」
「あたしの話し」
「あ、カーブが多くて集中してたから」
「え、今そんなカーブだった?」
「ゴメンゴメン。あ、もうすぐドライブコースやで」
料金所をこえて山頂近くになった。
窓から大阪平野の夕暮れが見えてくる。
きれいねと彩子が言うと、
「もうちょっと遅い時間になったら灯りが付いて星空みたいになるよ」と返した。
カーブが多い道を慎重に抜け出ると休憩所に車を入れた。
駐車場の脇には展望スペースのあるベンチがある。
車を降りて柵から街を見下ろした。
ぎこちなく柵に両手を置いている。
彩子は左で涼しそうな顔で景色を見ている。
二人の車以外他にはいない。

正一はタイミングばかり気にしている。
左にいる彩子とは一メートルぐらいだろうか、さりげなく握ることができた手も、
今は距離を感じてしまっている。
「すっかり秋ねぇ」
その距離のまま彩子の目を見つめた正一。
彩子は目をそらし近くの自動販売機を指差した。
「喉乾かない?」
なんとか今一歩の関係の距離を縮めたい気持ちが焦り始めている。
「何飲む?」
コインを入れた彩子の言葉を受け入れて自動販売機に近付いた。
まだ早いか、正一はその気分をあきらめた。
品定めもろくにせず適当にボタンを押すとあまり飲んだことがないココアが出てきた。
「あれ?」
「ココアなんて飲むの?正一さん」
彩子の声にはっとしてまぁいいかと思いながら彼女の買うのを見届けた。
先ほどからどこか彩子に見透かされているなという気がした。
彼女はホットミルクティーのペットボトルの蓋をあけそっと呑み込んでいる。
正一は緊張が高まった。
「彩子ちゃん」
「なに?」
「それ、美味しい?」
彩子は頷きながら近づき、飲んだボトルを飲んでみる?と手渡した。
彼女の口づけたボトルだと思いながら、正一は手にとりボトルに口づけごくりと飲み込む。
ふと見ると、ついた口紅が目に入った。
唇どうしがボトルを間にはさんでつながった、正一はかみしめた。
さっきより近い彩子との距離。
ボトルを彩子に返した手が触れる。
ボトルを持たない方の左手をそっとつかんだ。
その瞬間彩子の目が止まる。

手を握りながら黙ったまままた顔をみた。
「なあに?さっきから顔ばかりみて、恥ずかしいよ」
「彩子ちゃん」
小さく「え?」と言ったが顔はすぐ戻り正一の顔が近づくのを受け入れた。
彩子はそっと目をつぶった。

正一は自分の激しい胸の鼓動を聞きながら、彩子に口づけた。
柔らかい感触を感じてそっと離れた後、彩子の握る手は強くなったように感じていた。
先ほどまで話しが多かった彩子も静かになっている。
やっと初めてまともに付き合ってこうして彼女とふたりだ。
今、口づけた感触も正一の実感として暖かだ。
彩子は僕が初めてではないだろう、ふと頭によぎった。
いや、こんな事を訊くべきか。
「彩子ちゃんって今まで…」
「え?」
「いや、いいよ」
彩子は正一の言葉足らずでも、「あたしの今まで?」と聞き返した。
「初めてなわけ、ないわなぁ。何がなんでも」と正一は言った。
「そうね。昔、何人かの経験はあったよ」
正一はやっぱりというような顔をして「俺、この歳までなかったなー」とこぼした。
「経験あればいいというものでもないよ」
「そうかな」
「一回でも情熱的な恋愛をして、その人と結婚して生涯一緒に生きるの。幸せだと思うよ」
正一はその言葉をかみしめた。
「いくら出会いが遅くてもね」
彩子が言うと、車に乗ろうと正一の手を引っ張った。
肌寒くなってきた。
エンジンをかけた。
来た道と反対方向に走りだし、西に広がる夕闇の大阪平野を見ながらドライブした。
三五歳になってやっと恋愛らしい事をしたなぁと実感を噛みしめた。
「俺、彼女なんか一生できひんと思っててん」
「でもできたでしょ?」
彩子はにっこりほほ笑んだ。
今日は彩子とここにこれてよかったと思った。
生駒山をおり、王寺から柏原方面をドライブして彼女を家まで送る。
「今日は楽しかったね」
彩子の家の近辺に着き彼女の言葉に正一は笑った。
「どうだった?」
「えっ?」
「初めてのちゅー」
彩子は口をすぼめてふざけ半分に正一を見ながら言った。
「よかった」
「そう、あたしもよ。もっかいしようか」
彩子は顔を近付けて目を閉じた。
正一もそれに甘え彩子の両肩をそっと抱き口づけた。
彩子の家の二○メートル手前だ。
「じゃあまたね」
車のドアの外で手を振る彩子。
正一も手を上げてまた電話するよと言った。
合図をして発進した。
今日は本当によかった。
緊張したがすっとできたと彩子との感触を噛みしめた。

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