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撮影もなく準備に費やす毎日は脳が肥大する。で、自宅や事務所の掃除ばかりしている。ところでわたしは昔から掃除ばかりしていたわけではない。むしろ掃除が嫌いであった。

 

かとは云え若い頃から片付け自体が嫌いというのでもなかったからいささかややこしいが、当時の方式は上っ面をさも綺麗に見せかけられるように撫でていたのに過ぎない。しかし今は違う。根治療法である。整頓も文脈をはっきりさせ系統立てられた上で収めるべきところに収めないと気に喰わない。

 

さてやはり掃除はとても価値がある行いだと思う。いやむしろ人生とは掃除に始まり掃除に終わるとすら云える。大きく出てしまったけれども掃除さえしていれば人生間違えないように最近では思う。

 

掃除している人はその波長が自分の身にも宿って美しくなる。いやいやわたしは若い頃からあまりにそれを怠ってしまった故に今は投獄されて掃除刑に処されているだけだから美しさへの道は遠い。

 

掃除を行うと特有の振動数がその場に発生しそれは精神に影響を及ぼす(とわたしは信じている)。と云うわけでそのような振動数は掃除をしている者にしか得られないもので(とわたしは信じているので)、掃除をしている人は一目で分かる。正確には、感じる。「こいつ、掃除してるな」みたいな。

 

類は友を呼ぶと云うわけで、掃除好きには掃除好きが集まる(ような気がする)。掃除好きな人はいわゆる禅で云うところの「無一物」の思想が自然と宿っているようにも思われる。一つの行いに必要なものは一つで十分、と云うようなアレだ。

 

とは云え綺麗好きで成功しフェラーリを何台もガレージに格納しているような方々もあるだろうから一概に禅の思想が適用されることでもなかろうが、ともあれ無駄はなくなる。

 

無駄とは殺生だと思う。だって無駄っていうのは一つの目的に対して何かがダブって存在してるということですよね。ということはそのダブったどちらかは使われない=世界から抹殺された存在、と云う大げさな解釈になりますよ。

 

掃除をせずに無駄なものばかりを排出する人生、それは殺生三昧な人生です。三昧と書くと寿司を食べたくなるような自分もここはググッと我慢してその時間を掃除に費やす。これが散々殺生をしてきた自分の罪滅ぼし。それがわたしの余暇の過ごし方であります。