「なぜ?」は生意気か | ロンドンで怠惰な生活を送りながら日本を思ふ 「東京編」

ロンドンで怠惰な生活を送りながら日本を思ふ 「東京編」

ロンドン・東京そしてNYといつの間にかいろんなところを転々とそしてまた東京に。海外なんて全く興味なかったし今もないという予想外の人生でした。今は東京に戻りしばらくお休みしていましたが少しずつ再開してみようかと思ってます。よろしくお願いします


先日ネットを見ていたらどなたかが(すみません、ソースを忘れました)「最近の新入社員は仕事を振るとすぐに「なぜと聞いてくる」ということが問題になっているみたいだ」という記事を書かれていた。

まあ、教える側とすれば時間がない中で教えているわけだから、とりあえず「なぜ?」と聞かずにやってくれというのは非常に理解できるし、その時にほんとに忙しかったら「いいかれやってくれ」とイラっとするのは非常に共感ができる。特にその仕事が決まった時間内にやらないといけないものである場合にはその理由を教えている時間などないし、まずはやり方をなんでもいいから覚えるほうが優先する場合も多いからだ。でないとほかの部署に迷惑がかかる場合もあるだろう。

しかし、「なぜ?」と聞くことが間違っているとは僕は思わない。もし時間に余裕があるならばその理由や前後の仕事のつながりを説明してあげるべきだろうとも僕は思う。

結局、勉強でも仕事でもなんでもそうだが「なぜこれをやるのか?」「前後のつながりはどうなっているのか?」ということを考えて理解していかないといい仕事はできないだろうからだ。

言われたことをマニュアル的にこなすだけでは決していい仕事はできないし社会人としての力はつかない。

まあ、考えることが仕事の部署もいっぱいある一方でついついマニュアル仕事ばかりになってしまう部署も多いからこれは一概には言えないけれども。

「そんなの甘いよ。まずは黙ってやればいいんだ。」

という人もいるかもしれない。これには半分だけ賛同できる。

なぜなら「なぜその仕事をやるのか?」ということを説明したとしても最初の段階では前後の仕事がどうなっているのか?そもそも自分の仕事とはどういうことなのか?が分かってない場合も多いからだ。なぜを説明してもたぶん理解できない場合がほとんどだとすれば時間の無駄でなぜという部分は後から自分で考えなければいけない部分がかなりあるからだ。

また、理由まで何でもかんでも教えてしまうと自分で考える・工夫するという習慣がつかない場合もあるだろう。

とまあくだらないことをつらつらと考えてたのだが、結局はバランスなんだと思う。ただまあ、「なぜ?」と聞かれて生意気だとか頭ごなしに否定するのはよくないと思う。考えようとしている姿勢や知ろうとしている姿勢を評価すべきなんじゃないかな。

あ、その「なぜ」が「なんでそんな仕事をやらないといけないんだ!」というときは…。話にならないと思うしかないだろうけど。

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